遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第78話 臨検


 イステラ連邦宇宙軍において宇宙用の輸送艦というと、通常は物資を輸送する貨物運搬用のものを指し兵員輸送用ではない。

 それは大量の兵員を輸送艦で輸送するという発想が根底にないからである。それは何故かと言うと、一度に大量に運ぶ必要のある兵員というと基本的に歩兵であり、イステラの場合それは重装機動歩兵を指し、これは揚陸艦もしくは強襲艦での運用が前提とされているからで、輸送もそれで行えばいいという考えの故にである。
 したがって兵員輸送専用艦をあえて建造する必要がない、というのが司令部の認識である。というのは人が乗る艦艇には生命維持機能が必要だからで、要するに建造費を抑えるためである。

 貨物輸送用の場合、宇宙艦艇でも貨物室には温度はともかく空気の供給が行われない(そもそもその機能がない艦がほとんどである)。したがって動植物の搬送に向かないのはもちろん、艦の定員以上の人員を乗せることが出来ない。それでも乗せようとするなら、全員、航行中は宇宙服の着用が必須となる。
 これは民間の船舶も同様で、人を運ぶ船は客船であり、貨物船で人を大量に運ぶということは前提としてありえない。
 したがって貨物船の荷室に密航者を乗せて洋上を漂うという、かつて惑星上に見られたことは宇宙空間においてはない。


 ところでアレルトメイアの内戦の激化で祖国から逃げ出そうという人々が増えた。それがリンデンマルス号の国境警備・哨戒活動の直接の原因である。

 アレルトメイアの内戦は帝位簒奪を目論む第2皇女 ― エメネリアの腹違いの妹 ― が陰で糸を引く軍事クーデターが発端である。
 この軍事クーデターは一旦は成功したかに見えた。しかし姿を隠し機を見ていた皇太子が第2皇女を糾弾したことで様相が一変した。
 真に民主化を目指していた革命政権の一部は第2皇女を殺害し、裏切り者、というよりも自分達を利用していた第2皇女擁立派を粛清し、帝政を根こそぎ崩壊させようと武力革命を推進した。これと新皇帝派 ― 旧体制維持派 ― に、第2皇女派から鞍替えした貴族達が衝突したのである。

 第2皇女の奸計を支持していた貴族達はクーデター勃発当初は目立った動きを見せなかった。革命政権が国家運営に行き詰まりを見せる頃を見計らって帝政復活の狼煙を上げるべく力を蓄えていたのである。
 だが新皇帝の即位に伴って自分達の旗色を明確にする必要に迫られた。それで革命軍に対し猛攻を加えるようになったのである。


 とは言えど、貴族軍もそれを構成するのは貴族に支配されている一般市民 ― アレルトメイアにおいては平民と呼ばれる ― 達である。彼らが帝政復活を望んでいる訳がない。それ故ここにおいて貴族軍内部においても叛乱が起きたのである。それによって殺害された貴族もいれば、力づくで叛乱を押さえ込み領民に対し厳しい制裁を加えた貴族もいる。
 そうしていずれの結果であっても貴族達はその血族や姻族を利用し合った。中にはこれを機会にライバル貴族の蹴落としを図った者もいる。結果、アレルトメイアは完全に内戦状態に陥り、誰が誰の敵なのかさえわかりにくいほど複雑な勢力分布となったのである。

 そのとばっちりを食ったのが一般市民である。帝国(新皇帝派)、貴族、革命勢力、反乱勢力。そのいずれかに属することを求められ、敵対勢力と戦うことを強いられた。そこには性別も年齢も関係はなかった。

 だが幸運にもそこから逃げ出す機会を得た者たちもいる。彼らは何とか客船に渡りをつけ様々な監視の目をかいくぐって国境を目指した。その多くはディステニア方面だった。

 ディステニアは共産主義を標榜する。したがって平等ということを重視する。これがアレルトメイアの人々にとっては非常に魅力的に見えた。国境を長く接しているということも影響している。ディステニアも基本的にこれを歓迎し受け入れた。
 共産主義こそが理想の政治形態であると、何時の時代にも決して消えることのない勢力が存在し、そういう者達にすれば帝政こそは滅ぶべき忌むべき存在。そこから逃げ出してきた人々を受け入れない訳がない。

 一方イステラ方面もない訳ではない。イステラは自由主義国家。法の下には平等を謳っているが様々な差別や不公平は存在する。そうして難民受け入れには決して積極的ではない。
 だがディステニアへ至るより近いとなればそうも言ってられない。それで難民を乗せた船が増えたのであり、故に国境警備が強化されたのである。


 これまでのところ、アレルトメイアからの難民船は客船ばかりである。貨物船がやってきたことはない。したがって今回が初めての事案であり、そこにレイナートは大きな危惧を抱いていた。

 レイナートは人の良心を信じる人間だが、同時に、他者を虐げ、踏みつけ、食い物にする輩が存在することを否定しない。

―― もしも言葉巧みに騙して、貨物室に人を載せて出航したら……。

 軍艦であれ民間船であれ、貨物室の中は特に加温されていない限り摂氏マイナス100度に達することが普通である。したがって多くの場合、物資は全てコンテナに収納され輸送される。特に宇宙用貨物コンテナは断熱・耐圧機能を有するので、食品であれ精密機械であれ、この中に収められていれば低温の故の不具合はまず起きない。
 逆に貨物室にそのまま収められたものは、艦載機のように初めから極低温の宇宙空間で使用されることが前提のものはともかく、そうでないものはまず破損すると見ていい。
 しかも貨物室内部はその必要がないため、空気は供給されないのが普通である。したがって貨物室に詰め込まれた人々は宇宙服を着ていない限り、船が惑星重力から離脱する途中で凍死するか窒息死するかしかない。
 だが貨物船に船員用以外の宇宙服が積んであるか? 普通はないだろう。

―― そうして頃合いを見計らって「死体」を宇宙に捨てたら……。

 貨物船に乗り込んだ人々は藁をもつかむ思いだったに違いない。法外な運賃も要求されたことだろう。それでも戦争のない、安心できる生活を夢見ていたはずだ。それが騙され、為す術もなく貨物室で命を落とし、遺体までゴミのように捨てられていたら……。

―― そんなことはない、ただの杞憂、で済んでくれればいいが……。

 レイナートは祈るような気持ちで艦長席に座っていた。


 だがその希望は叶えられなかった。
 ヴァルキリーズが出動しておよそ1時間後、イェーシャたちはとあるものを発見した。それは貨物室のすみ、雑然としたガラクタのようなものが散乱して凍りついているところだった。

「副隊長、こんなものが」

 ヴァルキリーズの隊員の一人が床に跪いて何物かを指で示した。真っ暗な貨物室の中、強化外装甲に装着されている照明によって照らされたのは小さな靴だった。

 部下が靴に手を伸ばそうとしたのを見てイェーシャが急ぎ止めた。

「バカ、触るな! 粉々に砕けちまうだろ!」

 部下は思わず手を引っ込めた。

 イェーシャも跪き、ヘルメットをかぶった頭を近づける。そうしてヘルメットに埋め込まれた小型カメラのスイッチを入れ、その映像をリンデンマルス号に送る。
 MBのメインモニタにはリアルタイムの映像が映し出された。その映像を見てレイナートは苦虫を噛み潰したような表情をした。エメネリアも、コスタンティアも、クローデラも息を呑んでいる。
 何故なら靴の履き口に足首の断面 ― しかも折れているように見える ― と思しき物が見えたからである。

 レイナートは直ぐに指示を出した。

「乗組員全員を直ちに拘束せよ。大至急、保安部の専門家を送る」

 ヴァルキリーズにそう命じた後、艦内通信で今度は保安部長を直接呼び出した。

「保安部長、ヴァルキリーズが事件性のある事案となるかもしれないと思しき物証となるものを発見しました」

 なんとも、持って回ったような言い方のレイナートである。
 だが艦長のMBにおける発言、特に通信機を通してのものは全て自動で記録されており、未確認部分が多いにも関わらず断定的な物言いをすると、後に問題しされることがないとも限らない。したがってこういう場合どうしてもそのような言い方になるのは致し方ない。

 だが「鉄壁の無表情」、サイラ・レアリルス中佐は意に介している様子はなかった。

『事件性……ですか?』

「ええ。具体的には人の靴、しかも足首から先が中に残っているようです」

 そう聞いて、鉄壁の無表情、サイラの眉が微かにつり上がった。

「となると、乗組員を詳しく尋問する必要があると思われます。ですが、ヴァルキリーズにはまだ犯罪捜査の尋問は難しいと思います」

 臨検と犯罪捜査では、尋問の仕方から何から様々なことが異なるだろう、というレイナートの考えからの発言である。

『わかりました。私が向かいましょう』

 納得したサイラがそう返したのにレイナートが目を丸くした。

「いえ、何も保安部長自ら出向かなくても……」

『いいえ。私が参ります。ご心配なく。他の法務武官も連れて行きますから。彼は捜査官としても優秀なので問題ないはずです』

 サイラの言葉は自信に溢れていた。


 イステラにも当然のことながら国家警察は存在する。だがその職掌範囲は惑星上および民間人のいる人工天体内に限られている。故に宇宙空間における犯罪捜査は軍によって行われている。これは国境警備に関しても同様である。

 宇宙開発はその初期から常に政府主導で動いており、その実働部門は常に軍だった。装備、訓練された人員。これを新たに別途準備するには予算も時間も足りなかったからである。

 そうして宇宙旅行が限られた人々のものではなくなり、また民間企業が宇宙に定期航路を設けるようにもなった。
 この頃から人類は一枚板でなくなり衝突を始めた。その時も己の主張を相手に承諾させるための暴力組織として軍が機能した。同じ惑星を祖とする人類は宇宙においても相争い、結果、多くの国家に分裂し現在に至っている。
 その過程で悲しいかな、地上で起きた犯罪も全て宇宙に持ち込まれるようになってしまった。
そうしていずれの国においても犯罪捜査は軍によって行われてきたのである。

 国家として他国と対立する以上、軍事力は必要不可欠である。
 一方、宇宙警察の必要が叫ばれるに至っても、捜査員とそれを配置する施設さらに移動用艦艇等、広い支配区域を網羅するには莫大な資金と人員を要し、限られた国家予算の中でそれを用意するのは事実上不可能だった。結果、宇宙における警察機能は軍に残されるままとなったのである。これは軍の権力の増大化、組織の肥大化を招く一因にもなっている。

 イステラでは現実として、艦艇や基地の保安部が警察機能を代行しているが、それでもいわゆる「鑑識官」と呼べるほどの捜査担当は準備しきれていないのが実情である。そういう意味では、犯罪捜査は容疑者の尋問とそこから得られる自白を重視することになり、冤罪も無視出来ない問題として存在している。

 故に野党のみならず与党内にも、軍の警察機能代行には反対が根強い。だが実際問題として宇宙警察を組織するに必要な予算と人員を確保出来ない。
 結果、反対意見は多いものの無い袖は振れぬ以上「それも已む無し」という、消極的な賛成の上に軍が警察機能を代行している、というものである。


 艦艇や宇宙基地の保安部に籍を置く法務武官の本来の任務は、簡易法廷が開催された際の判事・検察官・弁護人を担当することである。
 したがって審理に必要な調査や尋問を直接手掛けるということもあり、いわば取り調べのプロという側面も持つ。これが警察機能を持たされているということにもつながっている。

「わかりました。ではお願いします。
 ただし万が一のことを考え、宇宙服は強化型を着用して下さい」

 レイナートはサイラの意見を認め、そのように指示した。

 宇宙空間においては、いわゆるドア・ツー・ドア(door to door)であっても、艦内から外へ出る時は必ず宇宙服着用が義務付けられている。
 そうして戦術部員や甲板要員等一部を除くと、他の乗組員は通常型宇宙服を着用するのが普通である。
 だがこのような場合、必要に応じて防御性能のより高い強化型を着用するのも珍しいことではない。

『了解しました』

 サイラはそう言って敬礼した。

 端末のモニタが暗転した時、レイナートは背後から声を掛けられた。

「艦長、私も参ります」

 エメネリアだった。

「犯罪が起きた可能性があるとなると、アレルトメイアの国内法などを知る私がいた方が良いと思います」

 もっともな申し出だったこともあり、レイナートは決断に時間を掛けなかった。

「わかりました、許可します。ただし……」

「ええ。強化型を着ていきます」

 そう言って笑顔を見せたエメネリアだった。

 レイナートは頷くとナーキアスの方へ向き直った。

「副長、ドルフィン3の準備を」

「了解」

 頷いたナーキアスはコンソールに向き直り通信機に向かって声を発した。

「ドルフィン3、発進準備。保安部長と対アレルトメイア戦術アドバイザーが乗機する。陸戦隊1個小隊が護衛として同行せよ」


 サイラとエメネリアを乗せたドルフィン3が貨物船に接舷した。とは言うものの既に突撃艇が乗降ハッチ近くに停泊しているから、それを避けてである。したがってドルフィン3からハッチまではいささか距離がある。なので命綱を渡し、それに沿って全員が貨物船に乗船した。

 ヴァルキリーズによって拘束された船員たちは食堂のような共用スペースに集められていた。そこに姿を表したサイラ、毅然とした態度で船員たちに「宣言」した。

「本官はリンデンマルス号保安部長サイラ・レアリルス中佐です」

 船員たちは無言でサイラを睨みつけていた。それを全く意に介することなくサイラは続ける。

「本官はイステラ連邦憲章第87条第2項、及び連邦軍総則第91条第3項のB、さらに連邦警察法附則第9条、国家安全保障法第20条……」

 そうして自分が船員たちを尋問する法的根拠となる法律の名を列挙した。その立て板に水の如く諳んじたサイラに、よくもまあ覚えているものだと誰もが唖然としていた。

「……以上の法的根拠により、あなた方に尋問を行います。
 その供述は裁判で使用されます。
 またあなた方の供述に虚偽があったと認められた場合、裁判において非常に不利となることがあるから注意して下さい」

 サイラの口調は丁寧だが響きは冷たい。

「待ってくれ! 裁判ってなんだ! どうしてオレたちが……」

 髭面の船長が抗議する。だがサイラは平然として告げる。

「あなた方はアレルトメイアと我が国の2ヶ国間で合意した国境を許可なく越えています。したがって出入国管理法違反、ようするに不法入国で起訴されることは避けられないと考えて下さい」

「そんな! オレたちは国境を越えてないはずだ!」

「それは貴船の航行記録を調べれば直ぐにわかることです」

 サイラがそう言うと、エメネリアが付け足すように言った。

「もしも計器に異常があり、国境を超えてしまっていることに気づかなかった場合でも、アレルトメイアの船舶管理義務規則、および宇宙船舶運用基本法に違反していることになります。わかってますね?
 私はかつてアレルトメイア宇宙海軍参謀本部におりました。従ってアレルトメイアの宇宙艦艇及び船舶運用に関する国内法は一通り網羅していると自負しています。
 したがってヘタな嘘や言い逃れは身を滅ぼすだけだと忠告しておきます」

 それを聞いて船長が押し黙った。
 室内は静寂に満たされていた。


 一方、サイラとともに乗船した別の法務武官は技術部の技師とともに貨物室で発見された靴を調べていた。
 技師は簡易放射線検査器、携帯型非接触式成分分析器を携えている。
これらを使うと対象物に触れたり破壊することなく内部構造の可視化が行なえ、また分子構造、結晶構造、化学組成の同定が可能である。
 本来は鹵獲した敵軍の装備の解析に用いられるのだが、このような場合でも使用されることは多い。
 これらの機器は人体や動物などの生体をいわゆる分子レベルで調べることも出来る。人のものか動物のものかまでは特定できるものではないが、それが生物の「肉」だとまでは判別できるのである。

 そうして目の前の靴と思しきモノを調べていた技師は法務武官に言った。

「外側、靴に見える部分は、要は木綿とゴム製で出来た、ありきたりな普通の『靴』です。
ですが問題は中身ですね」

「やはり?」

「ええ。おそらく人の足ですね。サイズ的に子供のものでしょう。解凍した上で細かい成分分析やDNA鑑定を行えば、人間のものであること、年令や性別まである程度絞り込めると思います」

 それを聞いて法務武官は無線機でサイラに所見を報告した。


「……そうか。わかった」

 報告を聞いたサイラの表情に変化はなかった。だが口調は厳しいものに変わった。

「貨物室で見つかったモノは人の足だという可能性が強くなった。したがってリンデンマルス号の艦内工場の検査室で、より精密な検査を行うことになるだろう。
 ところで船長……」

 サイラが船長を射抜くような目で見て言った。

「何故、ちぎれた人の足が貨物室にあるのか、その理由を説明してもらおう。
改めて言っておくが、供述に虚偽があった場合、非常に不利なことになるぞ?」

 その言葉に船員たちは一様に縮み上がった。

 臨検が犯罪捜査に切り替えられ既に12時間が経過していた。
 法務武官は引き続き船員を尋問している。
 貨物船を継続的に支配下に留め置くため陸戦兵も交代で要所を抑えている。

 尋問そのものは軍人によるものとはいえ苛烈を極めるなどということもなく、粛々と進められている。もちろん拷問などありはしない。
 そのせいなのか、船員たちは決して口を開かない。供述を拒み黙秘し続けている。
だがサイラはクサったり投げやりになることもなく根気強く尋問を続けている。

「あの靴が何故あそこにあったのか、説明してもらおう」

「……」

「もう一度聞く。あの靴があそこにあった理由は?」

「知らねえよ」

「理由は?」

「知らないと言ってるだろっ!」

「そうか。では最初から聞く。
 あの靴が何故あそこにあったのか。理由を説明しなさい」

「……」

 今や根比べの様相を呈してきていた。

―― そう簡単には口を割らんか……。にしても、大したものだな。まるで訓練を受けた兵士のようだ。

 サイラは尋問しつつそう感じていた。
 艦長のレイナートからは、時間は掛かってもいいから自供させよ、との命令が出ている。

―― だがこれではな……。

 それに犯行を自供させたとしても、訴追できる訳ではない。そういう意味では無駄な取り調べとも思えるサイラである。

―― 真実は明かされるべき、ではあるが、無駄な時間を過ごしているとしか思えない……。

 だが、艦長命令である以上、否、そうでなくとも手を抜くつもりはサイラにはない。

「さて、それでは何故、あの靴があそこにあったのか、説明してもらおうか」

 再び追求し始めたサイラである。


 他方、船務部の情報解析士官の手によって航行記録等の解析は順調に進んだが、やはりエメネリアがいるということが強みになった。
 全ての通信と、航行にまつわるレーダー観測から操舵に至るまでの記録を、レコーダーから吸い出せたのである。これによって貨物船でいつ何をしたかが手に取るようにわかったのである。それこそ貨物室のハッチの開閉まで記録されていたのだから、状況証拠は全て揃ったと言ってよかったほどである。
 その結果、貨物船が密航者を乗せて出航、途中で死亡した密航者達の遺体を廃棄したであろうという推理も、それが事件の全容という認識に至ったのだった。

 だがそれは、たとえ船員達が自供したとしても裁判は行えない。また人道に反する犯罪として裁くにも、アレルトメイア人がアレルトメイアで起こした事件である。法整備の問題もあってイステラの法令では裁くことが出来ない事柄だった。

 さらにイステラとアレルトメイアの間には犯罪者引き渡し協定が締結されていない。そのためイステラとしては、貨物船の船員たちを入出国管理法違反でしか罪を問うことが出来ず、罰金と強制退去命令が下されて終わり、ということになりそうだった。

「許せない!」

 エメネリアが怒りを露わにする。
 貨物船に乗り込んだ人々は新天地を求め内戦状態の祖国から逃げ出そうとしただけだったに違いない。おそらく法外な金も要求されただろう。なのに船長に裏切られ貨物室の中で死んでいった。どれほど無念であったか。
 そう考えると船員たちを強制退去で済ませるしかないということに腹が立って仕方がなかった。

 だがそれこそが彼らの狙いだったに違いない。
 今アレルトメイアの領域内はそこかしこに戦闘艦艇が行き交っている。ヘタなところをウロウロしているとどんな目に合わされるかわからない。だからほとぼりが覚めるまでイステラ領内に潜んでいようということだったのだろう。
 そのあまりに身勝手な、人の弱みに付け込んで私服を肥やすようなやり方に憤りを感じて遣る方無かった。
 それは何もエメネリアだけでなく、MBスタッフ全員の共通した思いだった。


 だがさすがに、取り調べ開始から3日目になると、艦内にはそろそろの疑問の声が出始めた。

―― いつまで続けるんだ?

 たとえ船員達が自供しても裁判にかけられる訳ではない。ならばさっさと入出国管理法違反に問い、放逐すればいいのではないか。末端の乗組員の中にはそう考える者も表れたのである。

 捜査中の現在、艦はその場に停泊したままである。それでも通常通りの業務が行われている。ただしワープはもちろん辺境基地への補給も行われていない。
 逆にそれは様々な物資の製造をする技術にとって製造ラインを止めずに済むので生産計画は順調に消化できている。
 また教育・文化・科学省から依頼されている天体観測も船務部で行っている。ことに現在は艦が停止しているし望遠鏡が目的の恒星をずっと捉え続けているので、教育・文化・科学省の担当者からは感謝のメールが送られてきているほどである。「ご協力に感謝する」と。

―― 別にそれが目的で停泊している訳ではないのだけれど……。

 作戦部長のコスタンティアが内心ぼやく。
 とにかく艦が動かないことには作戦部としてはすることがない。そのままでは手持ち無沙汰、無聊をかこつ事この上ないことになる。
 だがまさか遊んでいるわけにはいかぬ。
 ということで、過去の戦闘レポートを元にした作戦行動の図上演習を部下たちにやらせていた。
 先の人事異動で作戦部も顔ぶれがかなり変わっている。特に士官学校を出たばかりの少尉らはまだ即戦力とは言い難い。日頃はこういった新人の育成は実際の行動計画をこなしながら行うのだが、何もせずに停泊している今は丁度いい機会である。
 そこでコスタンティアは、自身にはそのつもりは全くなかったが、ビシビシとしごいているのだった。


 ところでこの貨物船拿捕に関して、レイナートは増援を依頼することはなかった。
 例えば国家警察の捜査官の派遣を依頼することも出来た。にも関わらずそれを行ってはいない。
 軍が警察機能を果たすのは快く思われていないのは事実であり、レイナートがそれを知らないはずがない。

―― 何を考えているのだろう?

 毎日繰り返し行われる尋問と黙秘による供述拒否。哨戒活動も補給支援活動も停止させたまま、いつまでもこんな「つまらない」案件に関わっている暇はないはずだった。


 ところが7日目にしてレイナートがようやく新たな指示を出した。

「艦を移動する」

 だが貨物船を開放するという言葉はなかった。
 したがって貨物船も一緒に移動させるというのである。相変わらずMBスタッフにとってレイナートの言動は謎だった。
 通信士官はレイナートが艦長室から直接中央司令部のシュピトゥルス提督と通信を行っているのを知っているがその内容は一切不明だった。

 しかも移動先は中立緩衝帯の直ぐ側という、色々と問題が起きかねないような場所である。
この命令には誰もが首をひねった。艦長の思惑は那辺に有りや? ということである。
 何事かあるのだろうがそれが何だかわからない。

―― これから一体何が起きるのか?

 興味はあるものの不気味でもあった。

 だがそれが判明したのは8日目になろうという時である。

 観測士が突如絶叫した。

「重力波検出器に反応あり! 時空震を検知!」

 
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