レイナートの研究室ではおよそ4ヶ月を掛けて論文をまとめ上げ最高幕僚部の論文検討委員会に提出した。2週間後には審査が終わり公開された。それから3週間余り。 公開された論文は軍内部でかなり話題になり、しばしの間、レイナート率いる第101研究室には肯定・否定も含め、様々な声が寄せられその対応に忙殺された。 「女に戦争ができる訳がない。無駄な論文に金も時間も浪費するな」 という、相変わらず、女性蔑視を隠そうともしない老提督ら。 「ようやく読むに値する論文だったわ」 一方で、女性士官たちからは肯定の声が多かった。 だが一番多かったのは要するに疑問であった。すなわち「本当に徴兵された女性新兵でも使えるのか?」というものであった。 論文作成にあたってはまずアンケートを実施しその集計に時間を費やした。 また、リンデンマルス号の全乗組員にもアンケートを実施した。前線部隊として最も男女比が均衡していた戦艦である。その意識はどうであったか。他との違いはあったのか、を把握するためである。 他方、現在前線部門に配属されている女性兵士にもアンケートを送った。これは志願兵のみだが膨大な数に上る。また自由にコメントを寄せてもらった。実はこの集計に一番時間を要した。 さらにディステニア戦役時代に新兵訓練所で教導官をしていた者にもアンケートを実施した。特に新兵訓練所は、志願兵、徴募兵の双方の訓練を行っていた。そこにどういった違いがあったか、を調べるためである。 そうして得られた結果を、ある具体的な会戦に当てはめてシミュレートしたのである。 徴兵された女性兵士の実戦配備。実のところ、これに関してはイステラ軍自体が豊富な事例を有している訳ではない。だからこそレイナートたちがその研究を行ったのだが、それは統計的な推論であることは否めず、したがって、自分達にも確固たる自信があった訳ではない。ただ希望や憶測を極力排してまとめ上げたということだけは明言できるものであった。 その要点は、 よって、論文を読んだ人に対しては、あとはご自分で判断して下さい、という半ば投げやりな回答しかできないのも事実だった。 そんなある日、レイナートはシュピトゥルス大将に呼び出された。 「スマンが、私のオフィスまで出向いて欲しい」 そう言われてレイナートは首を捻った。 「スマンな、足を運ばせて」 そう言って提督はレイナートを出迎えた。 「貴官の提出した論文、読ませてもらったがよくまとまっている」 「それは恐れ入ります」 レイナートは警戒心を解かずに、それでも一応は頭を下げた。 「私のところにも色々と質問が来たぞ」 「提督のところへ? 何でまた?」 「まあ私がイステラ軍全軍の艦艇の統括責任者だからだろう、コメントを求められたよ」 シュピトゥルス提督は今では統合作戦本部戦術部長であり、まさに、イステラ軍が保有する全艦艇の管理責任者となっていた。 「女性を、しかも徴兵で集められた兵士を戦闘艦に乗せるのか? 使い物になるのか? 戦術部はそれを許すのか? とね。 「それは仕方ないでしょうね」 「徴兵制度が導入されなければこんな議論は無用なのだがな。まあ徴兵制度の復活など二度と起きてほしくはないのだが、こればかりはな」 シュピトゥルス提督の言葉にレイナートも頷く。 レイナート自身、志願兵ならいざしらず徴兵された女性を実戦部隊に配属するというのは、やはり抵抗を感じる1人である。 軍隊とはつまるところ、国家の暴力機関として敵を殺し、破壊するためのものである。国防のためのものでもこれは変わらない。 そうして戦争を始めるのは政府であって軍ではない。 そうして軍人は、自分達の出番が少なければ少ないほどいいと思っている。 だが現実の世界、社会は軍隊を必要としている。そうして時にそれは、自ら志した者だけでは不足し、国が強制して国民に参加させる必要を生じる。それが徴兵制度であり、しかしながらそれは最小限度であるべきである。 「だが、状況はしばらくは好転しそうにもない。となれば、そうも言ってられん」 シュピトゥルス提督の言葉にレイナートは言葉が出ない。 ―― 嫌な時代になったな……。 そう思わざるをえない。 「ところで」 そう言って提督は話題を変えた。 「近々、最新鋭の新造戦艦が就役の予定だ」 そう言って提督はテーブルの上の小さなリモコンを操作した。 「これは!」 レイナートが思わず目を瞠った。それは見間違うことのない独特のフォルム。正八面体を横倒しにして押しつぶし、引き伸ばした形状。 「リンデンマルス号!?」 レイナートは目の前をゆっくりと回る三次元映像から顔を上げて提督に尋ねた。 「そうだ。 「リンデンマルス級? 一番艦? 驚くレイナートに提督は苦笑いをした 「いや、実はまだ、予定の段階だ」 「……」 いささかがっかりのレイナートだった。 イステラ軍において、全ての兵器は兵器研究所で開発される。もちろん民間の軍事産業が提案するものもあるが、それは軍の要求が前提にある。 戦闘艦艇の場合、極稀に惑星の衛星上ということもあるが、多くは惑星上空に設けられた そうして完成した艦艇は試験運用部隊に引き渡され出航、実際に宇宙を航行し初期問題点の洗い出しが行われる。 量産計画書を受け取った軍務省では、国防計画に基づいた調達計画案を作成、連邦最高評議会国防委員会に提出する。 「この最新鋭艦は、そもそも、貴官が艦長を務めたリンデンマルス号の後継艦として開発が進められた。 「確かににそうですね」 今何故この話を? と思いつつも、興味のある話なので如才なく頷くレイナートである。 「ところが思うように開発が進まなくてな」 「それはそうでしょうね」 最新鋭艦には最新技術が搭載される。その開発が遅れるのはよくあることである。 「それで旧リンデンマルス号の退役に間に合わなかった。間に合えば旧艦も爆破処理されずに済んだだろう」 退役を先延ばしにして出撃、最後は自爆処理という悲しい結末を迎えた旧リンデンマルス号だった。それを思うと心が痛む。 「特に外装パネルが当初予定より大幅に遅れてな」 「外装パネルが?」 「そうだ。エネルギー変換効率を格段に向上させた新型。これが遅れたのだ」 「新型の外装パネル?」 レイナートが一層興味を持つ。 「そうだ。兵器研究所の試算によれば29%の効率アップに成功したということだ」 「それは凄い!」 荷電粒子砲や重力制御関連の装置の性能アップは目覚ましいが、外装パネルのみが遅れていた。したがってそれが本当ならイステラ軍の装備はまた格段に進歩向上するのは間違いない。 「そこで貴官に話だ。貴官にこの最新鋭艦の実地運用試験を頼みたい」 「はい?」 そこで意外な話が飛び出してきた。 「……あの……、自分は今は最高幕僚部所属では……?」 最高幕僚部は参謀部門。実地に艦艇を運用するのは畑違いである。 「ああ。なので作戦部に戻ってもらう」 作戦部は艦艇を実際に運用する部門である。ただし中央総司令部の場合、それは基本は儀典用や基地間を移動する連絡艦のみで戦闘艦はない。 「いや、さっきも言った通り、この最新鋭艦はリンデンマルス号の後継艦として開発された。したがって試験終了と同時に旧艦と入れ替えの予定だった。 「……出向ですか?」 出向だと元の部署に籍を残したまま、ということになる。 「いや、正式な転属だったから貴官の籍は今のところまだ最高幕僚部にあるぞ?」 「……はあ」 「まあ貴官の最高幕僚部への転属は反対意見も多くてな……」 「それは一般科ということでですか」 「まあ、端的に言うとそういうことだ」 相変わらずの官僚主義! 「そこで貴官の研究室には新たな3桁番号を与えたのだ。実務の研究室、お飾りの研究室、どちらにも説明をつけられるようにな」 「……」 何をか言わんやという気分になってきたレイナートである。 「そういう意味からすると貴官の研究室の提出した論文は嬉しい誤算だった。いや、誤算という言い方は失礼だな。私はできると信じていたし……」 「……」 何も言う気がしなくなってきた。 「とにかく貴官の論文で、軍内部には女性の徴兵問題について議論する下地ができた、と上層部は判断している」 ―― どこの上層部だ、一体それは……。 「それと貴官にもう一つ命令がある」 「……何でしょうか?」 不貞腐れ気味で尋ねるレイナートに対しシュピトゥルス提督はにこやかに言った。 「知ってる通り我軍の部隊運用は艦隊単位が基本。旧リンデンマルス号は独立艦として一部隊を構成したが、今度は違う。 「特務艦隊司令?」 また変なことを命じられそうだという、嫌な予感しかしない。 「そうだ。女性の実戦部隊への投入、その検証を目的とする特務部隊だ。 嫌な予感は当たっていた。 そこでシュピトゥルス提督は再びリモコンを操作した。 「それが部隊の編成書だ。 そう言ってニヤリと笑った提督を尻目に、レイナートは空間に浮かぶ文書を凝視した。 『部隊名(艦隊名):Valkyries of Lindenmars 目的:最新鋭艦(リンデンマルス級戦艦)の量産化に向けた運用実証試験。 以上、部隊の特殊性に鑑み、当該部隊は司令を除き全て女性によって編成するものとする』 レイナートは絶句した。目も点になっている。ツッコミどころ満載なのだが唖然としてしばらく口も利けなかった。 「差し当たって最新鋭艦の引き渡しは6ヶ月後を予定している。可能であればそれまでに部隊の編成を終え、出撃可能状態に持っていくように」 「閣下!!」 目を見開いて大声を出したレイナートに、シュピトゥルス提督は「何かな?」と静かに応じた。 「何ですか、これは!?」 「む? 聞いてなかったのか? 部隊の編成書……」 「それは聞きました! 中身の話です!」 「何か問題でも?」 シュピトゥルス提督は白々しいまでに惚けた。 「最新鋭艦の運用試験はまだいいです。女性艦長というのもまだ許せます。というより今までいない方がおかしかったくらいですから。 「どういうことも、こういうことも、そういうことだ」 「あり得ないでしょう!」 「何故だ? 貴官の論文にも、異性の目を気にして言いたいことが言えない、という女性兵士は多いではないか。であれば女性だけなら問題はあるまい?」 「ですが、それなら女性艦長の件は? 要するにこれは部下の男性との軋轢を懸念してのことでしょう? だったら男性兵士がいないと検証に……」 「だが、新兵を山ほど抱えた上に、最新鋭艦の運用試験をするのだ。問題は少しでも少ない方がいいのではないか?」 「ですが……。 「そうだな。 「試験徴兵?」 耳慣れない言葉に聞き返す。 「そう、本格的な徴兵制度復活の前の試験的な徴兵で、20代前半女性を千名徴募した。現在訓練中だがその全てを貴部隊に配属する」 何と手回しのいい! と感心している場合ではない。 「そんな試験的な徴兵なんて、政府が許したんですか?」 「ああ。まあ、形の上は志願だがね」 「えっ!?」 「まあ、昔で言う『一本釣り』というやつだ。何らかの理由で軍のサイトにアクセスした記録を辿り、その人物が条件に合う女性だった場合に入隊を持ちかけた。一応拒否は認める説明はしたが、全員が素直に入隊に応じたよ」 話を聞くだけで一体どれほどの法を犯しているものやら。 「そんな騙すような真似で!」 「騙す、とは人聞きが悪いな。 「それを騙すというのでは!」 「どこがだ? 「それに?」 「指揮官は将来有望、ハンサムで若い独身男性。どこにも嘘はあるまい?」 「……」 二の句が継げなかった。 ―― 何だ! その「将来有望でハンサムで若い独身男性」というのは! 「冗談はさておき、この部隊の目的はどれも優先度が高い。 そう言われてもまだレイナートは恨みがましい目で提督を睨んでいる。 「もう一度これを見てくれ」 そう言って提督は再び最新鋭艦の三次元画像を映し出す。そうして諸元表にクローズアップした。 「最新鋭艦の全長は850m。つまり旧艦よりは一回りも二回りも小さい。ということは艦の容積も減っているが、何よりも質量の減少が著しい。 「地上降下が」 ようやくレイナートはまた話を聞く気になった。ただしまだ納得はしていないが。 「そうだ、それが何を意味するか。 「……要するに、通常の戦艦と同じ、と……」 「そうだ。ただし、外装パネルの効率アップのお陰で210cm2連荷電粒子砲を16基32門も擁する。火力の向上は現行艦の数倍に及ぶ」 「それはそうでしょう」 相変わらずの大艦巨砲主義にしか聞こえない。 「兵器研究所は旧リンデンマルス号で致命的な失態を犯した。あまりにも色々なものを詰め込もうとして失敗したのだ。しかも計算ミスでだ。その反省によってこの最新鋭艦が生まれた。 シュピトゥルス提督はそう説明した。 イステラ軍の通常艦隊は戦艦乃至空母3、巡航艦乃至駆逐艦3の併せて6隻で1個艦隊を構成する。そうして複数艦隊からなる作戦の場合には別途補給部隊と病院船が同行し、必要に応じて輸送艦隊が投入される。 「にしても、全員が女性というのは……。 レイナートはまだそこに拘っている。「ハーレム艦隊」などと揶揄されるのは真っ平ゴメンだからである。 「最終的には8千2百名を予定している。 「ですが……」 なおも食い下がろうとうするレイナート。 だがシュピトゥルス提督は冷たく言い放った。 「来週には正式な辞令が発効される。以後直ちに部隊編成にかかってくれ」 |