遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第92話 煽動

 

 シュピトゥルス提督のオフィスから肩を落として出て来たレイナート。それを見て、控えの別室から姿を表したモーナは「ヤレヤレ」と肩をすくめる。

―― 今度は何なの?

 シュピトゥルス提督のオフィスから出てくる度に悄気げているとしか思えない。

―― ま、何を聞かされてももう驚かないけどね。

 今ではすっかり肝の座ったモーナである。

 レイナートと出会って以来、モーナの軍隊生活は波乱万丈のような気がしてならない。そのお陰で、ということもないのだろうが、この歳で少佐に成れているのは、まあ同期でも順当か、少し早い方ではあるのだが。


 そのモーナもレイナートのオフィスで説明を聞いて絶句した。

「女性だけで構成された艦隊……」

 それはイステラ軍の歴史始まって以来の大英断だろう。いや、大失策かもしれない。少なくともこの場では判断が付き兼ねた。
 これがまだ歩兵の1個小隊、否、中隊程度くらいまでならまだわかる。だがその規模が1個艦隊というのが信じられない。果たしてそんなものが可能なのだろうか。


 自身、女性であるモーナは、実力主義を標榜するイステラ軍にあっても、女性が差別もしくは冷遇されていると感じる事がある。それは決して表立ったものではないが、確実に存在するとしか思えない。
 それが逆にモーナの反骨精神に火を点け、上昇志向の原動力ともなっている。

 例えば戦闘艦の艦長。これに女性が任命されたことは実は皆無である。
 医療部門、法務部門、もしくは純粋な技術部門の技術者なら問題はない。その専門職で45歳定年まで宇宙勤務が続けられるだろう。
 だが艦長という職は違う。
 戦闘中に艦長が不予となった場合、その幕僚や主要スタッフの女性がその職責を代行することはある。だが常設艦隊に属する戦闘艦の艦長に女性が正規任命されたことは終ぞないのである。

 これだけなら確かに単なる差別だろう。だがそこで軍は巧妙に振る舞う。

 艦長職目前となった女性士官。それは参謀であり、船務士官であり、時に戦術士官である。軍は彼女らを地上の基地勤務にする。それは中央総司令部、方面司令部、もしくはその配下の駐留艦隊司令部である。
 そうして艦長職と同等もしくはそれ以上とされる職に配置転換させるのである。

「栄転だよ、君」

 不便な生活を強いられる艦内暮らしに比べ地上勤務はどれほど楽か、楽しみも多いか。それに職務も決して見劣りしないのだから、そう言われたら一度は悩んでも、大抵の女性士官はその辞令を受け入れてしまう。

 だがそこに落とし穴がある。

 新しい仕事に慣れ、ある程度余裕が出てきたところで振り返ると、自分にはもう既に宇宙勤務に戻る道が残されていないことに気づく。

 否、全く無い訳ではない。
 自分の今の職は艦長相当以上。ということは宇宙勤務になるには艦長よりも上の職、すなわち艦隊司令となるかその幕僚チームに入るという選択肢がある。
 だが艦隊司令になるには条件がある。すなわち艦長経験者、もしくは軍大学校課程終了者という不文律がある。
 となると軍大学校を目指すしかないが、軍大学校に入学を許されるには論文を書いて認められなければならない。
 過去において多くの英才がありとあらゆる様々な問題に関して論文を書いてきた。だがそれが評価され、認められて入学を許された者など一握りである。それほどの狭き門である。
 その狭き門を頑張って突破するか?

 もしも軍大学校に入学が許され、艦体司令になれたら? その先には前線部門中枢の将官としての未来が待っているはずだ。
 しかしながら軍大学校に出す入学申請用の論文ともなれば生半可なものでは済まない。そんなことをすればいい笑いものである。
 そこで一応は過去の論文を調べてみる。
 そうしてまさにありとあらゆるテーマに、ありとあらゆる角度から挑戦されていることがわかる。
 もう目新しいテーマなど見つからないと思えるほどに。もうこれを超える論理展開は不可能であると思えるほどに。

 それを超える論文? そんなものが自分に書けるだろうか?
 それほどの気力も体力も維持できるだろうか? 

 そうして挫折する。
 そうして気づくのである。つまりもう自分には宇宙に戻る術がない、と。
 その道が残されていても選ばないのと、最初から選ぶことが出来ないのでは天地ほども違う。

 いや、まだ手はある。艦体司令職にある人物に媚を売って幕僚チームに入れてもらう、という方法が残されている。
 媚びを売るだけで済む? もしかしたら……。
 だがそれは絶対にプライドが許さない。実力を認められてならともかく、頭を下げて拾ってもらう、まして女であることを武器にするなどという真似はできない。

 そうして星空を眺めて後悔するのである。あの時この職を断っていれば、と。
 だが断ったからと言って、自分に艦長職が与えられたかは甚だ疑問である。別の何かであった方が可能性は高い。
 ならば今の職務に精励するしかない。そうやって諦めてきたのである。

 だから彼女らは機会あるごとに後輩の女性士官に言う。

「チャンスがあったら、艦長を目指しなさい」

 その言葉は代々の女性士官に受け継がれている。そうしてイステラ軍においてはいまだ叶ったことがない。
 だからモーナやコスタンティアたち第101研究所の初日に「気を落とさないで」と声を掛けた女性士官がいたのである。すなわち「もう、宇宙には戻れないわよ」という意味で。
 だがさすがに誰もそこまでは気づかなかったが。


 いずれにしてもそれからすると、この話は本当にイステラ軍の話なのか? と耳を疑ってしまうほどである。

―― もしかして私は本当に歴史の証人なのかも……。

 そう思ってしまうモーナである。

 司令を除く部隊の全員が女性。したがって艦長も女性。しかも総員の内千名が新兵。これだけでも、まともな部隊運用ができるのかと疑問である。
 別に女性艦長がダメだというのではない。男性に頼らなければ職務を全うできないと言うつもりもない。
 だが今までのイステラ軍はやはり男社会だった。男が中心だった。そこに完全に(?)女性だけの部隊が、しかも艦隊が発足して上手く機能し得るのか?

 そうしてその任務が最新鋭艦の運用実証試験に新たな部隊構成の実用性検証。
 てんこ盛りすぎて目が眩みそうである。レイナートが悄気げる気持ちもわからぬではない気がする。だがこれが上手くいけば、それこそイステラ連邦宇宙軍に新たな時代が訪れるだろう。
 だが、何かがおかしい。何かが引っかかる。

 そこであることに思い至ったモーナは真顔で聞いた。

「もしかして総司令部はこの新設部隊の失敗を望んでいるのですか?」

「いや、それはないと思う」

 さすがにレイナートも驚いて首を振った。

「本当ですか? 根拠は?」

「それは金がかかり過ぎるだろう」

 配属される艦艇は6隻。内1隻が最新鋭の新造艦、残りも現行主力艦。その調達費は莫大である。
 しかも何らかの理由で死傷者が出ればその補償問題もある。
 そうしてそんな部隊の設置を許した者の責任問題にもなる。
 軍の損失が大きすぎる、とレイナートは言うのである。

「でも、女を目の敵にしている老提督(ジジイ)どもですよ? 自分の懐が痛まないとなったら、どんなことを仕出かすかわかったもんじゃないですよ」

「お、おい……」

 いくらオフィスには他に誰もいないとはいえ、そのあまりに歯に衣着せぬ物言いにレイナートが焦ったような声を出す。

「でもそうじゃないですか?
 だって、成功例の有る無しどころか、あまりに過去の事例から逸脱してますよ? どう考えても、まともに遂行する方が正気の沙汰じゃないですよ?」

 そう言われてレイナートもはたと考える。
 今までは部下が全員女性というそのことだけに気を取られ過ぎていたが、落ち着いて考えると確かに腑に落ちない事が多い。


 そもそも何故この話をシュピトゥルス提督から聞かされたのか?
 部隊が作戦部に所属するなら前の第七方面司令部司令、現在の作戦部長のシュラーヴィ大将からの内示の方がおかしくないのではないか?
 いや、シュラーヴィ大将は次期イステラ軍総司令長官に最も近い人物の1人と目されている。そんな大物ではなくとも、別の作戦部の将官でもいいはずだ。

 元々リンデンマルス号は独立艦でどの部隊にも属していないということで、艦艇を統括する戦術部のシュピトゥルス提督が運用責任者だった。
 それがあったからついそのまま耳を傾けてしまったが、本来ならこれは作戦部の案件だろう。

―― まさか軍内部の政治的な駆け引き?

 確かシュラーヴィ大将とシュピトゥルス大将は士官学校の先輩後輩の間柄で戦友だとも聞く。その二人が足の引っ張り合いをしてるのか?
 それはちょっと考えにくかった。

―― いや、シュピトゥルス提督が防波堤か!

 過去に例を見ない大胆な発想の部隊である。内容が内容だけに、その失敗を願う者がいないとは限らない。
 そうして実際失敗すれば、その責任を問う声は当然、部門の長であるシュラーヴィ提督の下まで届くに違いない。
 だが元々変則的な部隊である。変則的な運用であっても良いとしたのであれば? すなわち籍は作戦部において、運用責任は戦術部のシュピトゥルス提督が取る。これであればシュラーヴィ提督が泥を被ることは少ないだろう。

―― シュラーヴィ提督のライバルと言えば、確か……。

 それは現在の最高幕僚部長、ジャスディナ大将である。

―― ウチの親分か……。

―― なんてことだ! その勢力争いに巻き込まれたのか、自分は!

 そういうことに巻き込まれる可能性があるから、地上の基地勤務は嫌だったのに!

 確かに最高幕僚部に転属と知らされ、着任の挨拶に行っても自分は歓迎されてないという雰囲気がしっかりと伝わってきた。

―― そうか、要するに自分はライバルのお仲間の子飼い、腰巾着くらいに思われていた訳だ……

 言葉は悪いがそういうことだろう。

 そう考えれば確かに納得できることが多かった。
 論文提出後、老提督たちを中心に非難の声は非常に大きかった。
 それからすればいくら検証目的とはいえ、こんな部隊の創設を認める方がおかしい。もしかしたら一旦は認めておいて、失敗したら「そら見たことか!」と嘲笑しようというのではないか。その方が余程あり得るだろう。

―― いや、嘲笑じゃ済まないぞ……。

 最終的に8千名余の総員に対し、内千名が新兵。訓練を施したとはいえ、所詮新兵なのだ。
 つまり8人に1人が新人という部隊でワープを始め、様々な部隊行動を取るというのは確かに異常である。失敗しない方がおかしいだろう。

―― つまり艦艇も人命も、無駄になっても構わんということか……。

 この部隊がもし、ワープ中にでも事故を起こし甚大な被害を出せば「やはり女性ではダメだ」と一気に話を持っていかれかねない。
 となれば、女性艦長も、女性の前線配置も「不可」の烙印を押されかねない。イステラ軍における女性の地位の低下は必至だろう。
 もちろん自分もただでは済まない。所詮一般科卒。少しも惜しいと思ってはいないのだろう。

―― それを狙っているのか……。

 だとしたら、そのために貴重な人命と装備を、それこそドブに捨てるようなものである。

―― 人命を何だと思ってるんだ!

 もちろんシュピトゥルス提督の本意はそこではないだろう。
 来るべき徴兵制度復活前に、あらゆる可能性を検証しておきたい、ということなのだろう。そうしてそれは軍の将来を見据えてのことであるに違いない。

 だがもう一方の勢力は、それに協力するふりをして失敗を望んでいる。女性を前線と主要部門から排除するために。その道を閉ざして二度と開かないようにするために。

―― 奇妙なところで利害が一致した訳だ。

 それでこの部隊が創設に至ったのだろう。
 そうしてこれがこの部隊創設の真実なのではと思えてきた。

―― いや、これは責任重大どころの騒ぎじゃないぞ!

 失敗したら確実に首が飛ぶ。ヘタをしたら本当に飛ぶ。いや、今は斬首ではなく銃殺だったな……。
 では成功したら……?

―― 成功するのか、これ?

 成功の可能性が見いだせなかった。


 思わず腕を組み、難しい顔で考え込んでいるレイナート。それを見てモーナは自分の上司が復活したと悟った。

―― どうやら、やる気が出たようね。でもやる気を出す前に断ってくれたら良かったのに……。

 モーナは上昇志向が強い。だから中央総司令部への転属も、最高幕僚部への配属も心の底から喜んだ。

―― 女性初の元帥、は無理でも退役までに大将まではいきたいわ。

 なので失敗と回り道は御免被りたい。いや、それよりもまず天寿を全うしたい。
 失敗したら最悪、銃殺刑なんて任務を上司に引き受けてほしくない。

 そう考えていたモーナにレイナートが声を掛けた。

「スタッフ全員を呼んでくれ。本件について説明する」

 レイナートの顔は先程までと打って変わって強い決意を感じさせるものになっていた。


 モーナに呼び出された研究員とそのアシスタントたちがレイナートの前で整列した。

「全員、揃いました」

 モーナが報告する。
 もっとも全員とは言っても総勢12名にすぎない。ひと目でわかるが、まあ、こういうのは多分に形式的なものである。

「総員、休め」

 立ち上がったレイナートが指示した。
 それを聞いて全員が足を肩幅に開き腕を後ろで組む。そうして身構える。

 レイナートは普段穏やかな丁寧な口調で話す。部下に対してもである。その口調が強くなる時は、実戦中など、不断なく命令を発する時くらいである。
 それからすると、今の指示も口調に断固たるものを感じた。したがって、簡単な話ではないはずだ。

「現在の作業の進捗は?」

 レイナートの問に第1主任研究員のコスタンティアが報告する。

「現在、次の事例の選定中です」

 女性徴募兵の実戦投入のシミュレーションがこの研究室に課せられた任務である。それ故、戦闘記録の中の様々な事例でシミュレートするというのが最初の共通理解だった。そこで次の案件の策定中、というのが論文を提出後の研究室の状況だった。

「よろしい。その選定作業は中止するように」

「あの、中止でありますか?」

 思わずコスタンティアが聞き返した。意外な指示だったからである。

「肯定である。
 本研究室は閉鎖されることとなった。したがって、今後作業を続ける必要はない」

 レイナートの言葉にその場の全員が息を呑み目を見開いた。
 研究室発足からまだ半年も経っていない。にも関わらず閉鎖という決定は、余程自分達に何か とんでもない落ち度があったとしか思えない。背中を冷たい汗が流れた。

「諸君ら全員は、私とともに新たに創設される部隊に転属となる。アシスタント諸君も含めてだ。
 そのための作業を、今後、最優先してもらうことになる。
 副官、説明を」

 そう言ってレイナートは腰掛けた。
 そうして全員が唖然としていた。

―― 新たな部隊へ転属? 何でそんな急に……。もしかしたら懲罰人事?

 モーナが口を開いたところで我に返る。

「我々が配属される部隊は中央総司令部直属となります。部隊名はValkyries of Lindenmars。フォージュ提督を除く全部隊員が女性のみで構成された特務艦隊です」

「!?」

 全員が息を呑み絶句した。目はこれ以上ないというほどに見開かれている。

 イステラ軍の通常艦隊はその編成順に番号が付与されるだけである。したがって固有の部隊名を持つというだけで破格の扱いである、と言える。
 だが司令以外が女性だけの特務艦隊。艦隊? そんなまさか!? と言葉を失ったのである。

 だが、モーナはお構いなしに続ける。

「艦隊は6隻で構成されます。
 旗艦は最新型リンデンマルス級戦艦……」

 そこでまた全員が驚く。リンデンマルス級? まさかリンデンマルス号が復活するのか、と。

「……艦長は、コスタンティア・アトニエッリ大佐」

「えっ、はい……、あの……、ええっ!?」

 さすがのコスタンティアも我知らず動揺して声が出た。それほど予想外の言葉が連続し、そうして極めつけは、自分の艦長就任の言。傍で見ているのが気の毒になるほど聡明な美女が狼狽している。

「二番艦……、艦長はクローデラ・フラコシアス大佐」

 まさかと思いつつ自分の名が呼ばれクローデラもショックを受けている。人形のように整った顔が引きつってさえいる。

―― 驚いて当然よね。でもまだこれからよ。


 コスタンティアもクローデラも士官候補生時代から軍では有名人だった。
 片や政財界の中心たる大企業の経営者一族の娘。片や政府の重鎮の孫娘。その出自もさることながら、その美貌と優秀さにおいてである。
 当然、士官学校卒業後の任官先には誰もが興味を持った。そうして今でも興味を持たれ続けている。
 それは、上層部に疎まれ「干された」はずの2人が、順当以上に出世しているからである。

 コスタンティアは広報部に新任で配属となった。その美貌を考えれば当然とも言える人事だった。
 だが最初からマネキンまがいの「歩く広告塔」をさせられた訳ではない。
 任官当初は軍の広報資料作成をやっていた。だが彼女の聡明さ、優秀さが逆に災いした。

 自分の部下が自分よりもはるかに優秀だと思い知らされて喜ぶ上司がいるだろうか? まして自分が男で部下が女性だったら?

 その明晰な頭脳はどのような難問でも論理的に解決する。
 元々、数多ある大学の中でも最難関と言われる連邦宇宙大学を創設以来初めて飛び級で卒業した才媛である。しかもいまだに努力を惜しまない、怠らないのである。一体どこまで伸びるつもりのか。己との差を思い知らされるにつけ不快にしか思えなくなる。
 意見が食い違っても簡単に論破することなど出来ない。どころが自分が言い負かされる。それも論理的に、である。
 当然上司にとっては疎ましい部下でしかなくなっていた。

「ならば、マネキンでもさせておけ」

 さらに上の上司はそう言った。

 コスタンティアを軍広報のコマーシャルに出演させたら軍を志願する者が増えた。まさに倍増というほどにであり、広報部に金一封がまで出たほどである。

―― そのまま黙ってマネキンをやってろ。

 上司は心の底でそう思っていた。
 ある程度年齢を経て、それなりに外見が劣化したら、使い物にならないとして外へ出してやる。間違っても報道官などにしてやるものか。
 そうとまで考えていた。

 広報の花形、報道官は軍の公式発表を行う重要な役目である。単に見た目がいいくらいでは成れるものではない。用意された原稿が読めればいいというだけのものではない。

 マスコミは軍に対し好意的なところばかりではない。どころか否定的なところの方が多い。
 国防という重要な責務を負う軍を、まるで無用の長物のように看做し、敵視さえしている。
 意地の悪い、否、悪意を込めた鋭い質問を浴びせてくるマスコミに対し、臨機応変に適切な応対をして、逆に彼らを納得させるだけの弁舌を浴びせ、軍の利益を守り意図を理解させるという重要な役目である。余程明晰な頭脳の持ち主でないと報道官という職務を全うすることは出来ない。
 間違ってもそんな重要ポストには就けてやらない。

 だがコスタンティアは報道官という重要ポストに目もくれなかった。マネキンに甘んじることも拒んだ。転属を願い出たのである。
 上司はもちろん快く送り出した。
 送り先は、そこへの異動が左遷と目されるリンデンマルス号。
 いい気味だと上司は思った。

 当のコスタンティアは落ち込んだ。自分はそこまで評価されていないのか、と。
 だが結果はどうだ。
 もう既に大佐である。確かにレイナートのような掟破りの下にいるから目立たないが、あの年齢で既に、である。うまくすれば退役までに女性初の元帥にまで成れるのではないか、と思わせる凄さが彼女にはある。

 一方、クローデラは新任からリンデンマルス号に配属となった。その出自が疎まれたのである。
 確かに見た目がよく、優秀で、しかも目立とうとしないという女性は「有益」だろう。そばで眺めているだけなら最適である。
 だが政府高官の孫娘にして高級官僚の娘を部下に持ちたいと思う上司などいない。まかり間違えば自分の軍人としての人生が狂いかねない。
 そういうのは遠ざけておくに限る。そういうことだった。

 コスタンティアもクローデラも、本人達が意識してはいないところで厄介者扱いされていたのだった。


 それはアニエッタも同じである。

「三番艦艦長、シュピトゥルス少佐」

 モーナの言葉にアニエッタが大声を出した。

「何それ? 私は少佐よ? どうして空母の艦長なの? おかしいでしょう?」

 イステラ軍の少佐の場合、巡航艦もしくは駆逐艦の艦長が相当職である。空母または戦艦なら中佐である。したがって確かに軍の内規から外れた人事である。だがそれを言えばコスタンティアもクローデラも内規から外れている。

 レイナートが手で制して言った。

「それに関しては問題ない。シュピトゥルス閣下の了承を得ている」

「でも‥…。了解しました」

 父親の名を出されてアニエッタも黙った。

 アニエッタも任官時に人事を悩ませた人物の1人である。
 父親が新進気鋭の将官。対ディステニア戦争末期の任官ながら歴戦の勇士で、今では中央総司令部統合作戦本部の高官である。
 その娘を実戦部隊に配置して万が一のことがあったら?
 それでなくても艦載機のパイロットという危険な職種である。平時であっても事故で死亡する危険性は他のどこよりも高いのである。
 と言って優秀な成績で士官学校戦闘技術科空戦課程を終了している彼女である。艦載機のパイロット以外に任命できるか?
 となれば、あとはご多分に漏れずにリンデンマルス号行きである。あそこなら何があっても「被害」は最小限度で食い止められる、として。


「四番艦艦長、ミルストラーシュ中佐」

「えっ? わたくしが?」

 エメネリアの素が出た。すなわち高貴な貴族の令嬢という本来の姿が。

「私は亡命、帰化した他国の人間ですが?」

「亡命し帰化した以上既にイステラ人です。問題ない」

 レイナートが強く言った。

「それに、『出来る』人間は少しでも多い方がいい」

「……はい……」

 エメネリアが頬を赤らめて頷いた。
 それを他の女性たちは怖い顔で見ている。
 だが今のレイナートにはそういうことを気にしている余裕はなかった。モーナを目で促した。

「五番艦艦長、シャッセ大尉」

「ちょっと待ってくれ、アタシは……」

「質問・意見はあとで」

 おそらくレイナートがそう思っているだろうと感じたモーナはピシャリと言った。
 もっとも相手が大尉のエレノアだからで、他の佐官に対してはいくらモーナでもそこまでは言えない。そのくせレイナートには言いたい放題なのだから余程レイナートに心を許しているとも言える。

「最後に六番艦……」

「まさか私ですか?」

 アリュスラが尋ねた。さすがにこの流れなら十分に気づく。

「そうです」

 そうして今名前を呼ばれた女性たちが一斉に口を開こうとしたところでレイナートが手を挙げた。

「色々と言いたいこと、聞きたいこともあるだろう。だがまずは聞いてほしい」

 そう言うと皆が押し黙った。

「新たな部隊の目的は、先に我々がまとめ上げた論文の実証である。
 すなわち今後増えると予測される女性徴募兵の実戦配備。その有用性検証を実艦隊で行うということである。
 中央総司令部はご丁寧にも、わざわざ千名もの新兵を集めて用意してくれたそうだ」

「!?」

 女性たちが絶句した。
 1個艦隊で千名も新兵を抱える? 無謀以外の何物でもないだろう。

「これは元々、軍にとっても懸念であった喫緊の課題である。
 アレルトメイアとの戦争が長引けば、いずれ徴兵制度が復活するのは目に見えている。それに如何に対応するか。
 その叩き台となるデータ取りが本来の目的である」

 レイナートは一旦言葉を切った。そうして静かに言う。

「だがこれには裏がある、と考えている」

「裏……ですか?」

 コスタンティアが尋ねる。

「そうだ。
 おそらくこの新設部隊は、ある一部のグループには失敗することが望まれている可能性が高い」

「失敗? どういうことでしょうか?」

「現実問題としてイステラは、この先数年に渡って女性の数が多い時代を迎える。
 すなわち社会の中心部分を女性が握ることも増えるだろう。
 そうしてそれは軍においても起こりうるはずだ」

 再び、レイナートは言葉を切った。そうしてこみ上げる怒りを抑えて言う。

「そうして我々の失敗を願うグループはこれを機に、軍における女性の地位低下を狙っていると考えられる」

「何ですって!」

 皆が一斉に声を上げた。

「前線部門からの女性の排除、艦長職への女性不登用。これらは現在も続いている。だが時代がそれを許しそうにない情勢である。
 それを今後も続けていくために、彼らには、女性部隊の失敗という事例が必要なのだ」


 それはもしかしたら自分の思い込みにすぎないのかもしれない。だが与えられた任務はそうとしか思えないものである。それを着実に遂行し成功させるには、彼女たちの意識も変えてもらう必要がある。
 モーナとの話し合いの後の短い時間でレイナートはそう思い至った。となれば言葉は悪いが、彼女たちを煽るしかない。

「そこで私は艦隊司令として諸君らの奮起を期待する。
 女性が男に劣っていないことを、男と同じようにやれるということを軍全体に見せてやろうではないか!」

「「「「はい!!」」」」

 怒りの炎をメラメラと瞳に映していた女性たちが声を揃えて返事をした。

 それをモーナは1人冷めた目で見ていて、心の中でつぶやいた。

―― 提督、男のあなたがそれを言いますか?

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