シュピトゥルス提督のオフィスから肩を落として出て来たレイナート。それを見て、控えの別室から姿を表したモーナは「ヤレヤレ」と肩をすくめる。 ―― 今度は何なの? シュピトゥルス提督のオフィスから出てくる度に悄気げているとしか思えない。 ―― ま、何を聞かされてももう驚かないけどね。 今ではすっかり肝の座ったモーナである。 レイナートと出会って以来、モーナの軍隊生活は波乱万丈のような気がしてならない。そのお陰で、ということもないのだろうが、この歳で少佐に成れているのは、まあ同期でも順当か、少し早い方ではあるのだが。 そのモーナもレイナートのオフィスで説明を聞いて絶句した。 「女性だけで構成された艦隊……」 それはイステラ軍の歴史始まって以来の大英断だろう。いや、大失策かもしれない。少なくともこの場では判断が付き兼ねた。 自身、女性であるモーナは、実力主義を標榜するイステラ軍にあっても、女性が差別もしくは冷遇されていると感じる事がある。それは決して表立ったものではないが、確実に存在するとしか思えない。 例えば戦闘艦の艦長。これに女性が任命されたことは実は皆無である。 これだけなら確かに単なる差別だろう。だがそこで軍は巧妙に振る舞う。 艦長職目前となった女性士官。それは参謀であり、船務士官であり、時に戦術士官である。軍は彼女らを地上の基地勤務にする。それは中央総司令部、方面司令部、もしくはその配下の駐留艦隊司令部である。 「栄転だよ、君」 不便な生活を強いられる艦内暮らしに比べ地上勤務はどれほど楽か、楽しみも多いか。それに職務も決して見劣りしないのだから、そう言われたら一度は悩んでも、大抵の女性士官はその辞令を受け入れてしまう。 だがそこに落とし穴がある。 新しい仕事に慣れ、ある程度余裕が出てきたところで振り返ると、自分にはもう既に宇宙勤務に戻る道が残されていないことに気づく。 否、全く無い訳ではない。 もしも軍大学校に入学が許され、艦体司令になれたら? その先には前線部門中枢の将官としての未来が待っているはずだ。 それを超える論文? そんなものが自分に書けるだろうか? そうして挫折する。 いや、まだ手はある。艦体司令職にある人物に媚を売って幕僚チームに入れてもらう、という方法が残されている。 そうして星空を眺めて後悔するのである。あの時この職を断っていれば、と。 だから彼女らは機会あるごとに後輩の女性士官に言う。 「チャンスがあったら、艦長を目指しなさい」 その言葉は代々の女性士官に受け継がれている。そうしてイステラ軍においてはいまだ叶ったことがない。 いずれにしてもそれからすると、この話は本当にイステラ軍の話なのか? と耳を疑ってしまうほどである。 ―― もしかして私は本当に歴史の証人なのかも……。 そう思ってしまうモーナである。 司令を除く部隊の全員が女性。したがって艦長も女性。しかも総員の内千名が新兵。これだけでも、まともな部隊運用ができるのかと疑問である。 そうしてその任務が最新鋭艦の運用実証試験に新たな部隊構成の実用性検証。 そこであることに思い至ったモーナは真顔で聞いた。 「もしかして総司令部はこの新設部隊の失敗を望んでいるのですか?」 「いや、それはないと思う」 さすがにレイナートも驚いて首を振った。 「本当ですか? 根拠は?」 「それは金がかかり過ぎるだろう」 配属される艦艇は6隻。内1隻が最新鋭の新造艦、残りも現行主力艦。その調達費は莫大である。 「でも、女を目の敵にしている 「お、おい……」 いくらオフィスには他に誰もいないとはいえ、そのあまりに歯に衣着せぬ物言いにレイナートが焦ったような声を出す。 「でもそうじゃないですか? そう言われてレイナートもはたと考える。 そもそも何故この話をシュピトゥルス提督から聞かされたのか? 元々リンデンマルス号は独立艦でどの部隊にも属していないということで、艦艇を統括する戦術部のシュピトゥルス提督が運用責任者だった。 ―― まさか軍内部の政治的な駆け引き? 確かシュラーヴィ大将とシュピトゥルス大将は士官学校の先輩後輩の間柄で戦友だとも聞く。その二人が足の引っ張り合いをしてるのか? ―― いや、シュピトゥルス提督が防波堤か! 過去に例を見ない大胆な発想の部隊である。内容が内容だけに、その失敗を願う者がいないとは限らない。 ―― シュラーヴィ提督のライバルと言えば、確か……。 それは現在の最高幕僚部長、ジャスディナ大将である。 ―― ウチの親分か……。 ―― なんてことだ! その勢力争いに巻き込まれたのか、自分は! そういうことに巻き込まれる可能性があるから、地上の基地勤務は嫌だったのに! 確かに最高幕僚部に転属と知らされ、着任の挨拶に行っても自分は歓迎されてないという雰囲気がしっかりと伝わってきた。 ―― そうか、要するに自分はライバルのお仲間の子飼い、腰巾着くらいに思われていた訳だ…… 言葉は悪いがそういうことだろう。 そう考えれば確かに納得できることが多かった。 ―― いや、嘲笑じゃ済まないぞ……。 最終的に8千名余の総員に対し、内千名が新兵。訓練を施したとはいえ、所詮新兵なのだ。 ―― つまり艦艇も人命も、無駄になっても構わんということか……。 この部隊がもし、ワープ中にでも事故を起こし甚大な被害を出せば「やはり女性ではダメだ」と一気に話を持っていかれかねない。 ―― それを狙っているのか……。 だとしたら、そのために貴重な人命と装備を、それこそドブに捨てるようなものである。 ―― 人命を何だと思ってるんだ! もちろんシュピトゥルス提督の本意はそこではないだろう。 だがもう一方の勢力は、それに協力するふりをして失敗を望んでいる。女性を前線と主要部門から排除するために。その道を閉ざして二度と開かないようにするために。 ―― 奇妙なところで利害が一致した訳だ。 それでこの部隊が創設に至ったのだろう。 ―― いや、これは責任重大どころの騒ぎじゃないぞ! 失敗したら確実に首が飛ぶ。ヘタをしたら本当に飛ぶ。いや、今は斬首ではなく銃殺だったな……。 ―― 成功するのか、これ? 成功の可能性が見いだせなかった。 思わず腕を組み、難しい顔で考え込んでいるレイナート。それを見てモーナは自分の上司が復活したと悟った。 ―― どうやら、やる気が出たようね。でもやる気を出す前に断ってくれたら良かったのに……。 モーナは上昇志向が強い。だから中央総司令部への転属も、最高幕僚部への配属も心の底から喜んだ。 ―― 女性初の元帥、は無理でも退役までに大将まではいきたいわ。 なので失敗と回り道は御免被りたい。いや、それよりもまず天寿を全うしたい。 そう考えていたモーナにレイナートが声を掛けた。 「スタッフ全員を呼んでくれ。本件について説明する」 レイナートの顔は先程までと打って変わって強い決意を感じさせるものになっていた。 モーナに呼び出された研究員とそのアシスタントたちがレイナートの前で整列した。 「全員、揃いました」 モーナが報告する。 「総員、休め」 立ち上がったレイナートが指示した。 レイナートは普段穏やかな丁寧な口調で話す。部下に対してもである。その口調が強くなる時は、実戦中など、不断なく命令を発する時くらいである。 「現在の作業の進捗は?」 レイナートの問に第1主任研究員のコスタンティアが報告する。 「現在、次の事例の選定中です」 女性徴募兵の実戦投入のシミュレーションがこの研究室に課せられた任務である。それ故、戦闘記録の中の様々な事例でシミュレートするというのが最初の共通理解だった。そこで次の案件の策定中、というのが論文を提出後の研究室の状況だった。 「よろしい。その選定作業は中止するように」 「あの、中止でありますか?」 思わずコスタンティアが聞き返した。意外な指示だったからである。 「肯定である。 レイナートの言葉にその場の全員が息を呑み目を見開いた。 「諸君ら全員は、私とともに新たに創設される部隊に転属となる。アシスタント諸君も含めてだ。 そう言ってレイナートは腰掛けた。 ―― 新たな部隊へ転属? 何でそんな急に……。もしかしたら懲罰人事? モーナが口を開いたところで我に返る。 「我々が配属される部隊は中央総司令部直属となります。部隊名はValkyries of Lindenmars。フォージュ提督を除く全部隊員が女性のみで構成された特務艦隊です」 「!?」 全員が息を呑み絶句した。目はこれ以上ないというほどに見開かれている。 イステラ軍の通常艦隊はその編成順に番号が付与されるだけである。したがって固有の部隊名を持つというだけで破格の扱いである、と言える。 だが、モーナはお構いなしに続ける。 「艦隊は6隻で構成されます。 そこでまた全員が驚く。リンデンマルス級? まさかリンデンマルス号が復活するのか、と。 「……艦長は、コスタンティア・アトニエッリ大佐」 「えっ、はい……、あの……、ええっ!?」 さすがのコスタンティアも我知らず動揺して声が出た。それほど予想外の言葉が連続し、そうして極めつけは、自分の艦長就任の言。傍で見ているのが気の毒になるほど聡明な美女が狼狽している。 「二番艦……、艦長はクローデラ・フラコシアス大佐」 まさかと思いつつ自分の名が呼ばれクローデラもショックを受けている。人形のように整った顔が引きつってさえいる。 ―― 驚いて当然よね。でもまだこれからよ。 コスタンティアもクローデラも士官候補生時代から軍では有名人だった。 コスタンティアは広報部に新任で配属となった。その美貌を考えれば当然とも言える人事だった。 自分の部下が自分よりもはるかに優秀だと思い知らされて喜ぶ上司がいるだろうか? まして自分が男で部下が女性だったら? その明晰な頭脳はどのような難問でも論理的に解決する。 「ならば、マネキンでもさせておけ」 さらに上の上司はそう言った。 コスタンティアを軍広報のコマーシャルに出演させたら軍を志願する者が増えた。まさに倍増というほどにであり、広報部に金一封がまで出たほどである。 ―― そのまま黙ってマネキンをやってろ。 上司は心の底でそう思っていた。 広報の花形、報道官は軍の公式発表を行う重要な役目である。単に見た目がいいくらいでは成れるものではない。用意された原稿が読めればいいというだけのものではない。 マスコミは軍に対し好意的なところばかりではない。どころか否定的なところの方が多い。 だがコスタンティアは報道官という重要ポストに目もくれなかった。マネキンに甘んじることも拒んだ。転属を願い出たのである。 当のコスタンティアは落ち込んだ。自分はそこまで評価されていないのか、と。 一方、クローデラは新任からリンデンマルス号に配属となった。その出自が疎まれたのである。 コスタンティアもクローデラも、本人達が意識してはいないところで厄介者扱いされていたのだった。 それはアニエッタも同じである。 「三番艦艦長、シュピトゥルス少佐」 モーナの言葉にアニエッタが大声を出した。 「何それ? 私は少佐よ? どうして空母の艦長なの? おかしいでしょう?」 イステラ軍の少佐の場合、巡航艦もしくは駆逐艦の艦長が相当職である。空母または戦艦なら中佐である。したがって確かに軍の内規から外れた人事である。だがそれを言えばコスタンティアもクローデラも内規から外れている。 レイナートが手で制して言った。 「それに関しては問題ない。シュピトゥルス閣下の了承を得ている」 「でも‥…。了解しました」 父親の名を出されてアニエッタも黙った。 アニエッタも任官時に人事を悩ませた人物の1人である。 「四番艦艦長、ミルストラーシュ中佐」 「えっ? わたくしが?」 エメネリアの素が出た。すなわち高貴な貴族の令嬢という本来の姿が。 「私は亡命、帰化した他国の人間ですが?」 「亡命し帰化した以上既にイステラ人です。問題ない」 レイナートが強く言った。 「それに、『出来る』人間は少しでも多い方がいい」 「……はい……」 エメネリアが頬を赤らめて頷いた。 「五番艦艦長、シャッセ大尉」 「ちょっと待ってくれ、アタシは……」 「質問・意見はあとで」 おそらくレイナートがそう思っているだろうと感じたモーナはピシャリと言った。 「最後に六番艦……」 「まさか私ですか?」 アリュスラが尋ねた。さすがにこの流れなら十分に気づく。 「そうです」 そうして今名前を呼ばれた女性たちが一斉に口を開こうとしたところでレイナートが手を挙げた。 「色々と言いたいこと、聞きたいこともあるだろう。だがまずは聞いてほしい」 そう言うと皆が押し黙った。 「新たな部隊の目的は、先に我々がまとめ上げた論文の実証である。 「!?」 女性たちが絶句した。 「これは元々、軍にとっても懸念であった喫緊の課題である。 レイナートは一旦言葉を切った。そうして静かに言う。 「だがこれには裏がある、と考えている」 「裏……ですか?」 コスタンティアが尋ねる。 「そうだ。 「失敗? どういうことでしょうか?」 「現実問題としてイステラは、この先数年に渡って女性の数が多い時代を迎える。 再び、レイナートは言葉を切った。そうしてこみ上げる怒りを抑えて言う。 「そうして我々の失敗を願うグループはこれを機に、軍における女性の地位低下を狙っていると考えられる」 「何ですって!」 皆が一斉に声を上げた。 「前線部門からの女性の排除、艦長職への女性不登用。これらは現在も続いている。だが時代がそれを許しそうにない情勢である。 それはもしかしたら自分の思い込みにすぎないのかもしれない。だが与えられた任務はそうとしか思えないものである。それを着実に遂行し成功させるには、彼女たちの意識も変えてもらう必要がある。 「そこで私は艦隊司令として諸君らの奮起を期待する。 「「「「はい!!」」」」 怒りの炎をメラメラと瞳に映していた女性たちが声を揃えて返事をした。 それをモーナは1人冷めた目で見ていて、心の中でつぶやいた。 ―― 提督、男のあなたがそれを言いますか? |