柄にもない演説めいたことを言って、自らの研究室の研究員である女性士官たちを鼓舞したレイナート。 損耗率、という言葉がある。 いかなる軍隊においても失って良い兵員の生命というものはない。 だが人命はそうではない。 その観点からすると新設部隊は8人に1人が新兵という異常なもの。高い損耗率を記録するどころか、まるで全滅するための部隊にしか思えない。 だからレイナートは演説を打った。 だがいま女性たちの目はギラギラとしていた。それはまるで獲物を狙う野獣であるかのように。 ―― ちょっと煽りすぎたかな? そう思わないでもないレイナートだった。 だが、そうでもしないと出航と同時に事故でも起こしかねないような部隊である。 女性新艦長 ― 今のところはまだ研究室の研究員である ― たちは研究室の共用スペースで何時になく熱い議論を繰り広げていた。 「とにかく現場指揮官となる士官にはベテランが欲しいわ」 「ええ。でも人物も重要よ?」 「それはわかってるわ。問題はどうやって集めるかよ。中堅の女性士官、と言っても数はハンパじゃないのよ? そこから選ぶのだって大変な作業よ」 「人事部はある程度、融通を付けてくれるんでしょう?」 「でも、ただ『優秀な人材を寄越して』じゃあダメじゃない?」 「それはそうね」 「ではどうする?」 「どうしようか?」 「それを話し合ってるんでしょ!」 「わかってるわよ。大きな声出さないで」 とまあ、こんな具合である。 一方のレイナートも悩んでいた。 だが当の女性艦長らはどうも違うようである。 ―― となれば、こちらも腹を括るしかないか……。 与えられた任務は最早避けようのないものである。ならば己の考えは封じ込めてでも実行しなければならない。 だがそうなると、別の意味で人手が足りない。それは自分の参謀である。 ―― 問題は誰にするか、だが……。 ところがレイナートにはこれと言ったコネクションがなかった。 ―― いや、ただ1人、アテがない訳じゃないが……。 その人物は女性で清廉潔白、有能だと記憶している。そういう意味では願ったり叶ったりでもある。ただし、苦手という印象を拭えない人物だった。 ―― とりあえず彼女にあたってみるか。 そう考えたレイナートは別室のモーナに内線で告げた。 「セーリア・リディアンという女性の所在を確かめてくれ。 『表向きの所属もわからないのですか? たとえ本当に内部調査官であったとしても、何らかの表向きの官職名を名乗ったのではありませんか?』 モーナが聞き返してきた。 「当時聞いた気もするが、すまない、あいにく失念した」 『わかりました。了解です。あまり珍しくない名前ですが何とかなると思います』 モーナはそう請け負った。 そうして1時間もしない内にレイナートの元へ報告をしにきた。 「わかりました。 「やはり監察部の人だったか……」 「どういうお知り合いか伺っても?」 「私がRX-175基地から異動で輸送艦隊に移った際、その輸送に関連した軍事物資の横領・横流し事件というのがあった」 「初耳です」 「だろうね。事件は解決したが完全に隠蔽されたから」 「それは聞き捨てならないことですね」 モーナが眉をしかめた。 「だよね。だが事件の関係者には当時の軍上層部、退役軍人のお偉いさん、民間企業の役員、さらに政治家も関わっていた」 「だから公表しなかったのですか?」 「だと思うよ」 「許せない話ですね。でも、どうして発覚したのですか?」 「何度かその建設中の基地に建設資材や補給物資を運んでいる内に、積み荷の量が送り状と微妙に違うことに気づいた」 「閣下が、ですか?」 「うん、まあね。それで密かに自分なりに調べてみた。結果、誰かが横領しているかもしれない、ということがわかった」 「それで、どうしたんですか?」 「どうするも、こうするも、報告しようと思ったよ。だって軍の全ては国民の血税で賄われているんだからね。 「それで?」 「それで、士官学校時代の弱いつながりだったけど、ある提督に相談した」 「ある提督?」 「ああ。当時、准将になったばかりで特別講義に来たシュピトゥルス閣下だよ」 「えっ、そんな昔からのお知り合いだったのですか?」 「だったんだよ。 「それでどうなったんですか?」 「閣下と連絡を取った後、接近してきた女性がいた」 「それが……」 「そう、それがリディアン大尉だった。 「終わり? どういうことですか?」 「自分の知っていることを一切口外しないと約束させられて、それでいつの間にか少佐になって記録部に異動になった。 「えっ! じゃあワタ……、小官と出会ったのは……」 「そのちょっと後のことだね」 「何と言うか……。 「思う訳がないじゃないか、常に監視されてたんだから」 「監視!」 「そうだよ。口外したら命の保証はないと言われた。実際にそう言われた訳じゃないけど、そういう意味だったと思うよ。 「そう言えば確かいましたね」 モーナは首を傾げ思い出した様に言う。 「それがそうだったとは確信を持って言えないけど、多分そうだったんじゃないかな……。 「いえ。 「大丈夫だと思うよ。 「それで、そのリディアン中佐にはどういった用件が?」 「彼女に参謀を頼めないかと考えている」 「参謀を、ですか。軍大学校を終了をされてるんですか?」 女性艦長の実績が軍の過去にない以上、軍大学校終了者というのは艦隊参謀の必須条件であるから当然のモーナの問である。 「終了者にその名があった記憶がありませんが」 「イヤ、ないと思う」 軍大学校には定員があるが、昨今では常に定員割れの状態が続いている。すなわち一定以上の成績要件を満たさないと入学が認められないからであり、近年では数えるほどしか終了者がおらず、その名を知らないというのは一兵卒でもない限りありえない。モーナやレイナートの言葉の背景にはそういう事情がある。 「それに中佐だと難しいかな」 「それは無理ではないでしょうか」 モーナはにべもなくそう言った。 艦隊司令の幕僚チームに入るには艦長としての経験がある、もしくは軍大学校の終了者という不文律がある。しかもその主席参謀は、その艦隊を構成する艦艇の艦長と同等以上と定められている。確かに艦長より格下の参謀では色々と問題が起きかねないからの規則である。 「シュピトゥルス提督に掛け合ってみるかな」 「ええっ!? まさか昇進をお願いするんですか? それに軍大学校の終了資格はどうするんです? まさか捏造……」 「いや、そこまでは考えてないよ。でもまあ、それを考えるとさすがに無理かもしれないね。でも掟破り、というか例外ばかりの部隊だからね。もう一つ二つ増えても問題ないだろう? 「それはわかりますが……」 呆れ顔のモーナだった。 だがレイナートから話を聞かされたシュピトゥルス提督はもっと呆れ顔だった。 「全く貴官は、一般科候補生だったとは思えないほどの押しの強さだな」 「恐れ入ります」 殊勝に頭を下げてみせる。 「それで、何故彼女なのだ? 優秀な参謀ということであれば、他にも候補者はいるのではないか? それこそ軍大学校を出た女性大佐は皆無ではないんだぞ?」 「確かにそうですね。 その時の印象はとにかく「できる女性」というものだった。 「しかし随分昔のことを覚えているもんだな、貴官は」 「そうでしょうか? 「だろうな。 「その時のことは多少は思い出されましたか?」 「いいや、それだけだ。詳細は今でも全然覚えておらん。 「……」 今度はレイナートが呆れ顔である。 「そんな顔をするな。 そのセーリア・リディアン中佐については、その後もモーナにできる限り調べさせておいた。 いくらなんでも、多少引っかかりのあった昔の知り合い、というだけでは提督を納得させるのは難しいと思ったからである。 「貴官の5期上で、元々は戦術作戦科だったが法務部、監察部と渡り歩いている。参謀としてよりそちらに向いていると見做されたのだろう。まあ、戦術作戦科の全員が参謀になれる訳でもないしな」 「そうですね」 レイナートが頷く。 「そろそろ中佐にという頃に査閲部に異動になっている。 「なのに、何故いまだに中佐なのでしょう?」 「まあ地方の考えることだ。 中央総司令部はまさにエリート中のエリートの集り。どうも方面司令部を見下しているところがある。それが提督の言葉の端にも出ている。 「上? 上司がですか?」 レイナートが尋ねる。 「そうだ。 部隊の練度を見るための演習。その勝敗判定をするのが査閲官であり、査閲官の属するのが査閲部である。教導隊が教育した兵士の練度に対し「教導がなってない」という評価を下すことも可能な部署である。 「だから異動したがらない? 何だか嫌な話ですね」 「全くだ」 イステラ軍の場合、階級に応じた相当職という制度がある。これは厳格に守られているところもあれば、レイナートのようになし崩しになっているところもある。要するに人事に影響を及ぼす上層部のさじ加減ひとつ、ということである。 「まあ階級を上げるだけなら、勤続年数だけでも出来るからな。それすらないというのは余程上に睨まれたか、さもなくば無能ということだが、少なくとも記録を見る限りでは前者だろう。 「ですが査閲官というの願ったり叶ったりですね。40前で独身というのも非常にありがたい」 レイナートはそう言った。 「まあ、特例中の特例ということでなんとか周囲の了解は得た。好きにするがいい」 「ありがとうございます。それで彼女に会えるようにしていただけますか?」 あとは直接会って話をしてみて、というところまでレイナートの考えは決まっていた。 「ああ。だが貴官自身でもそれは可能だろう? 何のための三ツ星だ? こういう時にこそ、その権力を使え」 素気なく言われてしまった。 ということでレイナートはセーリアに会いに行くことにした。将官がわざわざ自分から足を運ぶ、というのにモーナは反対したが、呼び寄せて面談して不採用、ということになったのでは申し訳ないからとレイナートは譲らなかった。それにそのつかえているという上司とやらも見てみたかったのである。モーナは渋々連絡艦の手配をしたのである。 だがその前に、それこそ最優先でやらなければならないことがあった。 何せ正式に辞令が発効すると、所属が最高幕僚部から作戦部に変わる。ということは現在の本部棟地下4階にある研究室が使えなくなる。 ところがこれが簡単ではなかった。 それでもなんとか見つかったのが、中央総司令部の敷地に隣接する宇宙港の使われていない航空機用ハンガーで、一応事務室として使えそうな小部屋は付属していた。 「いや、無理でしょう」 全員が口を揃えてそう言ったのである。 次に見つかったのが総司令部の敷地内にある古い消防機庫である。 だがそれも、いわゆる可燃物のあるところには、自動制御の地下埋設の消火散水栓が設置され、消防車自体が不必要になって使われなくなったのである。 その古い消防機庫を見た皆の第一声は「ボロっ……」だった。 だが古いことは確かに古いがそこそこ頑丈な作りだし、2階部分には結構な広さの消防分隊員の控室がある。別個の分隊長室というのはなかったが、24時間火災発生に備えての当直室があり、ベッドを取り外せばレイナート用の個室することが可能と思われた。他にトイレと小さなキッチンも完備されており、まあ余り使うことはなさそうだがシャワー室もあった。なので作りとしては申し分なかった。 だが外壁も薄汚れているし、中はと言えば、とにかく何年も使われていないからホコリだらけだった。 「まさかここを使うの?」 アニエッタなどは真っ平ゴメンと言いたげだった。 「まあ、掃除すれば使えるんじゃない?」 というのはアリュスラ。管理部門一筋の彼女は施設・設備にはそれなりに長じている。 「管理部にメンテナンスを依頼できないんですか?」 とレイナートに尋ねる。 「ダメです。来週後半までスケジュールが一杯だそうです」 端末を使って交渉していたモーナの報告にアニエッタがまた言う。 「来週早々には辞令が出るのよ? メンテが済むまでどうするのよ!」 「休出してくれないかしら」 と言うのはクローデラ。 「無理じゃないかな、管理部はお役所だから」 と、ボソリとエレノアが言った。 宇宙艦艇や基地の勤務は7日に一度の休日、というのが基本である。その休日が日曜日とは限らない。まあ、実働部隊というのはそういうもので、日曜日には敵が攻めてこない、という絶対の保証でもない限りこのシフト形態は変わらないだろう。 「では、自分達で掃除します? これくらいなら簡単だと思いますが」 と言ったのは不断は物静かに控えているネイリだった。 「ネイリ、本気なの?」 エメネリアが尋ねると、ネイリは胸を張った。 「こんな掘っ立て小屋、直ぐに終わります」 いや、確かに40も50も部屋のある大邸宅でメイドをしていたことからすれば、こんな消防機庫は掘っ立て小屋みたいなものだろう、と誰もが考えた。 「ええ、ワタシはイヤよ!」 「アタシも! やったことないもん!」 アニエッタの言葉にイェーシャも賛同した。 アニエッタやイェーシャに限らずValkyries of Lindenmars隊の女性全員、家事はほとんどしたことがない。 「大丈夫です! メイドのわたくしがおります! 皆さんにきちんと掃除の仕方を伝授いたします!」 胸を張るネイリに、はたとモーナが気づいた。 「ネイリ、あなたまさか!? アレを着るつもり?」 そこでネイリはニッコリと笑って頷いた。 「ええ、もちろんです!」 「そんなのダメよ!」 慌てたモーナが大声で言う。 「何なの一体? 何を騒いでるの?」 アニエッタがモーナに尋ねた。 「この子はメイド服を着るつもりです!」 それを聞いて誰もが唖然とした。 「メイド服ぅ?」 だがネイリはきっぱりといい切った。 「わたくしにとってメイド服こそが本来の戦闘服。さればこれを着ずして任務の遂行はありえません!」 背後では、エメネリアが「よくぞ言った」と満足そうに頷いている。 ―― やっぱり関わりを持ちたくなかった……。 モーナは頭を抱えていた。 ―― 全くこの人たちは……! 調査委員会の後、部屋探しの一件でエメネリアとネイリの、そのあまりに貴族のご主人様とメイドぶりに唖然としたモーナは、二人に深く関わるまいと心の中で密かに決意していた。 だが、そうは言っても相手から接触してこられたらそういうことも言ってはいられない。「お願いがあるのですが、少佐殿」というネイリを無視したり、無碍に遠ざける訳にもいかなかった。 「何かしら、リューメール准尉?」 内心、嫌ではあるがそれをおくびにも出さずに応じた。 「はい、実は……」 そう言ってネイリが情報端末を差し出した。 「……メイド服を探しているのですが、いいお店をご存じないでしょうか?」 それを聞いてモーナは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。 「はあ? メイド服?」 「はい。見てください、これ」 憮然とした表情で見せられた情報端末にはメイド服を着た若い女性が映っていた。どうやらネット通販会社のサイトだった。 「こんなのメイドの着るものではありません! ちょっと屈んだだけで下着が見えてしまうではありませんか! こんな、こんな……」 ネイリは怒りに肩を震わせていた。 「ええ。だってこれコスプレ衣装でしょ?」 「なんですか、その『こすぷれ』と言うのは?」 モーナはそこで頭が痛くなってきた。なんで私がコスプレの説明をしなければならないんだ? 私は「そっち」の趣味じゃないぞ? なんで私に聞くの? と。 だが相手はイステラに帰化したアレルトメイア人で、しかもずっとリンデンマルス号の艦内暮らしだった。イステラの風俗・習俗を知らなくても無理はないだろう。 「そんなの理解できません! なんですか『メイドのふり』って。メイドの仕事は『神聖』なものです。『ふり』なんて許しがたい冒涜です」 益々興奮するネイリだった。 「それで、あなたはどうしたいの、リューメール准尉?」 モーナは内心頭を押さえつつ極めて平静を装い尋ねた。 「わたくしは『まともな』メイド服が欲しいんです。ちゃんと本職の着る……」 「いや、それは無理でしょう」 思わず言ってしまった。 「だってイステラには本職のメイドさんがいるとは思えないもの」 「じゃあ、わたくしはどうすればいいんですか!」 泣き出しそうなネイリだった。 「ごめんなさい、力になれなくて」 モーナはそう言って話を切り上げようと試みた。 だがそうはさせないネイリだった。 「だって少佐殿は新任の時この基地勤務だと伺いました。ですからこの町には詳しいと思いまして」 イヤイヤイヤイヤ、それはない。 嫌なことを思い出してしまった。それで落ち込んだモーナはネイリの力になる気になっていた。 「……それでどういうのがいいの?」 モーナの言葉にネイリの顔がぱっと明るくなった。 「襟はハイネックです。もちろん胸元はしっかり隠れてるので、透けててもダメです! それを聞いても突っ込まなかったモーナは自分を心の中で褒めた。よくぞ自制した、と。 「裾が床から15cmって随分細かいのね?」 「はい」 ネイリが胸を張った。 「私は第7391回、帝政アレルトメイア公国全国メイド総覧大会において、準中級の部で優勝しました! 最年少記録を更新したんです! 「はあ!?」 さすがにマヌケな声が出てしまった。 その後ネイリが滔々と語ったところによると、アレルトメイアのメイドはその技を競う大会があり、厳正公平な審査の結果で最下位は初級から最高位はメイド長級までの階級に分けられるという。 「そうなんです! メイド長級になると床を引きずるほどスカート丈を長くできるんです! 興奮するネイリに対しモーナは冷めた口調で言った。 「それはわかったけど、そんな、メイド長になれたとしても、床を引きずったら裾が汚れるじゃない」 モーナの言葉にネイリの声のトーンがいきなり下がった。 「少佐殿、メイドを侮辱なさるおつもりですか!」 ネイリがモーナに負けず劣らず目を吊り上げた。 「床は丹念に掃き清められ、磨き上げられます。それこそ舐めても何も問題ないくらいに! 「……」 もう本当に何も言う気になれなかった。 「ありがとうございました、少佐殿! ご無礼の断、平にご容赦下さい」 「どういたしまして」とモーナは力なく言い、ネイリは喜々として立ち去った。 モーナは再び決心した。 ―― あの二人にはやはり必要以上に関わるまい……。 その後エメネリアがネイリ共々他の研究室に「連行」された時は本当に胸を撫で下ろした。 ―― やっと平和が訪れた……。 だが現在のモーナは、再び自分の前途に暗雲が立ち込めたと感じていたのだった。 |