週が開け辞令が正式に発令された。これによってValkyries of Lindenmars隊が正式に発足し、軍の公報による告知がなされた。 さて辞令の発効を受けて部隊は直ちに部隊員の募集にかかった。すなわち全軍の女性兵士に対しメールで募集要項を送付したのである。 ただし例外もあって旧リンデンマルス号の元の女性乗組員全員に異動命令が出された。すなわち条件云々をすっ飛ばして全員が部隊への配属を有無を言わさず命じられたのである。 ところでレイナートは部隊の正式発足を受け、とりあえず部隊員の募集は部下に任せ、て第二方面司令部へ向かう連絡艦に乗り込んでいた。 連絡艦は中央総司令部と各方面司令部とを結ぶ、文字取りの定期便である。超高速度亜空間通信の発達によって何光年離れていてもリアルタイムで会話ができる。だが当人が実際に出向かなければならないという事柄はなくならない。 そうしてこの連絡艦に用いられているのは基本的に高速巡航艦が多い。 イステラの部隊編成は6隻の戦闘艦からなる通常艦隊が基本ユニットである。 そうして連絡艦にはこのストックの中から回されるということが多い。 ところでValkyries of Lindenmars隊に配属予定の現行艦はこの予備役艦が回されることになっている。つまり各方面司令部からストックを供出させるのである。 それはさておき、レイナートは過去に面識のあったセーリア・リディアン中佐に会いに行くことにした。 RX-175基地勤務で新任のくせに色々あって大尉となったレイナートは、建造中の大型要塞基地に物資を運ぶ輸送艦の艦長に異動となった。 そこでどうも積荷の数におかしなことがあることに気づいたレイナートは、補給基地とその要塞とを何度か往復する間に自分なりに調べてみた。そこで物資の横領、横流しの疑いを見つけたのだった。 そうしてレイナートの話を真面目に聞いてくれたシュピトゥルス提督は旧知の法務士官を通じて監察部に連絡。その監察部から派遣されたのが当時大尉だったセーリアである。 これによって少なくとも軍内部だけで高位の将校を含む現役の将兵8人、退役軍人3人、民間企業の社員2人、そうして政治家1人が関与していることが明らかになったのである。 だが軍はこの事実を公表しなかった。 それは舞台となったのが建造途中の要塞基地、しかもディステニアとの停戦合意で不必要になったにも関わらず、その建造を何かと理由をつけて政府に継続を承認させたものだったからである。 もしこれが公表されていればレイナートは少佐になって中央総司令部の記録部に異動になることはなかったろう。せいぜい勲章で終わった話であり、そうであれば今でもそのまま輸送艦の艦長であったかもしれない。 そういう点からすれば数奇な運命を辿ったと言えないこともないな、と思わないでもないレイナートである。 その様子を見てモーナは思った。 ―― もしかして、歳上が趣味なのかしら? あれ程の美人たちに囲まれながら、ちっともそれらしい気配を見せない。それはもしかしたら歳上が好みなのでは? そう思えてきたのだった。 ―― まあ、男はみんなマザコンだと言うし……。 などと世の男性諸氏が聞いたら怒り出しそうなことを考えていた。 ―― にしても、本当に来たくなかったわ。 今頃部隊の女性艦長たち ― いまだ名目上の ― の怒りに満ちているであろう顔を想像するだけでゲンナリした。 ―― こういう人は好みじゃないんだけど。 レイナートを横目で見ながら考える。 吊り目の三白眼でかなりきつい顔立ちに見えるモーナは、心許した相手には平気で結構きついことを言う癖があり、それもあってかなり性格もきついと思われることが多い。 レイナートが部隊の正式立ち上げ後すぐに出張に行く、と言ったところで女性たちは目の色を変えた。 「どれほど行ってらっしゃるんですか?」 「1週間ほどかな」 連絡艦には最新型の重力制御装置が搭載されているので、1度に300光年のワープが可能だった。故に第二方面司令部のある惑星までは片道3日で到着できた。よって1週間の予定で日程を組んだのである。 「えっ!? ということはその間閣下と二人きりで過ごせる? なんておいしい……」 ジュルルッ、と溢れたつばを飲み込み、舌なめずりする女性たち。三十路に入って恥じらうということが減っている。 「艦隊の参謀となるかもしれない人物に会いに行くということであれば、やはり同じく作戦立案を行っていた小官の出番。小官が彼女の立案能力を評価いたします」 と言ったのはコスタンティア。これ以上はないというほど真面目な表情である。 「いいえ。参謀は部隊運用を司る司令のアドバイザー。ならば艦の運用を知る小官の出番かと」 人形のように整った顔立ちと表される反面、表情に乏しいと言われることもあるクローデラが不敵な笑みを浮かべつつ言う。 「いえ、現下の状況においては対アレルトメイア戦術が重要でしょう。ならばアレルトメイアの戦術をよく知るわたくしがこそが適任」 とこれまたエメネリアが自信たっぷりに言う。 「いや、閣下は中将という高官。当然護衛が必要だ。ならば陸戦兵として小官が同行しない訳にはゆくまい」 とエレノアが腕を鳴らす。 「あら、参謀はこの部隊のことは何もご存じないでしょ? なら、部隊の全てに精通している私こそが適任でしょ? どんな質問にも答えられるわ」 とアリュスラも譲らない。 「え~と、ワタシは……、とにかく司令とはもうプライベートで食事もしてるんだからワタシが行くのが当然でしょう!」 と、自分の職務にこじつけられなかったアニエッタはそういう屁理屈を捏ねた。 「抜け駆けしたやつは引っ込んでろ!」 と言われて怒りに顔を赤くした。 「さあ、閣下。誰を連れて行きます?」 と迫られてレイナートがたじろぐ。 「副官のモーナを……」 それで一様にがっかりする女性たち。 ただモーナにすれば副官という職責から同行するのは已むを得ないと諦めてはいる。だがレイナートと二人きりで1週間過ごすということに少しも魅力を感じないから、誰かが替わってくれるならありがたいとさえ思っている。 レイナートは確かに上官としては有能だと思う。実戦に際しては特にそれを感じる。 ―― どうやって、時間を潰そう……。 これがレイナートに思いを寄せる女性たちなら、新婚旅行よろしくイチャイチャするというのもあるのかもしれない。 そうしてそれはつまり、男女のことに至る場合、面倒なプロテクト・スーツの脱ぎ着が必要ないし、その部分だけを広げてするという味気ない、あまりに即物的でムードもへったくれもないもので済ますということをしないで済むのである。 ―― でも、もしデキちゃったらどうするつもりなのかしら? そうは思わないではないが、所詮他人事。否、そこまで割り切れる話でないところが頭の痛いことだった。 そういうあれこれを経てモーナを伴い第二方面司令部へ向かう連絡艦に乗り込んだレイナートである。 通常、将官の方面司令部視察ともなればお出迎えには軍楽隊に防弾・対爆仕様の装甲車のような高級車を用意する。そうして多くは午前中に到着するように閣下を乗せた艦隊は時間調整する。 ところが連絡艦はその運行スケジュールの故に、早朝や深夜に宇宙港へ着床することもある。 したがってレイナートの来訪は第二方面司令部にとっては全くとんでもない迷惑な話だったのである。 定刻通りに着床した連絡艦からレイナートが降りてくる。全乗組員が整列してお見送りをするという仰々しさである。 ―― これは、失敗したかな……。 将官専用艦隊の使用申請を出すより、連絡艦を使った方が面倒がないのではと考えたのだが、どうやら裏目に出たようだった。 ―― まあ、今更しょうがない。皆には我慢してもらうしかないな。 なんとも図太いことを考えるレイナートである。 さて、宇宙港、特に軍港は基本的にはどこも似たような構造で違いはその規模くらいである。 イステラの戦闘艦は全長が500m前後、幅も100mを超えるのが普通である。これらが地上に降下、着床する場合、最低でも隣の艦とは500m以上は離すべきとされている。 したがって軍の宇宙港が作られるのは平坦で砂漠のように何もない、他に利用価値のない所ということが多い。 ということは艦が降りたところから入管手続きの行われるターミナル・ビルまでは移動のための交通機関を必要する。 レイナートもこれを利用するつもりでいたが、第二方面司令部で送迎用の車を用意してくれた。まさか「必要ない」と無碍に追い返すこともできないからそれを利用したのである。 そうして連絡艦で移動する者はその宇宙港において出管手続き、入管手続きを行う。 だがレイナートはこれも免除だった。まあ、中将ともいう高位の将官に入管窓口で自分で手続きをさせたらとんでもないことになるのが普通だからである。 さて、レイナートとモーナを乗せた車は第二方面司令部の本部棟に到着する。 基地の司令官室に通されたレイナートは司令に頭を下げる。 「突然やってきまして申し訳ありません」 「いやいや、急ぎの用件なのだろう? 構わんよ」 同じ中将でも司令の方が遥かに年上。それで鷹揚に言う。まあ格から言えば中央総司令部に所属する将官の方が上にはなるが。 「実はこちらの査閲部に所属する中佐に興味がありまして」 一応事前連絡は入れてあるが改めて言う。 「女性の査閲官ということだが、その彼女にどういう要件かな?」 「小官の部隊で参謀をしてもらおうかと……」 「ほう、彼女に……。これは随分と見込んだものだな」 とは言っても司令自身はそこまで基地に勤める者を知っている訳ではない。 「ええ、まあ。一応、試験はさせていただきたいと思いますが」 「まあ、当然だろうな。 「ええ。お陰で苦労が多くて困ってます」 それは半ば本音である。 「さもありなんと言ったところか。 第二方面司令部司令との短い会談はそれで終了したのだった。 そうしてレイナートはその2人に会いに移動する。 「査閲部長です」 と言った准将の階級章をつけた男は、ネズミを連想させる顔つきだった。 「セーリア・リディアン中佐、お呼びにより出頭いたしました」 「ご苦労様です。楽にして下さい」 レイナートはそう言って二人を腰掛けさせる。 「さて、中佐。私のことを覚えていますか?」 「ええ。よく覚えております」 セーリアはそう答える。 「それで、小官にどのようなご用件でしょうか?」 中央総司令部に新設された特務部隊の司令が会いたいと言って来ている、と聞かされたセーリアは首を捻った。「自分に一体何の用があるのだろうか?」と。 Valkyries of Lindenmars隊の隊員募集のメールは受け取っている。だが自分には関係ないものと半ば無視していた。部隊が求める人材とは分野が違うということもあったし、何やかやと理由をつけられて昇進は先送りされている上に転属願いも握りつぶされている。興味を持ったところでどうしようもない。そう諦めていたのである。 「実は貴官に、我が隊の主席参謀を引き受けてもらいたいと考えています」 レイナートの言葉にセーリアは唖然とした。 「主席参謀……ですか……?」 艦長経験もない、軍大学校とも無縁の自分である。ありえない話だった。 「閣下は彼女の経歴をご存じないのでしょうか?」 ネズミ男が口を挟んできた。 「よく知ってます。その上での話です」 レイナートの口調はぞんざいだった。 ―― この男が査閲部を牛耳って、好き勝手しているのか。 部下を正しく評し適切な人事を心掛けるのも上司の役目である。それからするとこのネズミ男、どうもその人事考課は公平ではないようだ。 「もちろん、と言っては何ですが、貴官を試験したいと考えてます。この話を受けるつもりがあるのであれば、こちらの出す課題に答えてもらいます」 「了解しました。ぜひ課題に挑戦したいと考えます」 上司の許可を取ることもなくセーリアは即答した。それを見ても2人の関係性は決して良好とは言えないことがわかる。 「副官、彼女に課題を」 「了解です」 モーナが頷き情報端末を取り出す。セーリアも膝の上においていた端末を手にして双方近づけた。そうして課題の転送を始める。 「 「かしこまりました。了解です」 「他に何か質問は?」 「いえ、ありません」 そこでネズミ男が口を開きかけるがレイナートはやはり無視する。 「結構です。では話は以上です。2人ともご苦労でした」 そう言ってレイナートは立ち上がった。 そうして翌日の現地時間一〇五〇にレイナートの滞在する一時滞在者用施設にセーリアは姿を表した。 ―― 最善は尽くした。これでダメなら諦めるしかない……。 一睡もせずに課題に対する回答をまとめ上げた。お陰で目は腫れぼったいし、少々頭もぼんやりはしている。 レイナートが課したもの、それは戦闘艦の行動作戦案の立案であった。 とある戦艦を含む通常艦隊が敵と遭遇、交戦に至った。 課題は言葉にすればそれだけのものだが、その通常艦隊及び敵艦隊のスペックに始まって周辺宙域の状況など、およそ千ページにも及ぶ詳細な設定が付随していたのである。 旧リンデンマルス号の放棄に至った戦闘は戦闘レポートにまとめられて既に公開されている。 それを模しているというのは設定を読んで直ぐにセーリアも理解した。だが細かい内容は微妙にアレンジされている。したがってその例をそのまま当てはめることは不可能であった。 ―― ちょっと意地が悪くはないかしら? そう思ったセーリアだが、相手はこちらの緻密さ、慎重さ、注意深さを見ようとしている、というのはすぐに気づいた。ならばそれに応える回答をしなければならない。 とは言いつつもよく考えられている課題だった。 ―― 本当に意地が悪いわ! ―― そう言えば、連邦宇宙大学をスキップで卒業した俊英がいたわね。 かつて軍のCMで見た美貌の鋭才。それがレイナートの指揮したリンデンマルス号にいたのは知っている。多分その彼女が考えたのだろう。自分は、挑まれている、というのがひしひしと感じられた。 ―― だからって、絶対に諦めるものですか! 査閲部はともかく法務部、監察部と望まない部署を歩まされてきたのである。そんな自分に艦隊勤務、しかも参謀などという願っても絶対に与えられないポジションが提示されたのである。どうして諦めることができようか! セーリアは己の持てる全てを以てその課題に挑戦したのだった。 ―― これでダメなら悔いはないわ。スッパリと諦められる。 そう思いながらレイナートが現れるのをじっと待っていたのだった。 |