遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第95話 スカウト


 週が開け辞令が正式に発令された。これによってValkyries of Lindenmars隊が正式に発足し、軍の公報による告知がなされた。
 だが面白くもない公報をまともに読む人間などたかが知れている。したがってイステラ初の女性だけによる艦隊、というのは直ぐには話題にはならなかった。
 ただしこれは下士官以下の兵士の間ではということであった。それは全軍の各部門長には総司長官からの通達があったのである。
 すなわち「新設部隊の編成には可能な限り協力するよう要請する」と。
 いずれにせよ発足当初は大きな話題になるにことはなかったのである。


 さて辞令の発効を受けて部隊は直ちに部隊員の募集にかかった。すなわち全軍の女性兵士に対しメールで募集要項を送付したのである。
 部隊は千名の新兵が配属されるということが既に決定されている。したがって残りの兵員は可能な限り有能なベテランが欲しい、というのは偽らざる本音であり、そのため募集要項はいささか条件が厳しかった。
 すなわち「宇宙勤務5年以上の有実績者で年齢は35歳未満、勤務評定はA-以上」というものだった。

 ただし例外もあって旧リンデンマルス号の元の女性乗組員全員に異動命令が出された。すなわち条件云々をすっ飛ばして全員が部隊への配属を有無を言わさず命じられたのである。
 これは当人にとっても、またその配属先にとっても迷惑な話だった。何せ転属して半年で異動ということになったからである。
 だが、全くが見ず知らずの部下ばかりであったら満足に指揮を執れるかどうか不安で仕方ない、という新艦長たちへの配慮、そうして部隊の円滑な運用に不可欠と判断されたからだった。
 これでもまだ2500名。あと5700名を6ヶ月で集めなければならない。否、それでは事前の訓練も何もできないから、とにかく早い部隊編成が望まれたので、隊員集めは最優先課題だった。


 ところでレイナートは部隊の正式発足を受け、とりあえず部隊員の募集は部下に任せ、て第二方面司令部へ向かう連絡艦に乗り込んでいた。

 連絡艦は中央総司令部と各方面司令部とを結ぶ、文字取りの定期便である。超高速度亜空間通信の発達によって何光年離れていてもリアルタイムで会話ができる。だが当人が実際に出向かなければならないという事柄はなくならない。
 また休暇や異動で動く場合、目的地方面へ行く部隊があれば便乗させてもらえるということもあるが、そういう都合のいいのはなかなかないものである。
 そこでこの定期連絡の便が設けられていて日に1便、毎日航行している。これで方面司令部間を移動し、そこから先はその方面司令部内の連絡便を使うという具合である。

 そうしてこの連絡艦に用いられているのは基本的に高速巡航艦が多い。

 イステラの部隊編成は6隻の戦闘艦からなる通常艦隊が基本ユニットである。
 これが出撃し敵と交戦、善戦むなしく敗退するということはある。また勝ったとしても全くの無傷での帰還と言うのはそうそうはない。となると基本部隊編成を満たせなくなる。そこで部隊の再編が図られる。ところがそうなると編成からあぶれる艦というのがどうしても出てくる。各方面司令部ではこれを仮の予備役艦としてストックしておき、新たな艦艇の補充を受けるとこの予備役艦と合わせて部隊を新編成するのである。

 そうして連絡艦にはこのストックの中から回されるということが多い。
 この連絡艦は脚の速さを求められる。したがって新型の重力場形成装置(ワープエンジン)が開発され実用化されると、この連絡艦は優先的に換装されという特典がある。
 なので連絡艦用の高速巡航艦はまさに高速である。
 そうして一定時期を経ると別の艦に交換され、その間はまた新型の重力場形成装置に換装されるのである。


 ところでValkyries of Lindenmars隊に配属予定の現行艦はこの予備役艦が回されることになっている。つまり各方面司令部からストックを供出させるのである。
 まさか現行の部隊から艦を引き抜く訳にはいかないし、新造艦の配備先は順序が決まっている。これを頭ごなしに飛ばすと大問題になる。
 ただし、いくらストックされている予備役艦とはいえ、ただ差し出せと言われると方面司令部の方では面白くない。そこで代わりに最新鋭艦を優先的に回すという取り決めが、中央総司令部統合作戦本部戦術部と方面司令部との間で交されていたのであった。


 それはさておき、レイナートは過去に面識のあったセーリア・リディアン中佐に会いに行くことにした。

 RX-175基地勤務で新任のくせに色々あって大尉となったレイナートは、建造中の大型要塞基地に物資を運ぶ輸送艦の艦長に異動となった。
 この基地はディステニアとの戦争末期に建造が開始されたが停戦とともに用無しになってしまった。だがその後も細々と建造が続けられていたものである。したがってその物資輸送など閑職以外の何物でもなく、要するに体のいい左遷だった。

 そこでどうも積荷の数におかしなことがあることに気づいたレイナートは、補給基地とその要塞とを何度か往復する間に自分なりに調べてみた。そこで物資の横領、横流しの疑いを見つけたのだった。
 だが誰に報告すればいいか皆目見当がつかなかった。
 補給基地側、要塞基地側の誰が黒幕で誰が関わっているのか、そこまで特定できなかったので下手に周囲に漏らすと逆効果となる可能性があったのである。
 それで士官学校に特別講義に現れた、当時准将だったシュピトゥルス提督に連絡を取ってみたのである。
 その特別講義においての質疑応答でたまたま顔を覚えてもらえていた、と当時のレイナートは思っていたからである。まあ実際にはシュピトゥルス提督はすっかり忘れていたのだが。

 そうしてレイナートの話を真面目に聞いてくれたシュピトゥルス提督は旧知の法務士官を通じて監察部に連絡。その監察部から派遣されたのが当時大尉だったセーリアである。
 セーリアは監察部の内部捜査官の身分を隠し、表向きはその補給部隊の交代要員として配属されたのである。
 そうしてレイナートにも本当の身分を隠したまま接触、内偵を進め、ある程度の証拠を掴み確信を得たところでレイナートに身分を明かし、レイナートの得た情報の提供を受け中央総司令部観察部に報告したのだった。

 これによって少なくとも軍内部だけで高位の将校を含む現役の将兵8人、退役軍人3人、民間企業の社員2人、そうして政治家1人が関与していることが明らかになったのである。

 だが軍はこの事実を公表しなかった。

 それは舞台となったのが建造途中の要塞基地、しかもディステニアとの停戦合意で不必要になったにも関わらず、その建造を何かと理由をつけて政府に継続を承認させたものだったからである。
 それで全てを内々に処理して終わりにしたのだった。

 もしこれが公表されていればレイナートは少佐になって中央総司令部の記録部に異動になることはなかったろう。せいぜい勲章で終わった話であり、そうであれば今でもそのまま輸送艦の艦長であったかもしれない。

 そういう点からすれば数奇な運命を辿ったと言えないこともないな、と思わないでもないレイナートである。
 だがこの際それはどうでもいい。
 問題はセーリアという人物である。彼女がこちらのメガネに叶う人物であるか否か。
 有能であってもその人物に難アリということであれば考え直さなければならない。そう言う意味では期待と不安と半々で連絡官の展望サロンに座っていたレイナートだった。


 その様子を見てモーナは思った。

―― もしかして、歳上が趣味なのかしら?

 あれ程の美人たちに囲まれながら、ちっともそれらしい気配を見せない。それはもしかしたら歳上が好みなのでは? そう思えてきたのだった。

―― まあ、男はみんなマザコンだと言うし……。

 などと世の男性諸氏が聞いたら怒り出しそうなことを考えていた。

―― にしても、本当に来たくなかったわ。

 今頃部隊の女性艦長たち ― いまだ名目上の ― の怒りに満ちているであろう顔を想像するだけでゲンナリした。

―― こういう人は好みじゃないんだけど。

 レイナートを横目で見ながら考える。

 吊り目の三白眼でかなりきつい顔立ちに見えるモーナは、心許した相手には平気で結構きついことを言う癖があり、それもあってかなり性格もきついと思われることが多い。
 だが自分ではそれほどとは思っていない。ただ優柔不断な男を見ると歯がゆくなる。
 モーナの好みは「俺について来い」的にグイグイと自分をリードしてくれるタイプであり、実は密かに「壁ドン」に憧れていたりもする。
 まあ、見た目に比べ意外と乙女なのだった。
 そういうモーナから見ればレイナートは有能な上司ではあるものの恋愛の対象外であった。


 レイナートが部隊の正式立ち上げ後すぐに出張に行く、と言ったところで女性たちは目の色を変えた。

「どれほど行ってらっしゃるんですか?」

「1週間ほどかな」

 連絡艦には最新型の重力制御装置が搭載されているので、1度に300光年のワープが可能だった。故に第二方面司令部のある惑星までは片道3日で到着できた。よって1週間の予定で日程を組んだのである。

「えっ!? ということはその間閣下と二人きりで過ごせる? なんておいしい……」

 ジュルルッ、と溢れたつばを飲み込み、舌なめずりする女性たち。三十路に入って恥じらうということが減っている。

「艦隊の参謀となるかもしれない人物に会いに行くということであれば、やはり同じく作戦立案を行っていた小官の出番。小官が彼女の立案能力を評価いたします」

 と言ったのはコスタンティア。これ以上はないというほど真面目な表情である。

「いいえ。参謀は部隊運用を司る司令のアドバイザー。ならば艦の運用を知る小官の出番かと」

 人形のように整った顔立ちと表される反面、表情に乏しいと言われることもあるクローデラが不敵な笑みを浮かべつつ言う。

「いえ、現下の状況においては対アレルトメイア戦術が重要でしょう。ならばアレルトメイアの戦術をよく知るわたくしがこそが適任」

 とこれまたエメネリアが自信たっぷりに言う。

「いや、閣下は中将という高官。当然護衛が必要だ。ならば陸戦兵として小官が同行しない訳にはゆくまい」

 とエレノアが腕を鳴らす。

「あら、参謀はこの部隊のことは何もご存じないでしょ? なら、部隊の全てに精通している私こそが適任でしょ? どんな質問にも答えられるわ」

 とアリュスラも譲らない。

「え~と、ワタシは……、とにかく司令とはもうプライベートで食事もしてるんだからワタシが行くのが当然でしょう!」

 と、自分の職務にこじつけられなかったアニエッタはそういう屁理屈を捏ねた。

「抜け駆けしたやつは引っ込んでろ!」

 と言われて怒りに顔を赤くした。

「さあ、閣下。誰を連れて行きます?」

 と迫られてレイナートがたじろぐ。
 だが遊びに行く訳ではないからレイナートは言う。

「副官のモーナを……」

 それで一様にがっかりする女性たち。
 だが上官が副官に命じて何処へか派遣するなら別行動もあり得るが、上官が出かけるのに副官がさしたる理由もなく留守番していることなどありえない。当然のことに全員が肩を落とす。それでもエレノアなどは「やはり護衛が……」と食い下がるが、予算の無駄使いはできないと言われて結局諦める。

 ただモーナにすれば副官という職責から同行するのは已むを得ないと諦めてはいる。だがレイナートと二人きりで1週間過ごすということに少しも魅力を感じないから、誰かが替わってくれるならありがたいとさえ思っている。


 レイナートは確かに上官としては有能だと思う。実戦に際しては特にそれを感じる。
 だが、それではと言って、レイナートとの普通に任務の会話をしてもあまり目新しいことがない。戦術作戦科を出ている自分の方が戦術や作戦に関しては知識が豊富で、逆にレイナートの一般科での知識は自分の職務に役立つことが少ないのである。
 なので退屈な1週間になりそうだ、と気が進まないのである。何故ならその艦に勤務しているならともかく、お客さんで乗っている身としては連絡艦の内部ではできることが限られているのである。

―― どうやって、時間を潰そう……。

 これがレイナートに思いを寄せる女性たちなら、新婚旅行よろしくイチャイチャするというのもあるのかもしれない。
 何せ地上勤務の者が連絡艦で移動する場合、プロテクト・スーツの着用は本人の自由意志に任されている。
 プロテクト・スーツはその目的・機能の故に本人の体型に合わせたセミ・オーダーメード品。つまり汎用品というのがない。なのでその着用義務のない地上勤務の者が着るにはわざわざ申請して支給される必要があるのである。普通はそこまで面倒なことはしないので、したがって移動者はプロテクト・スーツ無しで乗艦する。その代わりに宇宙服の着用頻度は上がるが。

 そうしてそれはつまり、男女のことに至る場合、面倒なプロテクト・スーツの脱ぎ着が必要ないし、その部分だけを広げてするという味気ない、あまりに即物的でムードもへったくれもないもので済ますということをしないで済むのである。
 彼女たちが目の色を変えたのにはそういう理由もあった。

―― でも、もしデキちゃったらどうするつもりなのかしら?

 そうは思わないではないが、所詮他人事。否、そこまで割り切れる話でないところが頭の痛いことだった。


 そういうあれこれを経てモーナを伴い第二方面司令部へ向かう連絡艦に乗り込んだレイナートである。
 だが頭の痛いのは訪ねてこられる第二方面司令部も同様である。
 中央総司令部から中将閣下がやってくる。その第1報に泡を食った。
 それはそうだろう。
 中将と言えば第2方面司令部の司令、すなわち最高責任者と同格の将官である。
 それが護衛艦をいくつも引き連れた将官の移動専用艦隊ではなく、ただの連絡艦に乗ってやってくるというのだからまず前例がない。
 乗り込まれた連絡艦の方も気を使うことは甚だしいだろうが、そんなことはどうでもいい。肝心なのは自分たちがどう対応するかである。

 通常、将官の方面司令部視察ともなればお出迎えには軍楽隊に防弾・対爆仕様の装甲車のような高級車を用意する。そうして多くは午前中に到着するように閣下を乗せた艦隊は時間調整する。

 ところが連絡艦はその運行スケジュールの故に、早朝や深夜に宇宙港へ着床することもある。
軍港は多くの場合、民間の都市とは離れたところに設けらており24時間、艦艇の離発着が可能なのである。
 今回はたまたま、そこまで「非常識」な時間ではないものの、現地時間で夕闇迫る頃合いの到着となる予定だった。
 だがまさか無駄に惑星上空を周回させ時間調整をする訳にはいかない。いくら中将が乗っているとはいえ、たった1人のためにそこまでは連絡艦のスケジュールを動かせない。そんなことをすれば他のスケジュールが大混乱してしまうのである。

 したがってレイナートの来訪は第二方面司令部にとっては全くとんでもない迷惑な話だったのである。


 定刻通りに着床した連絡艦からレイナートが降りてくる。全乗組員が整列してお見送りをするという仰々しさである。

―― これは、失敗したかな……。

 将官専用艦隊の使用申請を出すより、連絡艦を使った方が面倒がないのではと考えたのだが、どうやら裏目に出たようだった。

―― まあ、今更しょうがない。皆には我慢してもらうしかないな。

 なんとも図太いことを考えるレイナートである。

 さて、宇宙港、特に軍港は基本的にはどこも似たような構造で違いはその規模くらいである。
 例えば中央総司令部に隣接する宇宙港は、中央総司令部には実働戦闘部隊が存在しないということもあって非常に小規模で、その大きさは精々長さがおよそ13km、幅は8km程度しかない。
だが方面司令部の場合だとこれが比べ物にならないほど大きく、大体半径12kmから15kmという広大なものである。それはいわゆる師団規模の艦隊が複数駐留するためである。

 イステラの戦闘艦は全長が500m前後、幅も100mを超えるのが普通である。これらが地上に降下、着床する場合、最低でも隣の艦とは500m以上は離すべきとされている。
 それはもしも降下の途中でコントロールを失った場合、あまり艦同士の距離が近いと最悪衝突しかねない。なので実際には1kmは離して着床するのである。そうして2個師団の場合7千隻以上、3個師団なら1万隻以上の艦艇数に上る。これらが余裕を持って着床するのだから当然宇宙港は巨大にならざるをえない。

 したがって軍の宇宙港が作られるのは平坦で砂漠のように何もない、他に利用価値のない所ということが多い。
 ちなみに半径12kmでも宇宙港の面積は450平方kmを超える。15kmなら700平方km以上である。これだけの面積を専有するのだから当然だろう。

 ということは艦が降りたところから入管手続きの行われるターミナル・ビルまでは移動のための交通機関を必要する。
 通常は、その着床した台座 ― とは言っても艦体と接触はしていない。艦体に重みが加われば宇宙線取り込みの外装パネルは破損し、外壁の装甲も深刻な被害を被ってしまう ― 付近に地下へ降りるエレベータがあり、地下25mに設置されている超電導モータ駆動の地下鉄を利用する。
 空気抵抗を減らすための減圧チューブ内で最大時速千kmに達する ― 実際にはそこまで加速する前に減速することになる ― 超電導リニア地下鉄を利用すれば、それこそ15kmという距離も、ものの2~3分で到着する。

 レイナートもこれを利用するつもりでいたが、第二方面司令部で送迎用の車を用意してくれた。まさか「必要ない」と無碍に追い返すこともできないからそれを利用したのである。

 そうして連絡艦で移動する者はその宇宙港において出管手続き、入管手続きを行う。
 これは連絡艦を使っての逃亡や脱走を防止するという目的の故にであり、任務中、休暇中を問わず兵士の所在を把握するためである。

 だがレイナートはこれも免除だった。まあ、中将ともいう高位の将官に入管窓口で自分で手続きをさせたらとんでもないことになるのが普通だからである。


 さて、レイナートとモーナを乗せた車は第二方面司令部の本部棟に到着する。
 急な招からざる客のために時間外勤務を命じられた者たちの表情は微妙である。時間外手当というメリットと中央総司令部の高官の来訪というデメリットを秤にかけてのことである。

 基地の司令官室に通されたレイナートは司令に頭を下げる。

「突然やってきまして申し訳ありません」

「いやいや、急ぎの用件なのだろう? 構わんよ」

 同じ中将でも司令の方が遥かに年上。それで鷹揚に言う。まあ格から言えば中央総司令部に所属する将官の方が上にはなるが。
 ただレイナートは士官学校一般科卒。低く見られるのは当たり前である。
 すなわち「一般科卒の若造のくせに」と。

「実はこちらの査閲部に所属する中佐に興味がありまして」

 一応事前連絡は入れてあるが改めて言う。

「女性の査閲官ということだが、その彼女にどういう要件かな?」

「小官の部隊で参謀をしてもらおうかと……」

「ほう、彼女に……。これは随分と見込んだものだな」

 とは言っても司令自身はそこまで基地に勤める者を知っている訳ではない。

「ええ、まあ。一応、試験はさせていただきたいと思いますが」

「まあ、当然だろうな。
 にしても随分と例外の多い部隊のようだな、貴官の部隊は……」

「ええ。お陰で苦労が多くて困ってます」

 それは半ば本音である。

「さもありなんと言ったところか。
 まあいい。彼女は査閲部長ともども別室で待たせている。早速会うがいいだろう」

 第二方面司令部司令との短い会談はそれで終了したのだった。


 そうしてレイナートはその2人に会いに移動する。
 案内された小さな会議室で2人は待っていた。

「査閲部長です」

 と言った准将の階級章をつけた男は、ネズミを連想させる顔つきだった。
 一方のセーリアは初めて会った時に比べ幾分老けてはいるものの、変わらぬ固い雰囲気の女性だった。

「セーリア・リディアン中佐、お呼びにより出頭いたしました」

「ご苦労様です。楽にして下さい」

 レイナートはそう言って二人を腰掛けさせる。

「さて、中佐。私のことを覚えていますか?」

「ええ。よく覚えております」

 セーリアはそう答える。
 確かに初任官1年足らずで大尉、などという常識はずれの人間を忘れる方が難しい。

「それで、小官にどのようなご用件でしょうか?」

 中央総司令部に新設された特務部隊の司令が会いたいと言って来ている、と聞かされたセーリアは首を捻った。「自分に一体何の用があるのだろうか?」と。

 Valkyries of Lindenmars隊の隊員募集のメールは受け取っている。だが自分には関係ないものと半ば無視していた。部隊が求める人材とは分野が違うということもあったし、何やかやと理由をつけられて昇進は先送りされている上に転属願いも握りつぶされている。興味を持ったところでどうしようもない。そう諦めていたのである。

「実は貴官に、我が隊の主席参謀を引き受けてもらいたいと考えています」

 レイナートの言葉にセーリアは唖然とした。

「主席参謀……ですか……?」

 艦長経験もない、軍大学校とも無縁の自分である。ありえない話だった。

「閣下は彼女の経歴をご存じないのでしょうか?」

 ネズミ男が口を挟んできた。

「よく知ってます。その上での話です」

 レイナートの口調はぞんざいだった。

―― この男が査閲部を牛耳って、好き勝手しているのか。

 部下を正しく評し適切な人事を心掛けるのも上司の役目である。それからするとこのネズミ男、どうもその人事考課は公平ではないようだ。
 レイナートはセーリアに言う。

「もちろん、と言っては何ですが、貴官を試験したいと考えてます。この話を受けるつもりがあるのであれば、こちらの出す課題に答えてもらいます」

「了解しました。ぜひ課題に挑戦したいと考えます」

 上司の許可を取ることもなくセーリアは即答した。それを見ても2人の関係性は決して良好とは言えないことがわかる。
 口を挟もうとするネズミ男を無視してレイナートは言った。

「副官、彼女に課題を」

「了解です」

 モーナが頷き情報端末を取り出す。セーリアも膝の上においていた端末を手にして双方近づけた。そうして課題の転送を始める。
 それが終わったところでレイナートが言う。

D.S.T.(地域標準時)の明日一三〇〇(13時)の連絡艦で出航します。なので一一〇〇までに、申し訳ないですが我々の滞在先まで来て回答して下さい」

「かしこまりました。了解です」

「他に何か質問は?」

「いえ、ありません」

 そこでネズミ男が口を開きかけるがレイナートはやはり無視する。

「結構です。では話は以上です。2人ともご苦労でした」

 そう言ってレイナートは立ち上がった。
 やはり立ち上がってきりりと敬礼するセーリアと憮然とした表情で、それでも敬礼するネズミ男を残し、レイナートは会議室をあとにしたのだった。


 そうして翌日の現地時間一〇五〇にレイナートの滞在する一時滞在者用施設にセーリアは姿を表した。
 ロビーのソファに腰掛け緊張している。

―― 最善は尽くした。これでダメなら諦めるしかない……。

 一睡もせずに課題に対する回答をまとめ上げた。お陰で目は腫れぼったいし、少々頭もぼんやりはしている。
 だが人生に2度とあるかどうかわからないチャンスである。眠気などは感じなかった。

 レイナートが課したもの、それは戦闘艦の行動作戦案の立案であった。

 とある戦艦を含む通常艦隊が敵と遭遇、交戦に至った。
 その戦艦は被弾したものの致命傷ではない。だが高速移動する部隊に遅れ、孤立した。
 そこでその戦艦は付近に広がる星間物質の雲の中に逃げ込んだ。敵艦隊が追撃してきており、振り切れなかったのである。
 その雲の内部は、もちろん、通信機器、索敵機器等、電磁波を利用する設備が一切使えない。
 この条件下でのこの戦艦の次の行動案を検討せよ、というのがその課題であった。

 課題は言葉にすればそれだけのものだが、その通常艦隊及び敵艦隊のスペックに始まって周辺宙域の状況など、およそ千ページにも及ぶ詳細な設定が付随していたのである。
 したがって行動案を考えると言っても、その全てにまずは目を通し、完全に与えられた設定を把握しなければならない。

 旧リンデンマルス号の放棄に至った戦闘は戦闘レポートにまとめられて既に公開されている。 それを模しているというのは設定を読んで直ぐにセーリアも理解した。だが細かい内容は微妙にアレンジされている。したがってその例をそのまま当てはめることは不可能であった。

―― ちょっと意地が悪くはないかしら?

 そう思ったセーリアだが、相手はこちらの緻密さ、慎重さ、注意深さを見ようとしている、というのはすぐに気づいた。ならばそれに応える回答をしなければならない。

 とは言いつつもよく考えられている課題だった。
 とにかくこうしようと思うとあれが引っかかり、ではと思うと別のこれが引っかかる、というように一筋縄ではいかないものだったのである。したがって行動案を一度作成してみても、改めて見返してみると実現不可能、もしくは敵の餌食になりかねない、という難題だったのである。

―― 本当に意地が悪いわ!

―― そう言えば、連邦宇宙大学をスキップで卒業した俊英がいたわね。

 かつて軍のCMで見た美貌の鋭才。それがレイナートの指揮したリンデンマルス号にいたのは知っている。多分その彼女が考えたのだろう。自分は、挑まれている、というのがひしひしと感じられた。

―― だからって、絶対に諦めるものですか!

 査閲部はともかく法務部、監察部と望まない部署を歩まされてきたのである。そんな自分に艦隊勤務、しかも参謀などという願っても絶対に与えられないポジションが提示されたのである。どうして諦めることができようか!

 セーリアは己の持てる全てを以てその課題に挑戦したのだった。

―― これでダメなら悔いはないわ。スッパリと諦められる。

 そう思いながらレイナートが現れるのをじっと待っていたのだった。

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