遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第102話 決断


 とある駐留艦隊基地の司令官室。
 急に部下の大佐から面会を申し込まれた司令は、何事かと思いつつ会うことにした。

「それで用件は何かな、大佐?」

 司令を訪れた大佐は思い詰めた表情だった。
 そうしておもむろに口を開いた。

「お願いがあります、司令」

「お願い? 何だろうか? 随分と難しい顔をしているが、そんなに重大事かね?」

「はい、いいえ……」

 大佐が言い淀む。

「とにかくそのお願いとやらを聞かせてもらおうか。そうでなければ可否は判断しかねる」

 司令がそう言うと大佐は突然叫ぶように言った。

「お願いです、小官を降格して下さい!」

 司令はその必死の形相にもだが、言葉にも驚かされた。

「降格? 何でまた急に? 余程の失態でも犯したのかね?」

「いえ、違います」

 そう言って大佐は小脇に抱えていた情報端末を手に取ると、司令に突きつけるように画面見せた。

「お願いします。中佐だったら申し込めるんです! 一生に一度あるかないかのチャンスを掴めるかもしれないんです!」

 画面に表示されているのはVOL隊の新規募集の案内メールだった。
 そこにはこう記されており、司令も確認済の内容だった。

『Valkyries of Lindenmars隊。新規募集のお知らせ。
 募集人員及び職種は以下の通り。
 戦艦及び空母の艦長、各1名、計3名。階級は中佐に限る。
 巡航艦の艦長、計1名。階級は少佐に限る。
 突撃揚陸艦及び後方支援艦の艦長、各1名、計2名。階級は大尉もしくは少佐でも可。
 希望者は経歴書を添えてVOL隊司令レイナート・フォージュ中将まで申し込むこと』

「たとえ申し込んでも採用されるかどうかはわかりません。でも今のままでは応募すらできないんです!
 お願いします! 小官を降格して下さい!」

 この女性大佐は目に涙を浮かべつつ司令に訴えたのである。


 レイナートがシュピトゥルス大将に願い出たのは、コスタンティアを始めとする女性6名の艦長職解任だった。

「本気か、フォージュ中将? まだ部隊を立ち上げたばかり、というよりまだ編成段階ではないか?」

「ええ、わかってます。ですがこのままでは部下が仕事の煩雑さと量に潰されかねません。
 本来なら部隊編成をその部隊の構成艦の艦長にやらせること自体が無理ではないですか?」

「それはそうだが……」

「それでなくとも新兵を多く抱えた状態で最新鋭艦の運用実証試験まで行うんです。
 そのための行動計画案も事前に策定しなければなりません。ですが現状とてもそこまで行っていません。
 このままでは部隊編成が完了しても直ぐに行動には移れません」

 レイナートはそう訴えたのである。

「それもわかるが……、だが、解任した者はどうするのだ?」

「全員、参謀とします」

「おいおい、通常艦隊ですら、艦隊参謀は3名までとされているのは知らん訳ではあるまい?」

「ええ、知ってます。ですが部隊の特異性を鑑みれば参謀がそれくらいいても問題はないはずです。
 ただでさえ常識破りの部隊なんです。その陣容が過去の常識や規則から外れていても問題はないのではないですか?」

「言ってくれるな……」

「とにかく部隊編成は新しい艦長らに任せて、彼女らには部隊の行動計画案の策定に動いてもらわないと本当に身動きが取れません」

「そうは言うが、新しい艦長はどうするつもりだ?」

「公募します」

「おいおい……」

「新兵と旧リンデンマルス号の乗組員を除くと、全員を志願で集めるんです。艦長もそうであっても問題がないのでは?」

「本気で言ってるのか? そんなことをすれば軍は天地をひっくり返したような大騒ぎになるぞ!」

「それでもこの部隊を成功させるには必要なことなんです」

 レイナートは最後まで譲らない。
 深い溜息を吐きつつシュピトゥルス大将は言った。

「わかった。上に掛け合ってみよう。だが期待はしてくれるなよ」

「それは部隊が失敗しても構わないということですか?」

 もうシュピトゥルス大将としては呆れることしかできなかった。

「……全く、貴官のその押しの強さはどこから来るんだ?」

「別に無理難題を言っているつもりはありませんが?」

「どの口が言うか……」

「小官としては与えられた任務を確実に着実に遂行したい。それだけです」

「わかった、もう言うな」

 そうして押し切られたシュピトゥルス大将は、直ぐに関係する軍上層部を説得すべく奔走させられたのである。


 そうして1週間後にはレイナートの要望を許可する旨が通達された。
 それを受けてレイナートは直ちに部下の女性たちにその辞令を伝えたのである。

 だがそれは彼女たち、特に艦長を拝命していた女性らには少なくない衝撃を与えた。

「解任……ですか」

「納得できません!」

 口々に不満を漏らしたのだった。
 そこでレイナートは説明した。

「諸君らには個別の艦長としてではなく、参謀として部隊全体に目を配って欲しいとうのが真意です。
 とにかく前例のない部隊で、前例のない事をアレコレとしなければなりません。そのためには有能な参謀が複数必要なんです。
 確かにイステラ軍初の女性艦長として、何の実績も作れないまま解任されるのは不本意でしょう。ですが艦隊参謀ということで納得してはもらえませんか?」

 そこでレイナートは言葉を切り、沈痛な面持ちで言ったのである。

「正式な辞令の発令までには3日あります。どうしても不服な場合は、それまでに正式に異議を申し立てて下さい。
 正しい手順に従って記録します」

 だがそれは単なる職の解任だけではなく、部隊からの除名にもつながるということを意味するのは明らかだった。

 レイナートにコスタンティアが尋ねた。

「質問をよろしいでしょうか?」

「何なりと」

 レイナートが応ずる。

「この決定は、小官らの能力不足に由来すると解すべきなのでしょうか?」

 そこでレイナートはっきりと首を振った。

「いいえ、決してそうではありません!
 貴官らの能力を、たかが1隻の艦長職で使い潰すなどというもったいないことはせずに、艦隊参謀として大所高所から思う存分発揮してほしいということです」

「たかが、ですか?」

 コスタンティアが言う。それは暗に女性にはその「たかが」が果てしなく遠いものだという恨み言を含んでいた。
 それを理解した上でレイナートは言う。

「そうです。『たかが』です。男であっても艦長を経験することはできても、艦隊参謀を経験するということは、その難易度の高さは十分知っていると思います。
 そこに求められる能力は、艦長職の比ではないのですから」

 1隻の責任者と複数艦艇の運用にまつわる責任では、その重みは当然違う。
 セーリアがレイナートの申し出を一も二もなく受け入れたのはそういう理由もあった。

「まあ、こういう言い方は大変失礼なことかもしれませんが、イステラ軍初の戦闘艦艦長に貴官らの名が記され、イステラ軍が存在する限り未来永劫それは変わることはありません」

 それで我慢しろ、というのは酷なことだとは思う。だが部隊を成功させるのにこの人事は絶対に不可欠と信じて疑わないレイナートだった。

 そこでコスタンティアは頷いた。

「わかりました」

 そうしてその類まれな美貌に満面の笑みを浮かべた。

「コスタンティア・アトニエッリ大佐、謹んで拝命します」

 そうして次々と皆がその人事を受け入れたのだった。


 その様子を見てモーナは密かに胸を撫で下ろしていた。
 事前にレイナートからその話を聞かされていたモーナも、最初は「あまりにひどすぎる」と顔をしかめたものだった。

「そんな! 一旦持ち上げておいて叩き落とすなんて酷です!」

「だが貴官も現状のままではマズイと思うだろう?」

「それはそうですが……」

「このままでは部隊編成に翻弄されて、実際に部隊が動き始めようという段になって、何も準備できていないということになりかねない。それこそいい笑いものだよ。
 どころか実際に運用が始まっても所期の目的を達せられるかどうか……」

「……」

 モーナにもそれはわかる。
 レイナートの話から、この部隊は成功を願う人物、失敗を願う人物の両方がいて、それが今後のイステラ軍の中枢人事にも影響を与えかねない、というところにまで来ているということも理解していた。
 要するに自分たちはある意味でモルモットだが、軍の主導権争いに利用されるに至っているということだった。

「それはともかく、なんとしても部隊は成功させなければならない。それは名誉や恩賞といった俗な理由からじゃない。
 正しく部隊を編成させ、正しい行動計画案に則って運用しなければ、それこそ死人の山を築くことになる。それはなんとしても避けたい」

「わかりました。
 それで具体的に小官は何をすればよいでしょうか?」

 冷めた正確というか、冷静なモーナは切り替えも早い。

「新艦長募集の原案づくりだ」

「了解しました」

 そう返事はしたものの、これが公表された時の彼女らの落胆が目に浮かぶから、何とも複雑な気持ちだったのである。
 したがって、おそらくは不本意ではあるだろうけれど、最終的に彼女らがこの人事を受け入れると言ったことに安堵したのだった。


 そうして正式な辞令の発令を受け、新たな艦長募集のメールが対象となる人物に送付された。
 応募資格は「宇宙艦艇の船務部門もしくは戦術部門において勤務経験が5年以上ある大尉から中佐まで」というものだった。
 旧リンデンマルス号にあった作戦部という部署は通常の艦艇には存在しない。したがって宇宙艦艇の、特に戦闘艦の艦長は艦の航行運用を司る船務部か、あるいは直接戦闘部門である戦術部出身者がほとんどであるという、イステラ軍の現状を踏またものだった。

「これだけでいいんでしょうか?」

 その応募要項作成段階でモーナは疑念を口にした。

「これだけ、というのは?」

「ですから能力開発プログラムの受講履歴とか、そういうものを付随させなくてもよいのかということです」

 軍の能力開発プログラムというのは広範囲に及ぶ。そうして宇宙勤務に必要なものは26項目あるとされ、宇宙勤務を希望する兵士は少なくとも1年掛けて、この26項目の初級プログラムを受講しなければならない。
 ところが士官学校出は候補生時代に同じ項目の中級を履修する。したがって任官と同時に宇宙勤務が可能と看做されるのである。

 ところで、艦載機に限らず航空機のパイロットには航空機操縦資格を取る義務があったが、宇宙艦艇の艦長となるには特別な資格というものが実はなかった。だからといって無制限ではなく、宇宙勤務に必要とされる26項目の内、8項目について上級を、それ以外にも人心掌握を始めとする、管理職に必要な5項目のプログラムを受講していることが望ましいとされていた。
 ただしこれは必須とはされていなかった。というのはこれらの能力開発プログラムを受講するにはそれなりに時間を要する。日常の任務をこなしながらこれを行うのは階級が上がるほど難しくなる。それにこれを規則化し厳格に運用するとわずか1項目のために、その能力が十分にありながら艦長とできない、などということも起こりうる。そのためであった。
 ちなみにレイナートの場合、新任で配属となったのが中規模とはいえ辺境基地。すなわち勤務時間以外はすることがほとんどない上に、元々勉強する時間が欲しくて辺境基地勤務を希望したということもあり、かなりのプログラムを受講していた。
 ただしそのほとんどは中途のまま。その後手違いで大尉になり輸送部隊に転属となってしまった。そうして中型輸送艦の艦長となったが、戦闘艦艇ではないということでそれでも可とされたのだった。そうして航行中の輸送艦内で暇をもてあますこともなく、いそいそと半端になったプログラムやその他のものの受講に励んでいたのである。

―― 無料で学べるんだから、やらない手はないよな……。

 このことがあったからリンデンマルス号の艦長候補に挙げられたというのは紛れもない事実であり、そうでなければ今のレイナートはなかったと言える。

 そういう経緯があるのでレイナートとしては受講済みである必要はないのではと考えていた。

「それはいいんじゃないかな。まあ、あればあったで評価はし易いけどね。もしも受講済だけと限定したら、応募者が集まらないかもしれないし」

「それは……、ありえますね、残念ながら……」

 女性は艦長になれないという暗黙の不文律があることには誰もが気づいている。故に女性士官の中には初めから諦めてそういったプログラムを受けていない者も多いのでは、ということも考えられた。ただでさえ兵の募集に苦労してきたということがあるから、条件を厳しくしすぎると、艦長に関しても楽観はできないどころか絶望的になるとまで考えていたのである。

「ところで貴官はどうかな? もしも応募できる立場だったら応募するかい?」

 レイナートにそう聞かれたモーナは即答した。

「すると思います」

 モーナはレイナートの副官であるため応募を端から考えていなかった。だがもしもそうでなかったら、やはり申し込んだであろうということは疑う余地はない。

「確かに今までの軍では考えられないことですから、そこにチャレンジすることに躊躇う理由がありません」

「だろうね」

 レイナートも納得する。

「そういう意味からすると申し訳ないね。その機会を私が奪った形になるんだから……」

 重ねてそう言ったレイナートにモーナは首を振った。

「いいえ、何も問題ありません。小官は閣下の副官であることに誇りを持っておりますので」

 そう言われたレイナートは思わずうろたえた。

「そ、そうか。いや、ありがとう……」

 だがモーナは続けて言った。

「あっ、ですが勘違いはしないで下さい。
 それはあくまで上司として尊敬しているからで、他に深い理由はないですから」

 ツンとすました顔でそう言ったモーナだったが、なんだか色々と台無しにされた気分のレイナートである。


 ところで、そういう過程を経てメールが送られた訳だが、受け取った側の反応は様々だった。

「ねえ、今朝来ていたメール、見た?」

「メール? あぁ、VOL隊のね?」

 とある部署の中佐同士のそんな会話から始まった一幕。

「何て書いてあったの? また人員募集?」

「そうよ……って、中身見てないの?」

「だって、見ても仕方ないじゃない」

「何で?」

「だって、私には関係ない話だし……」

 確かに佐官の募集はごくわずか。しかも各艦の部長職を募るものだが、旧リンデンマルス号乗組員から就任が決まっているものが多いのでその欠員補充的意味合いが強く、本当に数名しか募集していなかった。しかも実戦経験が重視されているということもあって、長く地上勤務にいた者には応募を躊躇させるものだったのである。

「それが、今度のはそうでもないわよ」

「どういう意味?」

「だって今回の募集は艦長だもの?」

「艦長? 嘘、本当?」

「ええ」

「本当に本当? だって、あり得ないじゃない!」

「そうよね。だから私も応募しようかどうしようか悩んでるのよ」

「それって本当に公式のものなの?」

「一応はそうみたいだけど……」

「なんだか、怪しくない? もしかして詐欺メールとか」

「それはないとは思うんだけど……。ただ、内容が内容だけに、どうも信憑性がね……」

「そうよね、艦長だものね。女性を艦長に、しかも公募で集めるなんて聞いたことがないわ……。
 でも問い合わせくらいしてみようかしら?」

 そこへ新たな中佐が会話に加わった。

「あら、あなた達、まだ応募してないの?」

「あら、お早う。そういうアナタは申し込んだの?」

「もちろんよ」

「疑わなかったの?」

「疑うって何を?」

「詐欺とか、そういうの……」

「まさかある訳ないじゃない? だって発信元のサーバーはまさに中央総司令部だったもの」

「そっかあ、本物なんだ……」

「それで申込んだのね?」

「ええ。ついさっき返信を受け取ったわ」

「えっ、嘘!? 何て書いてあったの?」

「面接を行うから希望日時を知らせろって、面接実施予定日の載ったカレンダーが添付されてたわ」

「本当に!?」

「ええ」

 とまあ、こんな光景がイステラ連邦軍のあらゆる基地の至る所で見られたのである。
 そうして、そんな会話をしているところにその上司の大佐が現れた、というのもよく見られたのである。

「朝から賑やかね、何の話で盛り上がっているの?」

 大佐にそう問われた中佐たちの内、VOL隊の艦長募集に申込んだという中佐が自らの情報端末のメールを大佐に見せたのである。

「これです。この艦長募集に申込んだんです」

「艦長募集?」

 大佐は初耳だった。これはメールが、条件の該当する大尉から中佐までにしか送られていなかったから当然のことであるが、それを見せられた大佐の反応は、これまたマチマチだった。

「そう。スゴイじゃない! 頑張ってね」

 と素直に部下を励ましたのは、大佐になって数年が経ち、そろそろ将官の椅子が現実に見え始めた女性。悔しがるというのは表面的にはなかった。

―― もう今更だものね……。

 自分にそのチャンスがないというのは残念と思わないでもないが、夫や子供を残して1人単身赴任で宇宙艦隊勤務というのは、年齢的なこともあり、どう考えても無理であるからスッパリと諦められた。

 だがこれが大佐になってまだ1~2年、という女性は見せられた情報端末を手に固まっていた。

―― どうして、今になってこういう話が出てくるの! なぜ私にはこの話が来ないの!

「栄転だよ」と言われて、宇宙勤務から現職に転属した。確かに艦長相当職と同等かそれ以上の仕事を任されている。だがそれは決して艦長職そのものではない。

―― もしあの時この話があれば!

 そのショックの大きさは余人の計り知れないものだった。

 そうして大佐は悩み抜いた挙句、決心をする。

―― そうだ、降格を願い出てみよう!

 大佐になって2年程度なら、まだ日が浅いと言えるだろう。ならば降格を願い出ても受け入れてもらえるかもしれない。
 これが昇格ならケンモホロロで門前払いだろうが、こちらは降格である。可能性はあるはずだ。

 そう考えて己の所属する部署の最高責任者に降格を願い出るに至るのだった。


 ところで、艦長の募集を行った当のVOL隊は自分たちが軍にどのような影響を及ぼしたかについて、全く気にも留めていなかった。
 だがこの件に関して、軍の首脳が一堂に会したのだった。


 イステラ連邦宇宙軍中央総司令部総司令長官室。舞台は制服組トップの執務室だった。
 出席者は軍総司令長官、統合作戦本部最高幕僚部長、同作戦部長、同戦術部長、中央総司令部人事部長、同経理部長、さらに超高速度亜空間通信システムによって各管区方面司令、すなわち方面司令部司令長官もモニタ越しに参加していた。

 冒頭、口火を切ったのは最高幕僚部長である。

「だから女性だけの部隊など反対だったのだ! 見てみろ! 全軍の佐官級に動揺が走ったではないか!」

 憤怒の形相で最高幕僚部長が声を荒げた。
 それを裏付けるかのように人事部長が発言する。

「現在までのところ、降格を願い出た女性大佐の数は724名。その全員がもちろん却下されております。
 ちなみにその内およそ1/3が体調不良などを理由に休みを取っております。一応、軍医の診断書を添えているようですから仮病ではないものと思われます」

「これだから女は……」

 最高幕僚部長が憮然と呟く。

「それは結構な数ですな」

 作戦部長がまるで他人事のように言う。

「ええ。まだ業務に支障の出始めている部門はないようですが、病欠が長引けばいずれ問題となるでしょう」

 人事部長は冷ややかに言う。

「それで? その女性大佐たちに何か共通点でも?」

 作戦部長の問に人事部長が答える。

「ええ、はっきりと存在します。
 全員が士官学校戦術作戦科を終了していること。
 そうして全員が第466期組から第469期組のいずれかに含まれます。要するにこの4期の戦術作戦科出身の女性大佐のほぼ全員が申し出たということです」

「ということは?」

 作戦部長の重ねての問に人事部長は淀みなく答える。

「全員が大佐になって3年以内、ということです」

「これは女性たちの間に艦長志望が根強い、ということですかな?」

 戦術部長もそう言うが、まるで他人事のような口調である。

「さあ、そこまでは。それを分析するのまでは小官の責任範疇外ですから」

 人事部長は素っ気なくそう答える。

「そんなことはどうでもいい! それよりも事態をどう収集させるかだ。
 そんな奴らのご機嫌をとる必要などない。体調不良ならそれでも構わん。いっその事、退役させてしまえ!」

 と極論を吐く最高幕僚部長である。

「それは無理な話ですね。
 それだけの数が一斉に退役したら退職金やら何やら、予定外の高額出費が発生します。最高評議会で特別予算を編成してもらわない限り、今期通常予算の枠内では追いつきません」

 今度は経理部長が淡々と言い、人事部長も続けた。

「それだけの数の大佐を一度に退役させたら、それこそ軍組織がガタガタになっていしまうでしょう。人事配置の面からも絶対に避けるべき事態ですね」

「そういうことを言ってるのではない!
 確かに女性だけの部隊の創設には一応は賛成した。
 予定されていた艦長を解任し、新規公募することも了承した。
 しかし、だ。このような事態を容認はせんぞ? 誰が責任を取るのだ!」

 最高幕僚部長の鼻息は荒い。
 実際のところ、最高幕僚部においても降格を願い出た大佐が複数存在した。彼女らは一応戦術研究室勤務となっていたが、それは二桁番号の老害防止用研究室にであり、栄転とは名ばかりで艦長職から遠ざけるための事実上の左遷のようなものだったのである。
 当然そこに甘んじることのできない女性らはVOL隊に応募したのである。
 この、いわば、足元をすくわれた形の最高幕僚部長は、その故にも怒り心頭だったのである。

「最高幕僚部長は責任と仰るが、こんなのは想定外でしょう? 想定外と言えば、女性士官たちはそこまで現在の軍のシステムに不信感を持っていたのか。そのことの方が重大な問題だと小官は考えますが?」

 戦術部長はそう言うとさらに最高幕僚部長は声を荒げた。

「何が問題だ! 貴様は女が最前線で敵と戦うのがいいと言うのか!?
 女は銃後の守りに徹しておればいいのだ!
 とにかくそのVOL隊とやらを直ぐに解隊しろ! 女を実戦部隊に配備する実験など不要だ。計画そのものを白紙撤回しろ!」

 この場にフェミニストでもいれば大荒れになりそうな発言である。だが発言の冒頭部分に関して言えばこの場に居合わせる全員 ― もちろん皆男性である ― も首肯できる。女子供に戦争をさせたいなどと考える輩は存在しなかったのである。
 だが後半部分について言えば「今になってそれを言うのか」と呆れ顔になり、結局発言全体が否定的に取られてしまった。

「一言よろしいでしょうか?」

 そう言ったのは第七管区方面司令である。モニタ越しに発言を求めてきた。

『我が第七方面司令部では、毎日部隊が出撃し戦闘を行ってます』

「そんなことは知ってる! だから何だと言うんだ!」

 最高幕僚部長は第七方面司令にも噛み付く。
 だが第七方面司令は、額に青筋を立てながらも、極めて冷静を保ちながら続けた。

『出撃した部隊が無傷で還ってくることなどありません。そうなれば当然生き残った部隊の再編をしなければならない。
 ですが、「女を前線部隊指揮官にしてはならない」という愚かな規則の故に我々は困り果てているんです』

「何だと! 何が愚かだと言うんだ!」

『ですから女性指揮官を認めないということですよ。お陰で部隊再編の時に、できの悪い、使えない男を指揮官にしなければならないんです。これでは部隊を犬死させるだけです』

「それは自分で何とかしろ! それが方面司令の役割だろうが!」

『ええ。ですからお願いしてるんです。他の管区方面司令部から人材を回して下さい』

それを聞いて真っ先に異を唱えたのは第四方面司令である。

『無茶を言わないで下さい! うちからはもう三個師団も回してるんです。お陰で手一杯でどうにもならないっていうのにまだ部隊を回せと言うんですか!?』

 第四管区はイステラ連邦が支配する棒渦巻銀河の腕の最先端部分を担当する。この区域は連邦最大の広さを持ち、敵が銀河の外から回り込んで攻めてくることも想定しているため、その重要度は高いとされている。
 したがって多くの基地が存在し、そこに艦隊が分散して駐留している。そこから部隊を抽出したためにその広い担当区域を網羅することが難しなってきていたのである。

 だがそれは第二、第三、第五も同じである。第一管区をぐるりと取り囲むこの三つの管区方面司令部は、やはり銀河の外からの外敵侵入に備えるのが役目である。
 したがってこれらの司令たちは第四方面司令に同感だとばかりに頷いている。

『ウチから少しでも回せればいいのだが』

 そう、沈痛な面持ちで言ったのは第一方面司令である。
 この人物は最高幕僚部長の士官学校時代の後輩であり、最高幕僚部長が総司令長官になった暁には次の最高幕僚部長であろうと考えられている、いわば最高幕僚部長派の最右翼の人物であるが、今はそういうことを越えた発言をした。

『だが承知の通り、政府がそれを許可しない。申し訳ないと頭を下げることしかできん』

 アレルトメイアと交戦に至った後、各管区方面司令部からの増援部隊が第七管区に派遣された。だがこの時、第一方面司令部からの増援派遣に関しては政府が許可しなかった。

「もし敵がこのトニエスティエに攻めてきたらどうするつもりだ!」

 そうならないために増援を派遣するということが政府にはどうしても理解できないらしい。
 まるでヒステリーでも起こしたかのように頑なに増援を許可しなかった。したがって最精鋭部隊が手付かずで遊んでいる、という状況が発生していたのである。

『とにかく使える人間を寄越していただきたい。最高幕僚部長殿は打ち出の小槌をお持ちかもしれないが、あいにく小官にはそういう便利なものの持ち合わせがありません。
 とにかく……』

 第七方面司令がそう言うのを最高幕僚部長が遮った。

「だからそれは自分で……」

『我々が実際に戦争をしてるんだ! 後方でふんぞり返っている……』

 第七方面司令の怒りが爆発した。だがさすがにそれは暴言と取られても仕方がない発言だけに途中で遮られた。

「第七方面司令は少し控えるべきだな。
 だが確かにその言ももっともではある。違うかな、諸君?」

 総司令長官がこの時初めて口を開いた。

「仰る通りですね」

 戦術部長がそれを受けて言う。

「この先、戦況が好転し速やかな終戦に至るとはとても思えません。
 我が国に亡命帰化したアレルトメイア士官の言によれば、現皇帝は人の言葉に耳を貸すことの少ない頑固者だそうです。となればとことん我が国と戦うつもりでいるでしょう。
 そうなるとこちらも徴兵制度を復活させなければなりませんし、人口動態から女性の実戦配備も時間の問題でしょう」

 そこで最高幕僚部長が再び言う。

「だが、ディステニアの時はそうはならなかったではないか! 今度も……」

 そこで呆れたといった表情で人事部長が言った。

「最高幕僚部長は一体いつの話をされているのでしょうな。
 あれから30余年。装備の進化は想像以上でしょう。艦艇の運動性能の向上、索敵距離の拡大、艦砲の威力の増大。あんな『大昔』とは比べ物にはならないのは門外漢の小官にもわかることです。
 そうではありませんか、戦術部長? 全艦艇を管理している戦術部なら当然ご承知ではないですか?」

 戦術部長はさも当然とのごとく頷く。

「仰る通りです。
 だからこそ軍は常に優秀な人材確保に努めてきた。
 そうですよね、人事部長?」

「その通りです」

 人事部長が頷く。派閥という点では中立を保っている人事部長だが、この場では理のある方に与していると言えた。

 イステラにおいて一時期、ハイ・スクールの成績不良者や軽犯罪者の更生という意味を兼ねて兵役に就かせたことがあった。これは兵員数の確保という目的の上で行われたのだが、結果は質の悪い兵隊が大量に増えただけ、という惨憺たる状況に終わった。
 それ以降、軍は常に「優秀な」人材を求めてきた。
 かつてコスタンティアの広報部への配属もそれが表面上の理由であり、上層部は彼女ほどとまでは言わなくても、使える人材を多く集めたいと考えていたのである。
 だが現場にはそれを理解する者がおらず、己の面子にだけこだわり結局彼女を手放す結果となったのである。

「ならばもう議論の余地はないでしょう? 違いますか?」

 戦術部長が全員を見回した。

 すると第一管区方面司令が体の底から絞り出すような声で言った。

『仕方がないでしょう。前線への女性新兵や女性指揮官の配置は遅かれ早かれ必要になることだと思います。ならばまだ時間に余裕のある今のうちに検証すべきはしておくという、VOL隊本来の目的を優先させるべきだと小官は考えます』

「貴様、裏切るのか!?」

 最高幕僚部長が怒気も露わに第一方面司令を責める。だが第一方面司令は怯むことなく続けた。

『閣下、これは時代の要請なのです。誰にも逆らえません』

「わしは認めんぞ! 断固として反対だ!」

 だが、誰も最高幕僚部長の発言に首肯する者はいなかった。


 そうして総司令長官が重々しく述べたのである。

「最高幕僚部長の意見は正式に記録される。
 それを踏また上で、前線への女性指揮官の配属を認める、ということでよろしいか?」

 1名を除いて全員が深々と頷いた。

 それはイステラ軍の歴史始まって以来の決断がなされた瞬間だった。

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