部隊の正式発足から1ヶ月が経って、Valkyries of Lindenmars隊もレイナート以下の初期メンバーだけでなく、異動してきた兵士が増えてきた。 そこには旧リンデンマルス号の乗組員たちも含まれていたし、隊員募集に早々と申し込み、引き継ぎを終了させてやって来た下級兵士たちもいる。その数併せておよそ50名。今のところは全員が基地の一時滞在者用官舎に仮住まいだった。 だがそんな矢先アリュスラがレイナートのオフィスに姿を表した。 「司令、困ったことが……」 アリュスラは後方部門全般の参謀 ― 実際には実務面に忙殺されていたが ― として、辣腕を奮っていたのである。 「何でしょう?」 困ったことと言われてレイナートの穏やかな表情がいささか曇った。 「実は、艦の引き渡しが遅れるという連絡がありまして……」 アリュスラが、いかにも困ったという顔で報告したのである。 VOL隊に配属となる艦は旗艦となる最新鋭次期主力戦艦を除くと、全て各方面司令部でストックしている準予備役艦である。 そうして同じ惑星トニエスティエ上空のアレンデル級戦艦が一番最初に引き渡されるはずだったが、作業の遅れ故に配備の予定が2週間遅れる、という連絡が入ったのだった。 「2週間も?」 レイナートは目を見開いた。 「そうなんです。5日後には新兵たちの異動が始まります。その寝床がなくなってしまいました」 アリュスラが言った。 新規徴兵 ― 形の上では一応志願兵 ― が訓練を終えて配属開始となるのだが、予定ではその第一段33名が5日後に到着の予定だった。 ところで中央総司令部は付属の宇宙港と基地と併せて、およそ6百人ほどの一時滞在者用宿泊施設を擁する。 「どうしましょうか?」 アリュスラが困惑顔で聞く。 「どうしましょうかって言われても……」 レイナートも困り顔になった。 「副官、直ちにシュピトゥルス大将閣下にアポイントを取ってくれ」 そう言うのが精一杯だった。 そうしてやってきたレイナートの用件を聞いてシュピトゥルス大将も困った顔をした。 「まったく、貴官は……、と言いたいところだが、これは貴官の責任でもないな」 配備される艦の遅れまで自分のせいにされては堪らないレイナートである。 「それで、どうするつもりなんだ?」 「それなんですが、緑地化されている次期建設予定地に野営テントを張らせてもらえないかと……」 「野営テントをか?」 「はい」 野営テントは主に陸戦兵が野営するためのものであり、何時の時代になってもこういう装備はなくならないでいた。 「それでどこにだ?」 「部隊のオフィスに一番近いのは3号緑地なので……」 「おい、3号緑地といったらこの本部棟のすぐ脇ではないか! そんなところで野営なんかさせられるか!」 本部棟は中央総司令部の中枢部門、作戦部、戦術部、最高幕僚部の入っている建物である。当然ながら基地内でも最もセキュリティランクの高い建物であり、そのすぐ脇に多数の兵士が起居するのはセキュリティ上宜しくないのは一目瞭然だった。 「ですが、そうしますと5号緑地になるんですが……」 「何か問題でも?」 「オフィスから遠すぎます」 5号緑地は宇宙港からの連絡道路のゲート脇、VOL隊の本部からは基地のほとんど反対側になる。歩けばゆうに20分近くかかるだろう。 「どうせ艦が配備されれば宇宙港に停泊し、そこで寝起きするんだろう? 問題がないではないか?」 「ですが艦内なら装備や設備に慣れるという意味で新人研修を併せて行うことも可能です。野営テントではそういう訳にもいきませんが、それでも本部付近に起居した方が面倒がありません」 「そうか……。まあ確かにそうではあるな」 「そうなんです。オフィスから遠いとスタッフの移動が大変です。 「これ以上無理は言わんでくれ」 シュピトゥルス大将は勘弁してくれと言わんばかりである。 「とにかく施設管理に相談してみるしかないか……」 空いている、ように見える、緑地も施設管理全般を司る管理部の管轄下にある。野営テントを張るにしてもそこの許可が必要である。 「……そうだ、VOL隊なんだが、予定していた艦の到着が遅れてな。到着するまでの間、配属されてくる兵の宿泊場所が必要になったのだ……。 管理部との通話を終えたシュピトゥルス大将が満面に笑みを浮かべてレイナートに言った。 「おい、喜べ」 「はい?」 「駐車場が使えるぞ」 「駐車場、ですか?」 「そうだ。オフィスの前に通勤車用の駐車場があるだろう?」 「はい」 「近々そこの舗装をし直すらしい。そこを使っていい、という話だ」 「それは本当ですか?」 「ああ。舗装し直すので地面に杭を打っても構わんそうだ」 野営テントは風に飛ばされないように杭を打ってロープで固定する必要がある。それでレイナートは緑地と考えていたのだが、駐車場であれば雨の日などは地面がぬかる心配もないからありがたい話だった。 「それでは早速テントの手配をしないと……」 レイナートがそう言ったところで、シュピトゥルス大将は驚いたように目を開いた。 「野営テントの手配をしておらんのか?」 「はい。まずは場所の確保を、と思いまして」 確かにテントを手配しておいて場所の確保ができなかったら全て無駄になる。順序としては当然のことだろうと考えていたレイナートである。 「どこから借りるつもりだ?」 シュピトゥルス大将の問にレイナートは言う。 「装備部ですが?」 「おい、まさか……、知らんのか?」 シュピトゥルス大将の懸念が本当のことになった。 「何をでしょうか?」 シュピトゥルス大将の表情に不安を覚え始めたレイナートである。 「まあ、ずっと 「どういうことでしょう?」 益々不安になる。 「装備部は確かに装備を管理する部門だが、野営テントの在庫なんぞ持ってないはずだぞ」 「えっ? そうなんですか?」 「ウチの戦術部を考えてみろ。確かに軍の全艦艇はウチの資産ということで税法上は登録されているし、その所在、運用実態は把握している。だが一部の儀典艦や連絡艦を除くと1隻も手元にはないぞ?」 「あっ! ということは……」 「装備部も同じだ。装備局では強化外装甲や宇宙服、野営テントなんかも扱うが、在庫を持っていてそこから発送する訳ではない。メーカーへの発注はしても、納入先は各部隊を管理する司令部で中央総司令部の装備部ではないぞ?」 「ということは……?」 「中央総司令部に野営テントを所持している部署なんぞあったかな?」 そう言ってシュピトゥルス大将は上を向く。しばし天井を眺めながら考えていたがレイナートの方を向くと首を振った。 「いや、絶対とは言い切れんが、中央総司令部にはないはずだ」 「となるとどうすれば……」 レイナートは途方に暮れた。 「手っ取り早いのは、第一方面司令部の陸戦部隊の装備を借りることだな」 「現役部隊のをですか? 貸してくれるでしょうか?」 「まあ、今のところ第一方面司令部に所属する部隊の出撃予定はないから、近々使用する予定もないだろう、とは言えるが……」 「……」 「まあ、交渉してみるといい。何のための三ツ星だ?」 そう言ってシュピトゥルス大将はニヤリと笑ったのである。 オフィスに戻ったレイナートはモーナを通して第一方面司令部に連絡させた。とは言っても第一方面司令部のあるカリエンセス・シティーとの時差は3時間。まだ正規始業前の時間である。 「ヤレヤレ、一安心だな……」 レイナートが安堵の溜息を漏らす。 野営テントは3日後に到着予定となった。 同じ惑星上を宇宙用の輸送艦で運ぶというのはないことではない。特に惑星の反対側へ大量の物資を短時間で運ぶなら一択である。 ところが中央総司令部のあるイステラ・シティーと第一方面司令部のあるカリエンセス・シティーだと輸送艦を使うには「近すぎる」し、第一、運ぶ物もそこまで大量ではないのである。 航空機は翼にエンジンを持つ昔ながらの構造である。 その代わりに長距離を結ぶ交通システムは、地下に埋設された減圧チューブ内を走る超電導モータによるリニア地下鉄が一般的である。 トニエスティエは地殻変動が緩やかなため地震が起こりにくい。だが大型低気圧などによる暴風雨は発生しており、その被害は時に深刻である。 ただし軍事施設の場合、セキュリティ上の問題から直接施設内への乗り入れが制限されている。例えば軍港と基地とを結ぶ専用線なら問題はないが、民間用の宇宙港から軍港へとか、民間のターミナルから基地へというのは認められていないのである。 そうして同一惑星上にある中央総司令部と第一方面司令部の間には軍専用の地下鉄線は敷かれていない。 いずれにせよ、鳴り物入りで大々的に隊員募集をしたにも関わらず、やって来たら宿舎もない、では隊員の士気は超低空飛行になるだろう。どころか直ぐに転属願いを出されてしまうかもしれない。そんな事態になったら笑い者にされるだけでは済すまなくなるだろう。 「本当にギリギリでした。申し訳ありません、小官のミスでした……」 モーナも言う。 アリュスラから隊員宿舎の件を言われた時、自分が率先してその解決を図るべきだった。それが結局レイナートの手を煩わせたのだから面目次第もなかった。 「まあ、気にすることはないよ。お互い野営テントの在庫が中央総司令部にないなんて知らなかったんだから」 「ですが……」 それでもまだ責任を感じているモーナにレイナートは言った。 「過ぎたことを悔やむな、と言うだろう? とにかく間に合ったんだからそれでいい」 「了解しました」 「それにしても、ビスカット大佐がねえ……」 と感慨深げにレイナートが言う。 かつてリンデンマルス号の戦術部長にまでなったナーキアスは、艦内のレイナートをめぐる恋の鞘当てに胃潰瘍になり地上勤務となった。その後古巣の陸戦部隊に戻り、現在は大佐となって第一方面司令部で重装機動歩兵の教導隊に勤務していた。 「装備の貸出だけでなく、テント張りまでして下さるのは助かりますね」 モーナがそう言うとレイナートも頷いた。 「まったくだ」 戦争の形態が同一惑星上の国家間から、星間戦争と様変わりしても歩兵の必要性は変わらなかった。 突撃揚陸艦は宇宙艦艇としてはかなり自由に惑星大気園内でも動ける艦だが万能ではない。 ただし実際の問題として、歩兵を敵地、特に惑星制圧に投入するというのは現在ではまったく現実味がない。 今回VOL隊が借用するのは、宿泊用、給食用、医療用、それと厚生用である。もちろんオフィスとなっている消防機庫にもシャワーもトイレもある。だがとてもその数は足りないし、部隊員全員が女性ということもあるからである。 駐車場の方はその使用許可を取っている者からは一切の反対や苦情は出なかった。 ところがいざ蓋を開けてみたら、やって来たのは陸戦兵とテント資材だけではなかった。VOL隊に配属の決まっている新兵を伴ってきたのである。 「お久しぶりです、提督」 すっかり生え際の後退したナーキアスは笑顔でそう言った。 「貴官も健康そうで何より……」 レイナートが言うとナーキアスは苦笑した。 「今と比べてリンデンマルス号では色々ありましたから……」 そう言ってレイナートの背後のコスタンティアらを一瞥する。それに笑顔で応えるコスタンティアやクローデラ。当人たちは全然わかってないがモーナは心の中で同情していた。 ―― あ~あ、すっかり禿げ上がっちゃって……。 モーナの見るところ、かつてのリンデンマルス号の 「それにしても新兵を連れてくるという話は聞いてなかったが……」 「どうせあとで運ぶんだから一緒に運んでしまえということのようで……」 ナーキアスが再び苦笑した。 野営テントとそれに付随する資材を載せた輸送機に、本来であれば翌日移動予定の新兵らが同乗させられた。それは第一方面司令部が移送コストを惜しんだから、ということに他ならない。 VOL隊に配属となる新兵の数は千名。だがその全員が同じ所で訓練を受けた訳ではない。 今回、VOL隊に配属となるのは確かに1千名だが、実は5千名が集められていた。アレルトメイアと開戦後、皆無となった志願兵を集める目的で、表立っては言えないような方法も採りつつ、言葉巧みに集められたのである。 まず2週間の初期訓練は男性と一緒だが、3ヶ月の基礎訓練終了時に2千2百から1千5百まで絞られたのである。選ばれなかった7百名は男性と同じく既に部隊配属されている。 さてこの33名、過酷な訓練を通過したことで、やはり全員が一等兵である。 第一方面司令部基地付属の宇宙港の出管ロビー脇に集合させられたその新兵33名、真新しい軍服に身を包み、一糸乱れぬ「休め」の姿勢で整列している。 宇宙港を利用する他の兵士らは「おっ、新兵か」と思いつつ興味深げに見ながら通り過ぎていく。 新兵を率いる軍曹が説明する。 「急な休暇返上で文句もあるかもしれんが、軍においてはそれも普通のことだと覚えておけ。敵はこちらの休暇中には攻めてこないというほど優しくはない」 ジョークにもならないことを言われて笑いすら起きない。 「さて、貴様らはこれから輸送機に乗って中央総司令部へと向かう。 「Valikyries of Lindenmars本部であります!」 指された新兵が背筋を伸ばして大声で答える。 「そうだ! 貴様らは新設部隊に配属となる。部隊章持ちの特務部隊だぞ? 新兵にとって最高の栄誉だと思え!」 「 全員が声を揃えて返する。 「さて貴様らにここでプレゼントだ。名前を呼ばれた者から前に進み受け取れ」 そうして1人1人大声で名が呼ばれ、名を呼ばれた者は言われた通りに前へ進み包を受け取る。中は見えないがどうやら衣服の類のような手触りだった。 「今、貴様らに配布したのはプロテクト・スーツだ。宇宙勤務者全員に支給される標準装備品だ! そこで新兵たちは一様に顔を見合わせる。 「輸送機の出発までには40分ある。さっさと着替えて離陸10分前にはこの場に集合だ。遅れたヤツは置いて行くぞ! 「 「声が小さい!」 「 「聞こえんぞ! 時間がなくなるぞ!」 「 「解散!」 軍曹のその声に新兵が一斉に駆け出した。 「シャワー室でなくてもいいわ! トイレはどこ?」 「あっちよ!」 案内表示に従って一斉にトイレを目指す。 トイレに辿り着くと中に駆け込む。当然、個室は先着順で埋まっていく。 「ああん、もう!」 「早くしてよ!」 そう言われても直ぐには着替えは終わらない。 そこへ女性軍曹が2人入ってきた。 「すみません!」 本来の目的とは違う着替えにトイレを専有してしまっているのである。しかも自分たちは兵で相手は下士官。追い出されても文句は言えない状況である。 「あら、アナタたち新兵のようね」 だが2人の軍曹の内、黒髪ショートの方が咎めることもなく優しく話しかけてきた。ちなみにもう1人は明るい茶髪である。 「そうなんです!」 新兵の1人が返事をする。 「プロテクト・スーツを着るのね?」 「はい」 「どこまで行くの?」 「中央総司令部です」 「あら、隣町まで行くのに来ていくの? 移動手段は?」 「輸送機です」 「あら、それなら下着は全部脱いだ方がいいわよ?」 軍曹に話しかけられ、忙しいのに勘弁してと思いつつ応対していた新兵が目を丸くした。 「全部って……」 「上も下も、全裸で着た方がいいってことね」 軍曹の言葉に下着姿のまま着ようとしていた全員の手が止まった。 「中央総司令部までは輸送機だと2時間半、離発着からターミナルまでの移動を考えると3時間はかかるわ。その間、お手洗い我慢できる?」 「それは……」 3時間というのは微妙な長さだと思った。 「下着を着けないでプロテクト・スーツを着ていれば、股間部分を広げるだけで脱がずに用が足せるのよ。輸送機でも機内には一応トイレがあるから困らないわよ? そう言われて新兵らは鬼軍曹の顔を思い出す。 そこで途中まで着ていた者はもう一度下着を脱ぎ始めた。 そこでまた軍曹が口を開いた。 「あら、アナタ。下の毛、剃ってないの?」 股間の茂みを見られたことよりも言われた事に驚く。 「剃らなきゃダメなんですか?」 「ダメってことはないけど、剃っておいた方がいいと思うわ。今すぐは無理でしょうけど」 確かにそんな時間はない。 「そうなんですか?」 「そうよ。定時ワープなら1時間ほど宇宙服を着ていれば済むけど、重度警戒体制とか、それこそ戦闘配備中は宇宙服は脱げないわ。 「なるほど……」 「ただね。その時、毛が挟まったりするとものすごく痛いのよ。それに雑菌の心配もあるから……」 黒髪軍曹の言葉に茶髪軍曹も頷いている。 「そうなんですか……」 「まあ、今は仕方ないからそのまま着るしかないわね。でも向こうへ行ったら 「はい」 「じゃあ、頑張ってね」 そう言って軍曹たちは笑顔を残して立ち去った。 「ありがとうございます!!」 新兵たちは全員、嬉しそうな顔で大声で礼を述べた。 だがこの時、軍曹2人が用足しに来たであろうにも関わらず、アドバイスをしただけでトイレを占領していたことを一言も咎めずに立ち去ったことに、違和感を覚える新兵はいなかった。 廊下に出たところで、歩きながら茶髪軍曹が黒髪軍曹に言った。 「お疲れ」 「アンタね! 全部アタシにやらせないでよ!」 黒髪が文句を言う。 「あら、アタシの出番なんてなかったじゃん」 「何言ってるのよ! 要領いいったらありゃしない!」 「いいじゃない? 普段と違って優しいお姉様を演じられたんだから」 茶化すような茶髪に黒髪はムスッとしている。 すると背後で大声が聞こえた。 「急がないと! 早く!」 着替えの終わった新兵らがトイレから飛び出し反対方向に駆け出しいくところだった。 「廊下は走らない、って教わらなかったのかね、あの小娘どもは?」 「知らないわよ」 憮然と言う黒髪。 「思い出しちゃった……」 「何を?」 茶髪が尋ねる。 「教導隊に配属になったばかりの時のこと……」 2人は、実は新兵訓練所で新兵を厳しく育成指導する教導隊の鬼軍曹だった。 「先任の曹長がね、異動で教導隊を去る時に言ったのよ。 「まあ、アタシらの毎日はそればっかりだわね」 そこまで話していたら新兵らは最後の一人が駆けていった。そこで2人も歩き始めた。 「『ただ後悔があるとすれば……』」 「あるとすれば?」 「『徴兵された新兵の中に毎回必ず、訓練所を出て最初の戦闘で戦死するのがいた。これが最後までなくせなかった』ってね……」 「でもどこの訓練所でも対ディステニア戦争末期は、そんなだったらしいじゃない?」 「そうらしいけど、曹長はそれで随分と悩んだらしいわ。戦死の報を聞くたびに、日記やら記録やらひっくり返して、何か足りなかったんじゃないか、どこか教え方が間違ってたんじゃないかって必死に考えたらしいわ。 「でもそれって、ゼロにするのは無理だろうし、その曹長のせいではないでしょう?」 「アタシも、だと思うけどね。 「何?」 「自分が訓練所で教導した兵士2051人の顔と名前、全部覚えていたそうよ」 「嘘でしょ? 2千人以上もなんて……」 「本当かどうかはわからないけどそう言ってたわ。アタシだってこの5年間で教導した100人足らずだけど、全員まだ覚えてるわよ?」 「そりゃまあ、100人程度ならね」 「あら、じゃあアナタはどうなのよ?」 「そりゃあ、もちろん、忘れる訳ないでしょ! コイツこのままじゃ死んじまう、って思いながら名前怒鳴りつけるんだからさ!」 「そうだよね。忘れろって言われたって無理だよね」 「でも、アイツら、ラッキーじゃん」 「ラッキー? どこが?」 「だっていきなり部隊章持ちの特務部隊だよ? しかも最新鋭次期主力戦艦の運用実証部隊なんて、普通じゃ望んだって入れないでしょ?」 「それはそうだけど……。 「確かにそうだわ! 確かに試験運用部隊が基本的な試験航行は済ませている。だがより実戦に近い運用試験では、それこそ何が起きるかわからないのである。そこに新兵が山ほどいたら、確かに古参兵にとっては堪ったものではないだろう。 「願わくばひよっ子たちが問題を起こさないでいてくれることだわ。『教導したのはどこのどいつだ!?』なんて言われるの、自分のことじゃなくても聞きたくないものね」 「本当にそうね……」 そんな会話をしながら2人は新兵訓練所の教導隊オフィスに戻ったのである。 そうして何故かわざわざ2人を出迎えてくれた教導隊長から満面の笑みで言われた。 「マリアス軍曹、エミネ軍曹。喜べ、栄転だ!」 「栄転……、ですか?」 「そうだ」 嬉しそうに教導隊長が頷いている。 「両名とも来週付で曹長に昇進。と共にValikyries of Lindenmars隊に異動だ。 2人の軍曹は目の前が真っ暗になったのだった。 |