遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第103話 アドバイス


 部隊の正式発足から1ヶ月が経って、Valkyries of Lindenmars隊もレイナート以下の初期メンバーだけでなく、異動してきた兵士が増えてきた。

 そこには旧リンデンマルス号の乗組員たちも含まれていたし、隊員募集に早々と申し込み、引き継ぎを終了させてやって来た下級兵士たちもいる。その数併せておよそ50名。今のところは全員が基地の一時滞在者用官舎に仮住まいだった。
 そうして、それぞれが部隊編成の業務を分担して ― それは本来の任務とは違っているが ― 何らかの作業を行っている。
 部隊がようやく動き始めたと実感できるようになった訳である。


 だがそんな矢先アリュスラがレイナートのオフィスに姿を表した。

「司令、困ったことが……」

 アリュスラは後方部門全般の参謀 ― 実際には実務面に忙殺されていたが ― として、辣腕を奮っていたのである。

「何でしょう?」

 困ったことと言われてレイナートの穏やかな表情がいささか曇った。

「実は、艦の引き渡しが遅れるという連絡がありまして……」

 アリュスラが、いかにも困ったという顔で報告したのである。

 VOL隊に配属となる艦は旗艦となる最新鋭次期主力戦艦を除くと、全て各方面司令部でストックしている準予備役艦である。
 これらの艦はそれぞれの方面司令部が置かれる管区主星の上空に「停泊」している。
 地上に降下させると反重力発生装置などを作動させなければならない。ということは無人にできないということであり、また常時エネルギーを消費する。単に停泊させるためだけなのにそれでは無駄であるということから、惑星の静止衛星軌道上に自動制御で「放置」されている。要するに静止衛星化しているのである。
 当然のことながらこれを再び戦闘艦艇として稼働させるには艦内諸設備の事前チェックが必要である。
 それは艦を航行させる本来の設備のみだけではない。人がそこで生活する以上、厨房やトイレ、シャワーなどといった設備も含まれる。特にこれらは、停泊中は雑菌の繁殖などがないように艦内はほぼ真空状態で加温もされていない。だが艦体のシステムを起動させれば当然艦内は空気と温度、湿度で満たされる。これによって「冬眠」していた菌が活動を開始する。したがって消毒や滅菌作業も必要なのである。


 そうして同じ惑星トニエスティエ上空のアレンデル級戦艦が一番最初に引き渡されるはずだったが、作業の遅れ故に配備の予定が2週間遅れる、という連絡が入ったのだった。

「2週間も?」

 レイナートは目を見開いた。

「そうなんです。5日後には新兵たちの異動が始まります。その寝床がなくなってしまいました」

 アリュスラが言った。

 新規徴兵 ― 形の上では一応志願兵 ― が訓練を終えて配属開始となるのだが、予定ではその第一段33名が5日後に到着の予定だった。
 それだけではない。
 古参の兵士も順次着任してくるからはあっという間にその数は数百人に膨れ上がる見込みである。

 ところで中央総司令部は付属の宇宙港と基地と併せて、およそ6百人ほどの一時滞在者用宿泊施設を擁する。
 さすがにその全てをVOL隊で使わせてもらうという訳にはいかず、そこで配備された艦を一時的に宿舎とすることで対応する予定だった。今現在官舎を利用させてもらっている者もそこへ移る予定にしていた。これは宿泊に関わる費用の節減のためである。
 ところがその艦の配備が遅れれば、当然、やって来た兵士は寝る所がないことになる。
 まさか民間のホテルを利用する訳にはいかない。そこまでの予算はないのである。

「どうしましょうか?」

 アリュスラが困惑顔で聞く。

「どうしましょうかって言われても……」

 レイナートも困り顔になった。

「副官、直ちにシュピトゥルス大将閣下にアポイントを取ってくれ」

 そう言うのが精一杯だった。


 そうしてやってきたレイナートの用件を聞いてシュピトゥルス大将も困った顔をした。

「まったく、貴官は……、と言いたいところだが、これは貴官の責任でもないな」

 配備される艦の遅れまで自分のせいにされては堪らないレイナートである。

「それで、どうするつもりなんだ?」

「それなんですが、緑地化されている次期建設予定地に野営テントを張らせてもらえないかと……」

「野営テントをか?」

「はい」

 野営テントは主に陸戦兵が野営するためのものであり、何時の時代になってもこういう装備はなくならないでいた。

「それでどこにだ?」

「部隊のオフィスに一番近いのは3号緑地なので……」

「おい、3号緑地といったらこの本部棟のすぐ脇ではないか! そんなところで野営なんかさせられるか!」

 本部棟は中央総司令部の中枢部門、作戦部、戦術部、最高幕僚部の入っている建物である。当然ながら基地内でも最もセキュリティランクの高い建物であり、そのすぐ脇に多数の兵士が起居するのはセキュリティ上宜しくないのは一目瞭然だった。

「ですが、そうしますと5号緑地になるんですが……」

「何か問題でも?」

「オフィスから遠すぎます」

 5号緑地は宇宙港からの連絡道路のゲート脇、VOL隊の本部からは基地のほとんど反対側になる。歩けばゆうに20分近くかかるだろう。

「どうせ艦が配備されれば宇宙港に停泊し、そこで寝起きするんだろう? 問題がないではないか?」

「ですが艦内なら装備や設備に慣れるという意味で新人研修を併せて行うことも可能です。野営テントではそういう訳にもいきませんが、それでも本部付近に起居した方が面倒がありません」

「そうか……。まあ確かにそうではあるな」

「そうなんです。オフィスから遠いとスタッフの移動が大変です。
 それとも連絡車両を増やしていただけますか?」

「これ以上無理は言わんでくれ」

 シュピトゥルス大将は勘弁してくれと言わんばかりである。

「とにかく施設管理に相談してみるしかないか……」

 空いている、ように見える、緑地も施設管理全般を司る管理部の管轄下にある。野営テントを張るにしてもそこの許可が必要である。

「……そうだ、VOL隊なんだが、予定していた艦の到着が遅れてな。到着するまでの間、配属されてくる兵の宿泊場所が必要になったのだ……。
 何? なるほど……。それは本当か?
 それで構わん。いや願ったり叶ったりだ。ぜひ進めさせてくれ」

 管理部との通話を終えたシュピトゥルス大将が満面に笑みを浮かべてレイナートに言った。

「おい、喜べ」

「はい?」

「駐車場が使えるぞ」

「駐車場、ですか?」

「そうだ。オフィスの前に通勤車用の駐車場があるだろう?」

「はい」

「近々そこの舗装をし直すらしい。そこを使っていい、という話だ」

「それは本当ですか?」

「ああ。舗装し直すので地面に杭を打っても構わんそうだ」

 野営テントは風に飛ばされないように杭を打ってロープで固定する必要がある。それでレイナートは緑地と考えていたのだが、駐車場であれば雨の日などは地面がぬかる心配もないからありがたい話だった。
 しかもオフィスとしている消防機庫の直ぐ目の前の駐車場ということである。まさに願ったり叶ったりだった。

「それでは早速テントの手配をしないと……」

 レイナートがそう言ったところで、シュピトゥルス大将は驚いたように目を開いた。

「野営テントの手配をしておらんのか?」

「はい。まずは場所の確保を、と思いまして」

 確かにテントを手配しておいて場所の確保ができなかったら全て無駄になる。順序としては当然のことだろうと考えていたレイナートである。
 だがシュピトゥルス大将はいささか心配気に聞いた。

「どこから借りるつもりだ?」

 シュピトゥルス大将の問にレイナートは言う。

「装備部ですが?」

「おい、まさか……、知らんのか?」

 シュピトゥルス大将の懸念が本当のことになった。

「何をでしょうか?」

 シュピトゥルス大将の表情に不安を覚え始めたレイナートである。

「まあ、ずっと宇宙勤務(外回り)で中央総司令部勤務は最近のことだからな。仕方がないか……」

「どういうことでしょう?」

 益々不安になる。

「装備部は確かに装備を管理する部門だが、野営テントの在庫なんぞ持ってないはずだぞ」

「えっ? そうなんですか?」

「ウチの戦術部を考えてみろ。確かに軍の全艦艇はウチの資産ということで税法上は登録されているし、その所在、運用実態は把握している。だが一部の儀典艦や連絡艦を除くと1隻も手元にはないぞ?」

「あっ! ということは……」

「装備部も同じだ。装備局では強化外装甲や宇宙服、野営テントなんかも扱うが、在庫を持っていてそこから発送する訳ではない。メーカーへの発注はしても、納入先は各部隊を管理する司令部で中央総司令部の装備部ではないぞ?」

「ということは……?」

「中央総司令部に野営テントを所持している部署なんぞあったかな?」

 そう言ってシュピトゥルス大将は上を向く。しばし天井を眺めながら考えていたがレイナートの方を向くと首を振った。

「いや、絶対とは言い切れんが、中央総司令部にはないはずだ」

「となるとどうすれば……」

 レイナートは途方に暮れた。
 確かに士官学校一般科は軍のあらゆるところで仕事ができるように様々なことを学ばされる。だが軍の機構から装備品の全てに至るまでがどうなっているかまでは教えられていない。と言うか、そこまで教える方も手が回らないのが実情である。
 したがって個々の具体的なことは、現場に出てから覚えるのだが、そういうセクションと関わりを持ったことがないからさっぱりわからないのである。

「手っ取り早いのは、第一方面司令部の陸戦部隊の装備を借りることだな」

「現役部隊のをですか? 貸してくれるでしょうか?」

「まあ、今のところ第一方面司令部に所属する部隊の出撃予定はないから、近々使用する予定もないだろう、とは言えるが……」

「……」

「まあ、交渉してみるといい。何のための三ツ星だ?」

 そう言ってシュピトゥルス大将はニヤリと笑ったのである。


 オフィスに戻ったレイナートはモーナを通して第一方面司令部に連絡させた。とは言っても第一方面司令部のあるカリエンセス・シティーとの時差は3時間。まだ正規始業前の時間である。
 もちろん軍の司令部は24時間操業であるから連絡自体はできる。だが決済権を持つ上司は不在のことが多いからすぐに話しはまとまらない。
 結局何度もやり取りをして、その日の夕方、というよりも夜になってようやく必要数を借りる段取りがついたのだった。

「ヤレヤレ、一安心だな……」

 レイナートが安堵の溜息を漏らす。

 野営テントは3日後に到着予定となった。
 必要数を集め輸送機に積み込み移送する。それにはどうしても3日掛かると言われたのである。
それでもまだ1日は余裕があるので何も問題はなかった。

 同じ惑星上を宇宙用の輸送艦で運ぶというのはないことではない。特に惑星の反対側へ大量の物資を短時間で運ぶなら一択である。
 反重力発生装置を用いて艦体を浮かせ、高出力の核融合エンジンで一気に加速し、再び反重力発生装置の助けを借りて地上降下する。
 直径がおよそ6500kmの惑星トニエスティエの場合、ある都市から完全に裏側にある都市までおよそ1時間もあれば到着できる。

 ところが中央総司令部のあるイステラ・シティーと第一方面司令部のあるカリエンセス・シティーだと輸送艦を使うには「近すぎる」し、第一、運ぶ物もそこまで大量ではないのである。
 それで航空輸送機による輸送が行われる予定である。

 航空機は翼にエンジンを持つ昔ながらの構造である。
 惑星重力に逆らって物質を浮遊させる反重力発生装置は稼働のためのエネルギー消費量が莫大であり、しかも装置の小型化が難しいという難点を持つ。小型乗用車程度の大きさのものを「浮かせる」ためにも、海洋船舶なみの大きさのエネルギー供給システムと本体装置を必要とする。航空機にならそれも搭載できるが、胴体内に操縦席以外を設けることができなくなってしまい意味がない。
 ところが大型の宇宙艦艇の場合も同規模のシステムで浮遊させられるのだから、ある意味馬鹿馬鹿しい話である。したがって現状では航空機には反重力発生装置は用いられておらず、装置のさらなる小型化が望まれている。
 ということで、自動車や航空機は驚くほど技術の進歩から遅れているのである。

 その代わりに長距離を結ぶ交通システムは、地下に埋設された減圧チューブ内を走る超電導モータによるリニア地下鉄が一般的である。
 これは空気抵抗を減らすために減圧されたチューブ内を走行するため時速千kmが可能であり、しかも気象条件の影響を受けないという利点がある。

 トニエスティエは地殻変動が緩やかなため地震が起こりにくい。だが大型低気圧などによる暴風雨は発生しており、その被害は時に深刻である。
 こういった観点からもリニア地下鉄が推進されたのであり、長距離移動も基本的にはこれによって行われている。

 ただし軍事施設の場合、セキュリティ上の問題から直接施設内への乗り入れが制限されている。例えば軍港と基地とを結ぶ専用線なら問題はないが、民間用の宇宙港から軍港へとか、民間のターミナルから基地へというのは認められていないのである。

 そうして同一惑星上にある中央総司令部と第一方面司令部の間には軍専用の地下鉄線は敷かれていない。
 建設コストとその後の使用頻度を忖度した結果、費用対効果が低いと判断されたのである。
それでも、例えば高級将校の移動もしくは軍事物資の移送に頻繁に使われるというのであれば建設されたかもしれない。だがそ可能性も低いとされた結果である。

 いずれにせよ、鳴り物入りで大々的に隊員募集をしたにも関わらず、やって来たら宿舎もない、では隊員の士気は超低空飛行になるだろう。どころか直ぐに転属願いを出されてしまうかもしれない。そんな事態になったら笑い者にされるだけでは済すまなくなるだろう。


「本当にギリギリでした。申し訳ありません、小官のミスでした……」

 モーナも言う。

 アリュスラから隊員宿舎の件を言われた時、自分が率先してその解決を図るべきだった。それが結局レイナートの手を煩わせたのだから面目次第もなかった。

「まあ、気にすることはないよ。お互い野営テントの在庫が中央総司令部にないなんて知らなかったんだから」

「ですが……」

 それでもまだ責任を感じているモーナにレイナートは言った。

「過ぎたことを悔やむな、と言うだろう? とにかく間に合ったんだからそれでいい」

「了解しました」

「それにしても、ビスカット大佐がねえ……」

と感慨深げにレイナートが言う。

 かつてリンデンマルス号の戦術部長にまでなったナーキアスは、艦内のレイナートをめぐる恋の鞘当てに胃潰瘍になり地上勤務となった。その後古巣の陸戦部隊に戻り、現在は大佐となって第一方面司令部で重装機動歩兵の教導隊に勤務していた。
 そうしてレイナートからの第一方面司令部に野営テントの借用依頼に関し、ナーキアスが指揮を執って部隊と装備を派遣してくれることになったのである。すなわち部隊の野営演習という名目で陸戦兵にテント張りをさせるというのであった。

「装備の貸出だけでなく、テント張りまでして下さるのは助かりますね」

 モーナがそう言うとレイナートも頷いた。

「まったくだ」


 戦争の形態が同一惑星上の国家間から、星間戦争と様変わりしても歩兵の必要性は変わらなかった。
 敵の施設を攻略・無力化するにおいて、そこに軍人しかいないという場合、特にそれが人工天体であれば艦砲で丸ごと徹底的に破壊するということはあり得るが、惑星の場合そこに民間人がいないということはまずありえない。
 となると軍事拠点だけを攻撃、制圧もしくは破壊して無力化する必要がある。この場合に歩兵が不可欠とされているのである。
 そうして一番最初に敵地に降りるのは重装機動歩兵部隊であり、これは突撃揚陸艦を以て行われる。そうして通常歩兵部隊は重装機動歩兵の錬成部隊というのが実態である。

 突撃揚陸艦は宇宙艦艇としてはかなり自由に惑星大気園内でも動ける艦だが万能ではない。
また降下した部隊は一点に留まるとも限らない。時に一日では走破できない距離を移動することもある。
 そういった場合、当然野営するということもある。野営テントはそのためのもので、目的用途によって様々なものが存在する。
 一般的な汎用以外にも宿泊用、給食用、医療用、機械整備用、中には長期滞在用のシャワーとトイレ専用の厚生用というものまである。

 ただし実際の問題として、歩兵を敵地、特に惑星制圧に投入するというのは現在ではまったく現実味がない。
 惑星人口は少なくとも数十億人。その大半は民間人だが、これを占領統制しようとすれば一体どれだけの兵員を投入する必要があるか。
 また、もしこれら民間人が武器を持ってゲリラ化したらどうやって対処するのか。国民皆兵ならいざ知らず、全国民に武器を供与するというのも現実味はないが、その可能性を荒唐無稽と一笑に付すこともできない。
 そういう点から歩兵による惑星制圧はドクトリンとしては残っているが、現在においてまず行われることはないのである。
 したがって重装機動歩兵は敵艦や敵宇宙基地への突入が主任務となっていて野営するということもまずない。ただし、可能性として皆無ではない、とされるので装備は残されており、ある意味無駄なことではあるが致し方のないことでもある。


 今回VOL隊が借用するのは、宿泊用、給食用、医療用、それと厚生用である。もちろんオフィスとなっている消防機庫にもシャワーもトイレもある。だがとてもその数は足りないし、部隊員全員が女性ということもあるからである。

 駐車場の方はその使用許可を取っている者からは一切の反対や苦情は出なかった。
 元々、いずれ工事が行われることが決まっており、それが多少早くなっただけである。しかも、その工事期間中は自家用車を所属部署の建屋近くに路上駐車することが許可されることは事前通達されていた。その期間が長くなるのであるから、逆に大歓迎となる話だったのである。
 したがって物資の到着の朝には1台も車が停まっていない、広々とした駐車場が準備されていたのだった。


 ところがいざ蓋を開けてみたら、やって来たのは陸戦兵とテント資材だけではなかった。VOL隊に配属の決まっている新兵を伴ってきたのである。

「お久しぶりです、提督」

 すっかり生え際の後退したナーキアスは笑顔でそう言った。

「貴官も健康そうで何より……」

 レイナートが言うとナーキアスは苦笑した。

「今と比べてリンデンマルス号では色々ありましたから……」

 そう言ってレイナートの背後のコスタンティアらを一瞥する。それに笑顔で応えるコスタンティアやクローデラ。当人たちは全然わかってないがモーナは心の中で同情していた。

―― あ~あ、すっかり禿げ上がっちゃって……。

 モーナの見るところ、かつてのリンデンマルス号のMB(主艦橋)にいることの多かった各部長たちの中で、ナーキアスが最も神経質だったということはないと思う。そのナーキアスが胃潰瘍になり禿げたのは絶対にコスタンティア、クローデラ、エメネリアのせいに違いないとしか思えなかったのである。

「それにしても新兵を連れてくるという話は聞いてなかったが……」

「どうせあとで運ぶんだから一緒に運んでしまえということのようで……」

 ナーキアスが再び苦笑した。


 野営テントとそれに付随する資材を載せた輸送機に、本来であれば翌日移動予定の新兵らが同乗させられた。それは第一方面司令部が移送コストを惜しんだから、ということに他ならない。

 VOL隊に配属となる新兵の数は千名。だがその全員が同じ所で訓練を受けた訳ではない。
 イステラ軍の兵士採用事務所は人の住む惑星には必ず設けられている。だが志願した兵士を訓練する新兵訓練所は、各方面司令部と旅団規模以上の駐留艦隊基地がある惑星にしかない。
 逆に言えば、そこで分かれて訓練を受けていた新兵がそれぞれやって来るということだった。


 今回、VOL隊に配属となるのは確かに1千名だが、実は5千名が集められていた。アレルトメイアと開戦後、皆無となった志願兵を集める目的で、表立っては言えないような方法も採りつつ、言葉巧みに集められたのである。
 その内訳は男性2千8百、女性が2千2百である。
 もちろん男性がVOL隊に配属となることはない。彼らは普通に初期訓練、次いで基礎訓練を受け、3ヶ月前に既存部隊に配属されている。
 ところが女性の方はいささか事情が異なった。

 まず2週間の初期訓練は男性と一緒だが、3ヶ月の基礎訓練終了時に2千2百から1千5百まで絞られたのである。選ばれなかった7百名は男性と同じく既に部隊配属されている。
 次いでさらに3ヶ月の追加基礎訓練が実施され、そこで1千5百から1千名までに絞り込まれたのである。これは初めから落伍者が出ることを見込んでの措置で、当然のことだろう。そうして宇宙勤務に必要な能力開発プログラムの内、最低でもこれだけはというのを促成で叩き込まれたのだった。
 したがって「落第」とされた5百名は本来の二等兵ではなく、一等兵で既存部隊に配属された。過酷な訓練を一応は経験したことに対する恩恵を与えられた形である。
 そうしてこの第一方面司令部直下の第11訓練所からの33名が1番乗りでやって来たのである。


 さてこの33名、過酷な訓練を通過したことで、やはり全員が一等兵である。
 訓練所での解隊式に臨み、中央総司令部に移動するまで1日の休暇が与えられるはずだった。ところがVOL隊から野営テント借用の依頼が来たため、急遽休暇は中止、大至急宇宙港に集められたのだった。
 第一方面司令部のあるカリエンセス・シティーと中央総司令部のあるイステラ・シティーを結ぶ地下鉄は距離にしておよそ4千km。そうして任務での異動となるので地下鉄の運賃は個人ではなく軍が負担する。
 だが輸送機に乗せてしまえばたかだか33人増えたところで燃料コストはさして変わらない。だから「乗せてしまえ」ということになったのである。


 第一方面司令部基地付属の宇宙港の出管ロビー脇に集合させられたその新兵33名、真新しい軍服に身を包み、一糸乱れぬ「休め」の姿勢で整列している。

 宇宙港を利用する他の兵士らは「おっ、新兵か」と思いつつ興味深げに見ながら通り過ぎていく。

 新兵を率いる軍曹が説明する。
 軍曹の年の頃は30代半ば、女性でありながらかなり鍛えられたことが見て取れる体つき、濃く書かれた眉が厳しさを醸し出している。

「急な休暇返上で文句もあるかもしれんが、軍においてはそれも普通のことだと覚えておけ。敵はこちらの休暇中には攻めてこないというほど優しくはない」

ジョークにもならないことを言われて笑いすら起きない。

「さて、貴様らはこれから輸送機に乗って中央総司令部へと向かう。
最終目的地はどこだ?」

「Valikyries of Lindenmars本部であります!」

指された新兵が背筋を伸ばして大声で答える。

「そうだ! 貴様らは新設部隊に配属となる。部隊章持ちの特務部隊だぞ? 新兵にとって最高の栄誉だと思え!」

はい(イエス、マム)!」

 全員が声を揃えて返する。

「さて貴様らにここでプレゼントだ。名前を呼ばれた者から前に進み受け取れ」

 そうして1人1人大声で名が呼ばれ、名を呼ばれた者は言われた通りに前へ進み包を受け取る。中は見えないがどうやら衣服の類のような手触りだった。

「今、貴様らに配布したのはプロテクト・スーツだ。宇宙勤務者全員に支給される標準装備品だ!
 貴様らは今回輸送機による移動で着用義務は発生していない。だがもしも輸送機が墜落した場合、生存の確率が高くなる。
 今後のために慣れるということからも直ちに着用せよ」

 そこで新兵たちは一様に顔を見合わせる。
 プロテクト・スーツの存在や用途は既に知っている。軍服の下、素肌に身に着けるということも。それ故、こんな人通りのあるところで裸になれ、と言われたようで驚いたのである。

「輸送機の出発までには40分ある。さっさと着替えて離陸10分前にはこの場に集合だ。遅れたヤツは置いて行くぞ!
 わかったか!?」

はい(イエス、マム)

「声が小さい!」

はい(イエス、マム)!」

「聞こえんぞ! 時間がなくなるぞ!」

はい(イエス、マム)!!」

「解散!」

 軍曹のその声に新兵が一斉に駆け出した。


「シャワー室でなくてもいいわ! トイレはどこ?」

「あっちよ!」

 案内表示に従って一斉にトイレを目指す。

 トイレに辿り着くと中に駆け込む。当然、個室は先着順で埋まっていく。

「ああん、もう!」

「早くしてよ!」

 そう言われても直ぐには着替えは終わらない。
 慣れている人間でもプロテクト・スーツを着るにはそこそこ時間がかかる。まして新品に初めて袖を通す慣れていない者なら予想以上に時間を食う。トイレまで移動した時間を考えればまさにギリギリの時間設定である。


 そこへ女性軍曹が2人入ってきた。
 新兵たちの見たことない女性である。

「すみません!」

 本来の目的とは違う着替えにトイレを専有してしまっているのである。しかも自分たちは兵で相手は下士官。追い出されても文句は言えない状況である。

「あら、アナタたち新兵のようね」

 だが2人の軍曹の内、黒髪ショートの方が咎めることもなく優しく話しかけてきた。ちなみにもう1人は明るい茶髪である。

「そうなんです!」

 新兵の1人が返事をする。
 それに微笑みながら黒髪軍曹が言う。

「プロテクト・スーツを着るのね?」

「はい」

「どこまで行くの?」

「中央総司令部です」

「あら、隣町まで行くのに来ていくの? 移動手段は?」

「輸送機です」

「あら、それなら下着は全部脱いだ方がいいわよ?」

 軍曹に話しかけられ、忙しいのに勘弁してと思いつつ応対していた新兵が目を丸くした。

「全部って……」

「上も下も、全裸で着た方がいいってことね」

 軍曹の言葉に下着姿のまま着ようとしていた全員の手が止まった。

「中央総司令部までは輸送機だと2時間半、離発着からターミナルまでの移動を考えると3時間はかかるわ。その間、お手洗い我慢できる?」

「それは……」

 3時間というのは微妙な長さだと思った。

「下着を着けないでプロテクト・スーツを着ていれば、股間部分を広げるだけで脱がずに用が足せるのよ。輸送機でも機内には一応トイレがあるから困らないわよ?
 逆に下着を履いていると脱がなきゃならないから大変。それでも上官がプロテクト・スーツを脱ぐことを許可してくれればいいけど……」

 そう言われて新兵らは鬼軍曹の顔を思い出す。
 そうして覚る。「それは無理、あり得ない」と。

 そこで途中まで着ていた者はもう一度下着を脱ぎ始めた。
 もう人がいようがいまいがどうしようが気にしている時間はない。それにどうせ同性だ。
 ということで下半身に何も着けてない状態になってプロテクト・スーツに足を入れる。

 そこでまた軍曹が口を開いた。

「あら、アナタ。下の毛、剃ってないの?」

 股間の茂みを見られたことよりも言われた事に驚く。

「剃らなきゃダメなんですか?」

「ダメってことはないけど、剃っておいた方がいいと思うわ。今すぐは無理でしょうけど」

 確かにそんな時間はない。

「そうなんですか?」

「そうよ。定時ワープなら1時間ほど宇宙服を着ていれば済むけど、重度警戒体制とか、それこそ戦闘配備中は宇宙服は脱げないわ。
 そういう時は軍服を脱いでプロテクト・スーツの上に直接宇宙服を着るの。宇宙服には汚物処理機能が内蔵されているから、それを正しくセットしておけば宇宙服を脱がなくても済むのよ。小さい方も大きい方もね」

「なるほど……」

「ただね。その時、毛が挟まったりするとものすごく痛いのよ。それに雑菌の心配もあるから……」

 黒髪軍曹の言葉に茶髪軍曹も頷いている。

「そうなんですか……」

「まあ、今は仕方ないからそのまま着るしかないわね。でも向こうへ行ったらPX(購買部)で脱毛クリームの支給を受けるといいわ。カミソリより安全だし簡単だから。
 ただ肌に合わないこともあるから、腕とか、問題なさそうなところで試してみないとダメよ?」

「はい」

「じゃあ、頑張ってね」

 そう言って軍曹たちは笑顔を残して立ち去った。

「ありがとうございます!!」

 新兵たちは全員、嬉しそうな顔で大声で礼を述べた。

 だがこの時、軍曹2人が用足しに来たであろうにも関わらず、アドバイスをしただけでトイレを占領していたことを一言も咎めずに立ち去ったことに、違和感を覚える新兵はいなかった。


 廊下に出たところで、歩きながら茶髪軍曹が黒髪軍曹に言った。

「お疲れ」

「アンタね! 全部アタシにやらせないでよ!」

 黒髪が文句を言う。

「あら、アタシの出番なんてなかったじゃん」

「何言ってるのよ! 要領いいったらありゃしない!」 

「いいじゃない? 普段と違って優しいお姉様を演じられたんだから」

 茶化すような茶髪に黒髪はムスッとしている。

 すると背後で大声が聞こえた。
 二人は足を止めて振り返った。

「急がないと! 早く!」

 着替えの終わった新兵らがトイレから飛び出し反対方向に駆け出しいくところだった。
 それを見て茶髪が言う。

「廊下は走らない、って教わらなかったのかね、あの小娘どもは?」

「知らないわよ」

 憮然と言う黒髪。
 だがしみじみと言った。

「思い出しちゃった……」

「何を?」

 茶髪が尋ねる。

「教導隊に配属になったばかりの時のこと……」

 2人は、実は新兵訓練所で新兵を厳しく育成指導する教導隊の鬼軍曹だった。
 ただし先程の新兵たちを教導していない。ということでアドバイス役に抜擢されたのだった。

「先任の曹長がね、異動で教導隊を去る時に言ったのよ。
『教導官は嫌われてなんぼ。嫌われて、憎まれて、恨まれながら、それでも毎日ひよっ子どもを怒鳴りつける。そうやって育てたことに後悔はない』って……」

「まあ、アタシらの毎日はそればっかりだわね」

 そこまで話していたら新兵らは最後の一人が駆けていった。そこで2人も歩き始めた。
 だが会話は続いていた。

「『ただ後悔があるとすれば……』」

「あるとすれば?」

「『徴兵された新兵の中に毎回必ず、訓練所を出て最初の戦闘で戦死するのがいた。これが最後までなくせなかった』ってね……」

「でもどこの訓練所でも対ディステニア戦争末期は、そんなだったらしいじゃない?」

「そうらしいけど、曹長はそれで随分と悩んだらしいわ。戦死の報を聞くたびに、日記やら記録やらひっくり返して、何か足りなかったんじゃないか、どこか教え方が間違ってたんじゃないかって必死に考えたらしいわ。
 だから『停戦になって、教導した新兵が直ぐに最前線に出撃しなくて済んだのがスゴく嬉しかった』って言ってたわ」

「でもそれって、ゼロにするのは無理だろうし、その曹長のせいではないでしょう?」

「アタシも、だと思うけどね。
 ただその曹長……」

「何?」

「自分が訓練所で教導した兵士2051人の顔と名前、全部覚えていたそうよ」

「嘘でしょ? 2千人以上もなんて……」

「本当かどうかはわからないけどそう言ってたわ。アタシだってこの5年間で教導した100人足らずだけど、全員まだ覚えてるわよ?」

「そりゃまあ、100人程度ならね」

「あら、じゃあアナタはどうなのよ?」

「そりゃあ、もちろん、忘れる訳ないでしょ! コイツこのままじゃ死んじまう、って思いながら名前怒鳴りつけるんだからさ!」

「そうだよね。忘れろって言われたって無理だよね」

「でも、アイツら、ラッキーじゃん」

「ラッキー? どこが?」

「だっていきなり部隊章持ちの特務部隊だよ? しかも最新鋭次期主力戦艦の運用実証部隊なんて、普通じゃ望んだって入れないでしょ?」

「それはそうだけど……。
でもまあ、先任には同情するわ」

「確かにそうだわ!
 最新鋭次期主力戦艦ってことは何が起きるかわかんない訳だし、そこに新兵が千人もいたんじゃ、それこそ息を抜く暇はないかもね。
 アタシだったら、確実に願い下げ、、てやつだわ……」

 確かに試験運用部隊が基本的な試験航行は済ませている。だがより実戦に近い運用試験では、それこそ何が起きるかわからないのである。そこに新兵が山ほどいたら、確かに古参兵にとっては堪ったものではないだろう。

「願わくばひよっ子たちが問題を起こさないでいてくれることだわ。『教導したのはどこのどいつだ!?』なんて言われるの、自分のことじゃなくても聞きたくないものね」

「本当にそうね……」

 そんな会話をしながら2人は新兵訓練所の教導隊オフィスに戻ったのである。


 そうして何故かわざわざ2人を出迎えてくれた教導隊長から満面の笑みで言われた。

「マリアス軍曹、エミネ軍曹。喜べ、栄転だ!」

「栄転……、ですか?」

「そうだ」

 嬉しそうに教導隊長が頷いている。
 2人に嫌な予感が走った。

「両名とも来週付で曹長に昇進。と共にValikyries of Lindenmars隊に異動だ。
今度は貴様らが向こうでひよっ子どもをガンガンしごいてやってくれ」

 2人の軍曹は目の前が真っ暗になったのだった。

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