遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第104話 新兵と古参兵


「怖いもの知らず」という言葉があるが、こういうのは往々にして経験や知識に乏しい新人、もしくは己の力量を正しく認識できていない者に多いだろう。
 第一方面司令部直下の兵士訓練所から輸送機でVOL隊に移動してきた新兵の中にもそういう者がいた。


 輸送機は中央総司令部の宇宙港の滑走路に着陸、資材はすぐに移送用の軍用トラックに載せ替える作業が行われた。そうしてこの野営演習を行う重装機動歩兵部隊もトラックに分乗した。
 一方、新兵らは別個に地下鉄でターミナル・ビルに移動、入管手続きを済ませ、その後は管理棟の人事部に寄り異動着任手続きを行ったのである。その後総務部の装備局へ行き部隊章を受け取ったのだが、ここで1人「やらかした」のだった。

 1人1人窓口で姓名と認識番号を告げ係官から部隊章を手渡された。
 それ受け取った1人が、受け取り後小さく呟いたのである。

「こんなもの、まとめて配ればいいじゃん……」

 さして大きくもない声だったが、係官が地獄耳だったのか、かなり騒々しいフロアであったにも関わらずそれを聞き咎めた。

「おい、貴様!」

 両腕に伍長の階級章を着けた中年男性は、自分の娘のような若い新兵に向かって野太い声で言ったのである。

「今、何と言った?」

 その声に驚いて呟いた新兵が振り返った。
 そうして伍長の鋭い視線にたじろぎつつも背筋を伸ばした。

「あの、いえ……」

「部隊章が『こんなもの』か。
 どこのお偉いさんだ、貴様?」

 伍長の言葉に背中を冷たい汗が流れた。だけでなく、窓口となるカウンターの奥、装備局のオフィスの誰もが立ち上がり自分を睨んでいたのを見て体が震え出した。

 伍長は端末のモニタに視線を落とした。その名前を確認したのである。そうして顔を上げて言った。

「貴様のことは上司に報告しておく」

 その言葉に新兵の顔が蒼白になった。
 伍長はさらに言う。

「そんなところで立ち止まるな、失せろ」

 怒鳴るのでもなければ大声でもない。ただ非常に冷たい声だった。

 新兵は泣きそうな顔で敬礼をすると足早にその場を去った。
 そうしてフロアの片隅で泣き始めてしまったのだった。

 それを一瞥した伍長は引率の教導隊軍曹に視線を送った。すると軍曹は満足そうに小さく頷いた。「よくぞ言ってくれた」と。

 教導隊の軍曹は泣いている新兵の元へ進むと、訓練中の怒鳴り声からは想像もつかない静かな声で新兵に向かって言った。

「オマエのようなひよっ子にはわからんだろうが、イステラ軍で部隊章を持つ部隊に所属するのは、全将兵を併せた1%の中の、さらにその数%に満たない。そんなところに新兵の分際で配属となったのだ。周りからどう思われているか考えろ。
 ただでさえオマエが言ったのは部隊章に対する冒涜に近い。軍法会議ものだ。
 少なくとも、ここが酒場かなんかでなかったことに感謝しろ。そうだったら、今ごろオマエは親兄弟でも見分けの付かない顔貌にされているぞ?」

 それを聞いて新兵の顔が余計に歪む。

「イヤだったら今直ぐ除隊しろ。悪いことは言わん、それがオマエにとって最善だろう」

 軍曹はそう言うと、またカウンターの方へ戻り他の新兵の部隊章受け取りを注視した。

 泣いている新兵の周りにはやはり部隊章を受け取り終えた新兵が集まっていた。

「ばか! 本当に口が軽いっていうか、お調子もんなんだから!」

「そうよ! すぐに謝ってきな!」

「そうそう。あんだけ苦しい訓練を生き残ってきたんだよ? 今辞めてどうするのよ!」

 口々に言われ軍服の袖で涙を拭うと軍曹の元へと駆け出した。
 そうして軍曹の脇で立ち止まって敬礼しようとすると言われた。

「順序が違う」

 そこでハッとした新兵は先程の伍長の元へと駆けていき、受け取りに並ぶ列の脇で直立し敬礼した。

「申し訳ありませんでした!」

 伍長は底意地の悪い人物ではなかったようで、作業の手を止めると新兵に向かって諭すように言ったのである。

「部隊章を軍服に着けられることを誇りに思え。だが、驕るな。わかったか?」

はい(イェッサー)!」

 そこで伍長は少し頬を緩めた。

「よろしい。行ってよし!」

 そう言って敬礼を返したのである。


 そんな一幕を演じた後だったので新兵たちは至極神妙にしていた。

 管理棟から基地内巡回バスに乗っている間も、VOL隊本部となる消防機庫に到着してからも、
特に消防機庫は外観は古く薄汚れている上に部隊名は手書きである。それに対しても何も言わず、いわば借りてきた猫だった。

 新兵らが機密パックを引きずりながら消防機庫に入っていくのを離れたところで見ていたレイナートが呟いた。

「いよいよだな……」

「いよいよですね」

 ナーキアスと声が重なった。
 そこでレイナートは残念そうに言った。

「貴官にも部隊に来てほしかったんだが、あいにくと……」

 ナーキアスは笑顔で答えた。

「ええ、できればそうしたかったのですが残念です」

 それを聞いていた背後に控えるモーナが内心呆れている。

―― まあ、いけしゃあしゃあと……。もっとも司令は本気でしょうけど……。

 とりあえずモーナは何も言わず、大人の対応に徹したのだった。


 消防機庫の1階、元々の消防車の駐車スペースに簡易デスクと端末が置かれ新兵らの着任申告が行われている。新兵が姓名と認識番号を告げ、名簿と相違ないかをVOL隊の先任がチェックしている。
 受け付けが済んだ者は端の方で所在なさげにしている。
 まだ部隊司令に着任報告をしていないのであるから、フラフラしていたら何を言われるかわからない。と言って、なにせ小さな消防機庫である。見るものなどないに等しい。
 結局「追って別命あるまで待機」状態だった。

 そうして新兵の異動手続きがちょうど終わったところで端末から顔を上げたビーチェスが突如大声を出した。

「総員、整列!」

 訳がわからぬまま急いで整列する新兵ら。
 すると、その脇を通り過ぎてレイナートが新兵らの前に立った。その少し後ろにモーナが控える。

 一斉に緊張が走る。
 部隊に唯一の男性は司令たるフォージュ中将ただ一人だと知っているからである。
 それは引率の軍曹とて同じ。レイナートの正面、新兵らを背後に従えた軍曹が姿勢を正した。

「総員、気を着け! 司令閣下に敬礼!」

 ざっという音とともに姿勢を正す新兵たち。
 さすがに訓練を終えたばかりでいささかぎこちないが、それが逆に初々しさを表しているとも言えた。

 敬礼を返しながらレイナートが穏やかな表情を見せると軍曹は少し頬を赤らめた。新兵らに背を向けているから気づかれなかったが、見られていたら何と言われたことだろう。
 だがそこで舞い上がるほど軍曹もヤワではない。

「第一方面司令部第一兵士訓練所、特別訓練課程修了者33名、着任いたしました!」

 軍曹が報告する。
 レイナートが敬礼から直る。

「総員、直れ」

 軍曹がそう号令を掛けると背後で衣擦れの音がする。

「ご苦労、軍曹。
 総員、休め」

 レイナートが穏やかに言う。
 新兵らは足を肩幅に開き手を背後に回す。

「Valikyries of Lindenmars隊にようこそ。諸君らは厳しい訓練を終えて我が隊に配属となった。今後、様々な局面に接することもあろうかと思うが、訓練を思い出し最善を尽くしてくれることを望む。
 副官」

 そう言ってレイナートはモーナに引き継ぐ。
 新兵らは気をつけをして敬礼する。レイナートはそれに敬礼を返し立ち去った。
 新兵らはそれを目で追いたいのをぐっとこらえて前を見続ける。

 代わってモーナが前に立つ。
 軍曹が号令を掛け新兵が敬礼する。この辺り、最初のうちはどうも儀礼的になりがちだがルールは守らねばならない。
 全員が休めの姿勢を取ったところでモーナが説明を始める。

「私は司令の副官、モーナ・キャリエルです。
 ようこそVOL隊へ。
 当座の間、諸君らの任務は歩哨と給食です。歩哨に関してはエレノア・シャッセ大尉、給食に関してはアリュスラ・クラムステン大尉の指示に従うように。
 だが差し当たっての最優先事項は部隊章を軍服に着けること。
 質問は?」

 全員が無言で答えた。「質問はありません」と。

「よろしい。では解散。
 軍曹は2階に上がって下さい」

 モーナの言葉にホッとした安堵の溜息が漏れた。
 軍曹はモーナに従い階段を上がっていく。
 残された新兵にはアリュスラが声を掛けた。

「私は後方参謀のアリュスラ・クラムステン。後方部門に関する総責任者です。
 さて、全員にソーイングセットを用意しました。でも裁縫ができない者にはアイロンを用意したわ。ただしアイロンだと剥がれるおそれがあるから注意して。
 もしも部隊章が剥がれた場合……」

 そこで新兵らが息を呑んだ。

「最低24時間は営倉で過ごすことになるから覚悟して」

 それを聞いて、ではアイロンを、と申し出る者はいなかった。全員がソーイングセットを我先に受け取ったのである。このソーイングセットは簡単な繕い用にPXで受け取れるものでそれほど本格的なものではない。

 そうして軍服の上着を脱ぎ消防機庫の床の上に座り込んで、部隊章を両袖の上腕部分に縫い付け始めようとして新兵らが気づく。

「アタシ、裁縫できないじゃん!」

「アタシもよ! 裁縫ってどうやればいいの?」

 裁縫や刺繍も今では完全に趣味の領域に含まれるもので、まずは未経験というのが大半である。
 だが中には大抵1人か2人、そういうことができる者がいたりする。それが針に糸を通すところから教えるのだった。

「とにかく何箇所か縫って留めて、後はアイロンを掛けるの! そうすればアイロンだけよりマシだから!」

 そうして針で指を刺し刺し縫い付ける。

「きゃ!」

「痛っ」

 消防機庫の1階隅っこで、若い女性がチクチクと縫い物に勤しむ姿は微笑ましかった。


 するとそこへ消防機庫の前に軍用トラックが停車した。
 新兵らが一瞬手を止め、なんだろうとトラックを見つめる。するとトラックの助手席からイェーシャが、運転席側からも1人降りてくる。元々歩兵部隊にいた、というのでイェーシャに便利使いされている兵長である。

 イェーシャは手に小さな四角い包みを持ってツカツカと新兵らに近づくといきなり言った。

「アタシはイェーシャ・フィグレブ、陸戦参謀の副官。
 アンタたち、ちょっと手ぇ貸して!」

 いきなりそう言われて「?」と反応が遅れた。

 グズグズしない! と怒鳴られて全員がパッと立ち上がる。
 両手が塞がっているイェーシャはトラックの荷台の後ろのアオリ越しに顎をしゃくる。

「載ってるもん全部降ろして、あっちのスミに置いといて」

 そう言ってまた顎をしゃくって場所を示す。

「邪魔にならないように積んどいて。
 全部降ろし終わったら交代で番をして。誰にも触らせんじゃないわよ?」

 言いたいだけ言って兵長を促して階段へ向かうイェーシャである。

 イェーシャに命じられた新兵らは裁縫を中断してトラックの荷台後ろに集まった。
 荷物は荷台の奥の方に載せられているので下から手を伸ばしても届かない。そこで2名ほど荷台に上がった。そうして荷を取りやすいように端に動かす。
 載っていたのは結構な数のヘルメット、防弾ベスト、ニー・ガード、エルボー・ガードなどのプロテクター類と、大きめの細長い箱が2つ。箱の方はかなりの重さで、2人では持ち上げられず荷台を引きずって動かすのが精一杯だった。

「何これ、重い!」

「気をつけて! 2人じゃ無理よ」

 結局、1箱を4人がかりで降ろして運んだ。

 指示された1階ガレージの奥の方にまとめて置いたところで裁縫に戻ろうとした。
 するとVOL隊の部隊章と大佐の階級章を着けた中年女性が近づいてきた。そうして今降ろしたばかりの荷に手を触れようとした。

「待って下さい!」

 新兵の1人が大佐に声を掛けた。

「誰にも触らせるなと……」

 中年女性が手を止めてそう言った新兵に聞き返した。

「誰の指示かしら?」

「あの……、陸戦参謀の副官と仰る准尉殿でした」

「名は?」

「申し訳ありません……、早口で、あの、よく聞こえなくて……」

 予期せぬところに咄嗟に名乗られて聞き損じたのだった。
 新兵ら全員が不安げに注目した。

「そう。ところで私が誰か知ってるのかしら?」

「いいえ、存じません」

 新兵はおどおどしながら首を振った。

「私はVOL隊主席参謀のセーリア・リディアン。階級は見ての通り大佐よ。
 それで貴女は、大佐より准尉の命令を優先するのかしら?」

 いささか意地の悪い聞き方だった。

「それは、その……」

 新兵はどうしていいかわからず悩んだ。だがより上位の士官を怒らせたらどうなるかわからない。そこでスッと身を引いたのである。
 するとセーリアが言った。

「ダメよ。それでは落第」

「えっ!?」

「たとえ大佐に言われても、先に下された准尉の命令を優先しなさい」

 元査閲官のセーリアは教え諭すように言った。

「え、でも……」

 新兵は困惑した。だって大佐の方が上なのに、と口の中でブツブツ言った。

「貴女、私を知らないと言ったわね?」

「はい」

 蚊の鳴くような声である。

「もしもそこに置かれている物に重要機密が入っていたら?
 もしも私が、実は主席参謀ではなくて、どころかセーリア・リディアンでもなかったとしたら? 知らないんだったらわからないでしょ?
 だから例えば、もしも私が私の名を騙った敵の工作員だったら? そうして、その機密を奪われたら?
 重要機密を新兵に見張らせるなんてするはずがない、という盲点を突いた命令だったらどうするの?
 貴女は下手をすると一生営倉から出られないことになるわよ?」

 いささか大げさな言い方だが、最悪の場合それに近いことにならないとは言い切れない。

「そんな……」

 新兵が泣き出しそうになった。

「こういう場合、貴女が取るべき行動はただひとつ。 『確認を取りますのでお待ち下さい』と言うの。
 そうして実際にフィグレブ准尉に確認を取りなさい」

「でもそれじゃあ、大佐殿を待たせることになりませんか?」

 気の強そうな顔つきの別の新兵が横から口を挟んだ。

「それでも構わないわ。
 確かに高位の上官を待たせたら怒られるかもしれない……」

「そんな……」

「でも、処罰はされずに済むわ」

「……!」

「いいこと? 軍規違反は重大な罪なのよ。そうして敵前逃亡も、抗命も、脱走も、命令放棄も全部そこに含まれるの」

「はい……」

「今の場合、貴女は私からフィフレブ准尉の下した命令を停止する旨を告げられなかった。ということは最初の命令をそのまま最優先しなければならないの。もしそうしなければ命令放棄と取られても仕方ないのよ。
 さらに上位の士官から現在の任務を中断もしくは破棄を正式に命じられない限り、それまでの命令が生きているのよ。
 わかった?」

「はい」

 新兵が頷いた。
 セーリアは満足そうに頷きながら言った。

「今後、貴女たちには交代で24時間の歩哨任務が与えられるわ。
 たとえそこがどこであっても宿営すれば歩哨は必ず立てるし、宇宙港に艦艇が停泊した際の艦の昇降口にもね。
 そういった時、今のような状況が起きたら必ず確認する。これを忘れないようにしなさい。
 わかったかしら?」

「はい」

 新兵がやっと得心がいったという顔で頷いた。
 そこでセーリアがニッコリと笑いながら言った。

「じゃあ、その荷物見せてもらってもいいかしら?」

 新兵が胸を張って答えた。

「あいにくですが『誰にも触らせるな』との命令を受けております。確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 セーリアは満面の笑みを見せた。

「合格。それでいいのよ」

「ありがとうございます」

 新兵はそう言って背筋を伸ばし敬礼した。

「頑張ってね」

 敬礼を返したセーリアはそう言って階段へ向かったのである。


 階段の上からその光景を見ていたコスタンティアとクローデラが上がってきたセーリアに声を掛けた。

「お疲れ様です」

 セーリアが笑顔で応える。

「新兵に教えることは本当に多いのだけれど今うちは忙しから……。
 キチンと教えておかないコチラのせいで処分されるのはかわいそうだものね」

「そうですね」

 2人が頷いた。

「さて、面接に戻りましょうか?」

 セーリアの言葉にコスタンティアとクローデラはいささかゲンナリした顔つきで頷いたのだった。


 セーリアとコスタンティア、クローデラの3人は部隊に配備される艦の艦長希望者の面接に忙殺されていた。今の一幕はその息抜きの間のことだったのである。

 部隊を構成する6隻の艦の艦長を公募することにしたVOL隊だが、今度はいきなり申し込みが殺到した。やはり艦長という職は女性にとってそれだけ魅力だということである。

 そこで応募者多数により、3人が一次面接を行い、その結果によりセーリアと同じように課題を与えて回答させ、さらにその結果によってレイナートが最終面接を行って決定するという運びだった。
 それで3人は超高速度亜空間通信システムによって、遠く離れた応募者の面接を行っていたのである。
 ところがこれがコスタンティアとクローデラに多大なストレスを与えていた。

 セーリアは年齢的にも経験・実績からも大佐という階級はおかしいものではない。ところがコスタンティアとクローデラは、レイナート率いる旧リンデンマルス号において他の部隊では中々できない経験をさせられ、それによって大佐になっていたがこれは年齢的にも任官年度から言っても軍の歴史上最速に近いものである。
 したがって応募してきた少佐や中佐 ― 結局大尉の申込みはなかった。それは少佐でも可、としたという理由が大きい ― は自分と同期かそれよりも期が上の先輩ばかりだった。そうして、その専門知識や能力に関しては申し分なくとも、同期や歳上の先輩を面接するということには慣れていなかったのである。


『よろしくお願いします、大佐殿』

 面接開始直後の挨拶でまずそう言われるが画面の中は顔見知った中佐。それもそのはず同一士官学校同一科出身、完全な同期である。
 久々に顔を見る相手。ともに厳しい訓練を通り抜けてきたライバルであり、いわば戦友でもある。懐かしくもあるが、志願者の方は微塵もそういうことを感じさせない真剣な面持ちである。

「こちらこそ……」

 としか言葉が出ない。
 気まずさしか感じられないが、私情を一切排して面接しなければならない。

「では、まず本隊を志願した理由から聞かせてください」

『はい。小官は……』

 相手は余程入念に準備したのだろう。立て板に水のごとく己の存念を述べていく。

 同期で特に同じ士官学校だから相手のことをよく知っている。それ故評価が厳しくなりすぎるか、逆に甘くなるかで公平を保つのが難しかった。
 相手が先輩ならもっと難しい。年下のくせに上官として面接するのである。やりにくいといったらなかった。なので1人終わるごとにグッタリだったのである。
 もしもセーリアがいてくれなかったらどうなっていたことか。

 同じく部隊編成の雑務から開放されたエメネリアは、早々と対アレルトメイア戦を想定した演習計画の立案に専念できていた。それを羨ましく思いつつ面接からは中々開放されなかったのである。


 だがアニエッタはさらに深刻だった。
 本来は戦術部長経験者として艦長候補の面接を一緒に行うはずが、空戦兵 ― 要するに艦載機の搭乗員 ― の応募がごく少数のために人集めから開放されなかったのである。

 イステラ軍の艦載機は、それが戦闘機であれ攻撃機であれ、はたまた哨戒機なども複座式で2人1組のコンビで搭乗する。
 そうしてパイロットとナビゲータがともに女性とは限らない。そうした異性コンビの女性の方が申し込んでくるというのは皆無に等しかったのである。

「どうすんのよ! 空母に正規の1個大隊192機が配備されるのに、搭乗員が47組だけなんてどうにもならないわ!」

 半ば強制的に配属される旧リンデンマルス号空戦科所属のパイロットやナビゲータを含んでこの数字である。なのでまったく話にならなかった。

 何故このような事態になったかと言えば、VOL隊に男性が配属されることはない。ということは会ったこともない相手と新規にコンビを組まされるのは目に見えている。これは当事者からすれば完全に願い下げのことだったからである。

―― 知らない相手と一から始めるなんてゴメンだわ!

 パイロットとナビゲータのコンビは、同性であろうが異性であろうが、つまり性別は瑣末事で要は思考や判断、時に性格。そういった相性の善し悪しが重要なのである。
 それでもこれが既存部隊の欠員補充ならば強制であるから否やは言えない。だがVOL隊の場合、完全に本人希望なのであるから当然のこととも言えた。

 アニエッタは燃えるように真っ赤な髪をガシガシとかきむしりながら端末に怒鳴っている。

「もうこうなったら強制的に配置転換してもらうしかないわね!」

 ということでレイナートに相談、ではなく強談判したのだった。

「とにかく人事を通して異動命令を出して下さい。この際、士官学校出たてでも構いませんから!」

「そうは言っても……」

 艦載機乗りは基本的に士官学校の戦闘技術科空戦課程修了者である。これは年間3百名ほどしか生まれず、しかも全て女性という訳ではない。
 しかも必要なのは空母の艦載機搭乗員だけでなく、各艦に配備される哨戒機や探査機、連絡機などの搭乗員もだからトータルで4百人以上必要なのである。
 とてもではないが新規任官を全部回してもらっても足りないし、所詮は訓練が済んだだけの新人である。したがって直ぐには実戦部隊として計算できるほどの戦力たり得ない。

「いいですか!? パイロットとナビゲータのコンビなんて、そう簡単にうまくいくもんじゃないんですよ! とにかく『できるだけ長く一緒』に飛んで、互いの相性を確認しなければならないんです!
 1日も早く異動してきてもらって飛行訓練を実施しないと! 新兵たちとは別に訓練スケジュールを組む必要があるんですから!」

 アニエッタはものすごい剣幕でレイナートにそう詰め寄ったのである。
 だがそれこそが異動を躊躇させる理由なのだからどうしようもないことだった。


 だがこれはエレノアも一緒だった。

「まさか司令は新兵全員を陸戦部隊に押し込むつもりじゃないでしょうね?」

「いや、それはありえない」

 エレノアに問い質されたレイナートは首を横に振る。

「でしょうね。陸上でまともに訓練されてないのに強化外装甲を着用したって、宇宙で迷子になるだけです」

 強化外装甲はパワード・スーツを発展させ、文字通り強化した装備である。訓練されてない兵士がこれを身にまとっても振り回されるだけで、まともに動くことすらできずにコントロールを失い、予期せぬ方向へ進んでしまうのがオチである。

 今現在駐車場で野営テントの設営をやらされているのは第一方面司令部重装機動歩兵教導隊にしごかれている訓練兵である。だが訓練兵とは言っても少なくとも3年以上は軍役にあり、生身での格闘訓練や射撃訓練は十分に行っているから新兵とはもちろん違う。

「とにかく通常艦隊に配属している陸戦兵でいいですから必要数を集めて下さい」

「大尉、そうは言うけど、5百名でしょう?」

「そうです。どこかの部隊を丸ごと引き抜けとか、ブルー・フラッグスを持ってきてくれとは言いません。とにかく集めて下さい」

 結局レイナートはシュピトゥルス大将のもとを訪れて要望を出さざるを得なくなったのだった。


 ところで駐車場では、その重装機動歩兵訓練兵が次々とテントを立てていく。
 テントは組み立て式だがかなり大型で、地面に固定するための(ペグ) を「ペグ・ガン」呼ばれる専用の圧縮ガス式銃を用いて地面に打ち込む。これは短機関銃なみの大きさがあって、太さ3cm、長さ60cmの鋼鉄製ペグを硬い岩盤にでも打ち込める。
 このペグの地面の上に出る部分には穴が開けてあり、そこに金具を着けてロープで固定するのである。

「いいか! こういう地面に杭打ちできる機会は滅多にないんだぞ! チャンスを無駄にするな!」

 ナーキアスが訓練兵たちに大声で言う。

 ペグ・ガンはガス式なのでガス圧を調整することで地面の硬度に合わせた杭打ちが可能である。ガス圧を上げ過ぎるとペグが地面の中に潜ってしまい打ち直しになる。逆に低過ぎると後からハンマーで叩く必要がある。
 そうして演習場では土の地面でしか訓練ができないのだから確かに貴重な機会ではある。

 そうして張り終わったテント、それが宿泊用途なら空気式ベッドを、給食用なら厨房機器 ― と言っても大鍋を加熱できる調理器具 ― と長椅子・長テーブルを、厚生用は中に簡易シャワーと簡易トイレを設置していく。これらは基本仕様の状態である。
 ところが医療用の場合はいささか異なる。医療用は野戦病院として機能させるなら、本格的な手術設備一式用意するだけで3棟は必要である。だが今回はそこまでの機能は必要としない。
 この医療用は女性ならではの体調管理のための診察や薬の支給が主目的であり、また新兵らに医療補助実習を施すためのものである。
 そうしてその指導役は、旧リンデンマルス号の看護士だったアニス・ルクルス中尉である。

 レイナートが戦術研究室の室長となった時、軍医のシャスターニス・シェルリーナ軍医大佐とともに医療アドバイサーを仰せつかったが、今回は正規にVOL隊に配属となり、看護士長を拝命したのである。

「また閣下の下で働けることを誇りに思います」

 そう言うアニスの表情はこれでもかというほど嬉しそうで、誰もがひと目でその真意が手に取るようにわかるものだった。

―― アニス、オマエもか!

 と、モーナは心の中で溜息を吐く。

―― でもシャスターニス先生よりはマシか……。

 シャスターニスは部隊に配備される後方支援艦の病院部門の責任者として配属となった。
 もちろん本人が希望を出したのである。

「当たり前でしょ。艦長(レイナート)行く所シャスターニスあり! よ」

と、嘘か本当かはわからないが、そういうことを言ってレイナートの頭を抱えさせたのである。

「でも、いいんですか? 軍大学校医学部の方は?」

「あっちは後輩に押し付けてきたわ」

 いけしゃあしゃあとそういうことを言うシャスターニスである。
 ただし、その実力の故に、力強い存在であることは確かだった。


 イステラ軍の通常艦隊は6隻の戦闘艦で構成されるが、その各艦に軍医と看護士が乗艦している。これは部隊に病院船が随行しない場合の負傷や急病に備えてのことである。
 しかしながら軍医も看護士も育成に時間が掛かるし、望めば誰でもなれるという訳ではない。したがって当然貴重な存在である。
 故に1個艦隊の全艦に乗せるというのは現実的には難しく、1個艦隊あたり精々軍医3~4人、看護士10人前後に留まっているのが現状である。

 ところがVOL隊には本格的な病院機能を有する後方支援艦が配備される。そこで各艦の医務室には看護士だけを置き、軍医は後方支援艦の方に3名乗せるという新たな試みが取られることになっているのだった。
 シャスターニスはその筆頭として乗り込むのである。

「ただ、残念なことに、いつも艦長(レイナート)と一緒にいられないのがね……。
 そうだ! ワタシだけ旗艦に配属にしてもらえないかしら?」

 と言うシャスターニスに対しコスタンティア以下全員が首を横に振ったのである。

「絶対、ダメです!」

 そうしてその光景を眺めつつ、やはり心の中で溜息を吐くモーナなのであった。

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