遥かなる星々の彼方で

Valkyries of Lindenmars
リンデンマルスの戦乙女たち

R-15

第106話 食事会にて


 VOL隊の正式発足から早3ヶ月。その間に空母や巡航艦も配備され、いよいよ艦隊としての体裁が整い始めていた。部隊に志願した者たちも続々と集まってきているし、半ば強制的に異動となった艦載機の搭乗員や陸戦兵も渋々ながらも異動してきている。

 そうして艦長に採用された佐官たちもである。彼女ら6人 ― 中佐3名、少佐3名 ― は厳しい競争を勝ち抜き、並々ならぬ意気込みを以って着任してきたのだった。
 この内、旗艦艦長に就任が決まっているレイシェス中佐と後方支援艦艦長が予定されているクロライネ少佐の2名は、搭乗する艦の配備が遅れているため本部でいまだ待機中だった。

 他の4名、シェテンティ中佐、メイダ中佐、ノニエ少佐、コッテシア少佐はそれぞれの持場となる艦に乗り込み、新任艦長として早速職務を開始したのである。
 ところがこの4人、こぞって冷水を浴びせられたような、名状しがたい精神状態に叩き落されてしまったのだった。


 新任艦長の6人はいずれも士官学校を出て宇宙勤務を経験している。まあ、それが条件であったから当然といえば当然だが、異動して来る前は地上勤務だった。全員が方面司令部の参謀本部もしくは作戦部にいて、部隊運用の地上士官として任務を遂行していた。
 中佐たちは、いずれも以前の宇宙勤務において少佐になった。
 宇宙勤務には定年制度があるから、先任が地上に降りた後は、後釜としてそのポジションに収まるはずだった。ある者は艦長、ある者は艦隊参謀として。だが軍は女性をそのポジションにつけることを望まない。だからそれに相当する地上の職に「栄転」したのだった。
 だがそれに満足できずにVOL隊を志願して採用されたのである。

 そうして意気揚々と職務を開始したが、直ぐに艦内の微妙な空気に気づいた。
 自分は歓迎されていない。そうとしか思えないものだったのである。

 前の職場を離れる時には皆が激励して送り出してくれた。ところがこちらはどうだ。艦隊司令を始め参謀たちも歓迎してくれた。なのに艦の乗組員たちは違ったのである。

―― 何故なの? 私の何が問題だというの?

 艦長らは困惑した。
 もちろん艦長としては駆け出し、というよりも未経験で至らぬ点が多いのはわかっている。だからこそ真摯に部下たちと接触を持ち、その言葉に耳を傾けている。だが部下たちの態度はとにかく微妙だった。

 その理由がはっきりしたのは、部下らが陰で話していたことを耳にしたからである。

「やっぱり艦長は経験豊富で実績のある人がいいわよね」

「そうよね。新兵を山ほど抱えて、艦長まで新人じゃあ、艦の運用なんて上手くいくはずないじゃない」

 女性だけで構成される部隊なのだからそれは言っても詮無きことである。だがそれでもそう言う言葉が出てしまうほど、中堅どころの兵士らはストレスに悩まされていたのである。


 VOL隊に集まった兵士も、新兵以外はいずれも宇宙勤務の経験がある。しかもつい最近まで別の艦隊に勤務していたとか、地上勤務に移ってまだ日が浅いなどである。
 その彼女らも新たな職場で、新しい同僚と一から関係を構築するということをしつつ、新たな職務に慣れるということを迫られていた。
 これが同型艦の同職からの異動だったらさしたる不便はなかった。新たな同僚との連携を考えるだけでいい。
 だが艦が変われば同じ職務でも微妙に変わる。それは機器の操作や、それこそ艦内の配置から何から似て非なるものなのである。
 その上に新兵の指導をしなければならないのであるから気の休まる間がなかった。

 しかも地上においても3交代勤務が実施されている。確かに娯楽施設のある厚生棟は24時間利用が可能だが、宇宙港から中央総司令部基地まで異動しなければならない。ところが基地と宇宙港を結ぶリニア地下鉄は無人で走らせるのは意味がないとして本数が限られている。3交代勤務の切り替え時の30分間だけ10分おきに走るが、それ以外は1時間半から2時間に1本しかないのである。息抜きのために遊びに行っても地下鉄の時間が気になって仕方がない。
 さらに艦から外へ遊びに出る度に男性用ゴム製避妊具まで渡される。これはこれでイヤなものだった。

「まだ前のがあるから要らないわ」

 というのは何だか自分が魅力のない女だと言っているみたいで癪に障る。
 かと言って毎回受け取ったら「好き者」または「遊んでる」下手をすれば「淫乱」と思われかねない。だけでなく医監部から「強制的に」妊娠検査を受けるように命じられてしまう。

「冗談じゃないわ!」

 宇宙勤務者の妊娠が大問題になるのはわかっている。だからといって一律で配布する必要はないとしか思えない。だが「必要な者は申告せよ」とされたら言い出しにくいのも確かである。

 そういった、公私共にストレスの溜まる状況下である。そこへ「使えない」上司にやってこられたのだから堪ったものではない。
 どうしても部下たちの態度はよそよそしいのを通り越して冷淡なものに近くなってしまったのである。


 これは意気込んで着任してきた新任艦長らを大いに傷つけたのである。
 それは確かに、自分だって上官は有能で経験豊富、実績のある人がいいに決まっている。だが誰にでも始めてはあるのだ。どうしてそれに協力しようとしないのだ。配慮しようとしないのだ。
 なまじ優秀なエリートだけにプライドを傷つけられ面白くなかったのだった。
 それ故、段々ヒステリックになっていくか、はたまた陰鬱に落ち込んでいくかの2通りに分かれてしまったのである。


 そうして着任して早3週間、もう既に部隊内には軋轢のようなものが生まれ始めてしまっていた。
 そんな矢先レイナートが新任艦長たちを歓迎する食事会を催したのだった。

 本来ならばもっと早くに開きたかったのだがあいにくと食堂の個室が取れなかった。それ故のことだった。レイナートは会場を本部棟将官用食堂の個室に選んだのである。
 レイナートは将官で、VOL隊の参謀は佐官に尉官までいる。したがって本来だと同じ食堂で一堂に介しての食事はできない。それが可能なのは基地外の民間のレストラン、もしくは宇宙港の一時宿泊者用施設のレストランだけである。
 だがどちらも躊躇われた。宇宙港の施設では個室が選べないし宿泊者が優先される。
 一方、民間のレストランならそういう問題はクリアできるが、セキュリティ・マネジメントに引っかかる。すなわち部隊の中枢を担う重要人物全員が基地の外の民間施設で食事をする、というのは保安上または機密保持の観点から好ましくないとされているのである。
 ということでレイナートは将官用食堂の個室を申請した。その許可を得るのに2週間以上もかかってしまった、というのが真相である。


 そうしてここでの食事に際しレイナートは参加者に準第一種正装を命じた。何せ、本来将官用の食堂、しかも人数が人数だけに個室の中でも大きい部類に入る特別室を選ばざるを得なかった。そこで一応、敬意を払わせるということでそうしたのであるが、当初は第一種正装にしようとした。だがこれは皆の反対にあって撤回したのだった。

 ところで第一種正装といってもイステラ軍の軍服には取り立てて「儀典用の礼服」というものはない。なので通常の軍服を着用するのだが、男性の場合はショートブーツではなく革の短靴を、女性はスラックスではなくスカートにパンプスを着用することとされる。
 これで制帽を被り、飾緒(モール)に、あれば勲章を着ける。これが第一種正装である。
 そうして「準」という場合は飾緒と勲章を省くのである。

 大雑把に言うとイステラ軍の飾緒は艦長なら白、参謀なら赤というように、各職種を示すスカーフと同様の色をしている。ただし将官だけはその職にかかわらず金糸のものである。
 そうして下士官用、尉官用、佐官用は編んである紐の太さが異なる(兵用の飾緒はない)ので、例えば参謀職にある佐官であるとか、管理部門の尉官であるとかが一目でわかるのである。

 それから勲章。これも第一種正装の時には必ず着ける。
 イステラ軍の勲章は大きく分けて上から旭光章、重光章、単光章に分かれ、それぞれ大、中、小の綬章ランクと、さらに別に星十字章という徽章がある。
 ちなみにレイナートはこの内の3つ、単光小綬章、重光小綬章と単光大綬章を得ている。
 単光小綬章は新任の時、RX-175基地の警備艇でエメネリアの乗った民間船 ― というのは疑わしいが ― を追い回す海賊船を捕らえたことで。
 単光大綬章の方はTY-3051基地救出に際しアレルトメイア艦隊と遭遇、これを撃退した功で、重光小綬章の方は回廊制圧戦で艦を失うほどの奮戦を見せたという功によってであり、実は旧リンデンマルス号の乗組員全員が同じものを得ている。
 あとは士官学校卒業の証である一般星十字章だけである。したがって第一種正装の時のレイナートの左胸は将官としては甚だ寂しいものである。
 かえってコスタンティアやクローデラのような旧リンデンマルス号乗組員は武功によって、セーリアや艦長たちは女性であることの故に重要職に就けないことを誤魔化すため、叙勲がなされたこともあって単光章を幾つかに重光章も得ており、レイナートより余程偉そうに勲章が並ぶのである。

「まあ、私の場合は大佐まではろくな功績がなかったからね」

 レイナートはそう言って苦笑いする。
 否、全く功がなかった訳ではない。ただそれを軍がひた隠しに隠したという事情の故に叙勲もなかったのである。

 なのでセーリアを始めとする参謀や艦長たちは第一種正装をやんわりと断った。司令よりも華々しく勲章を下げる気にはならなかったからである。
 もっともエレノアなどは第一種正装の堅苦しさを元々嫌っており、それが一番の理由だったが黙っていた。また「陸戦参謀は銃を置いていくように」と言われ、それも面白くはなかったが。

 そうして食堂にやって来た面々、受付で名を名乗りセキュリティチェックを受けてから奥に通される。ちなみに将官のレイナートにはセキュリティチェックはない。受けるのは佐官と尉官だけである。

 将官用食堂の個室ということで内心ワクワクしていた女性たち。中に入った瞬間に言葉を失った。それは高級レストランの特別室にも匹敵する設えだったからである。

 ぼうっと立ち尽くす女性らをレイナートが促した。

「諸君、着席しましょう」

 部屋の奥、一番の上座となる席にレイナートが進むと給仕を務める下士官がすっと椅子を引く。そうしてレイナートが腰掛ける動きに合わせ椅子を動かす。給仕は5人。それが次々と同じような洗練された動きを見せる。
 細長いテーブル、席は奥から階級順。レイナートの右側にセーリア、以下クローデラ、レイシェス、シェテンティ、アニエッタ、クロライネ、エレノア。
 一方左側にはコスタンティア、エメネリア、メイダ、モーナ、ノニエ、コッテシア、アリュスラである。
 セーリアを除くと皆ほぼ同世代。一見すると同期会に見えなくもないが、それでは使用許可は降りない。あくまでも新設特務部隊の発足記念という名目 ― 実際その通りなのだが ― で申請を出し、許可されたのである。

「お飲み物は何になさいますか?」

 給仕役の兵長がレイナートに尋ねた。レイナートは事前に了解を取っていたから即座に答える。

「シャンパンを全員に」

「かしこまりました」

 給仕は頭を下げて下がっていく。

 やがてワゴンの上に大型のシャンパンクーラーを載せて給仕が戻ってくる。「ポンッ」「ポンッ」と心地よい音とともに栓が開けられ、卵型のシャンパングラスに注がれる。最早クープグラスやフルートグラスをシャンパンに使う時代ではないから当然のこと。
 全員にシャンパンが行き渡るとレイナートがグラスを取った。

「それでは乾杯しよう」

 レイナートが座ったままなので誰も起立せずにグラスを取った。

「改めて着任してきた艦長たちを歓迎するとともに、部隊の今後の成功と発展を願う。
 乾杯」

 レイナートが静かにグラスを少し持ち上げると、皆がそれに倣う。

「乾杯」

 生まれながらのお嬢様であるコスタンティアや、それこそ元皇族で高位貴族のご令嬢だったエメネリアなどグラスの持ち方さえもが優雅で美しい。一般庶民の代表のようなアリュスラやエレノアは横目でそれを見ながら真似をしている。

 乾杯が済むとまずは前菜、アペタイザーとして1プレートにエスカルゴ、フォアグラのキャビア載せ、生ハムとメロンが載った皿がそれぞれの前に並ぶ。
 女性らの顔から思わず笑みが溢れる。

 今回の食事代はもちろん公費からは出ない。レイナートのポケットマネーであるが、それは誰にも告げていない。
 将官が将官用食堂を昼食時に普通に利用する場合は食事代は請求されない。もちろん食事は佐官以下に比べればかなり豪華だが、それでもコース料理という訳ではない。
 ただし個室を利用しコース料理を注文すれば、それは当然ながら、公務での使用という範疇を逸脱すると見做されるのである。
 しかしながらセキュリティや保安上の不安無しで、ゆっくりと会話を楽しみながら食事するというのは、なかなか民間のレストランでできるものではない。
 したがって基地の将官用食堂個室は利用希望者が多く、思うようなスケジュールで利用できないというのがネックである。

 料理は前菜から美味でスープもサラダも申し分ない。その点はいいのだがどうも話題に乏しく場の雰囲気が暗かった。新任艦長6人の表情が明らかに冴えなかったのである。

 参謀たちはその理由についてはおおよそ掴んでいた。
 既に到着している艦では乗組員が習熟作業を進めている。ところが疑問点があると何故か参謀らに問い合わせてくるのである。

『ここの操作なんですが……』

 殊に船務部門の計器や機器は専門知識を要するものばかりである。それがわからないとなるとクローデラに聞きに来るのが多いのである。

 確かに部隊に配属された艦は旗艦を除くと現行艦、ただし旧世代艦である。
 現行のアレンデル級戦艦は後期改良型だが、もう既に最新鋭のコリトモス級戦艦の前線配備は始まっており、アレンデル級とコリトモス級の比率は7:3にまでなってきている。
 これらは同じ戦艦とは言いながら、その装備や機器の操作方法は微妙に異なる。したがって異動してきた兵士ら、それこそ他の艦隊からの転属であっても習熟作業は必須なのである。

 戦闘艦の調達には莫大な費用と時間を要する。
 現有艦隊の戦艦の全てがコリトモス級に切り替わる時には、アレンデル級は後期改良型でも旧式すぎて実用に耐えないということが予想される。
 また最初に投入されたコリトモス級も老朽化するし、コリトモス級自体が改良を必要とするようにもなっているだろうという予測も成り立つ。
 そこでさらに最新鋭戦艦を開発し実戦に投入することが求められている。
 すなわち軍の装備は常に新型の開発が進められており、目標とする用件を満たすに至れば連邦最高評議会の審理を経て量産化が進められるのである。
 VOL隊に課せられた任務の内最大のものは、最新鋭次期主力艦リンデンマルス級戦艦の実地運用試験であり、これは今後のイステラ連邦全体の国防計画にも関係する重大な任務なのである。

 ところが部隊が本格稼働する前から既に問題化しかけている。
 どうすればいいのか?
 参謀らも頭を悩ますが、新任の艦長らが艦長未経験なのは確か。それを言えば自分らが当初艦長とされた時も同じだったはず。だがあの時はまともに部隊員すら集まっていなかった。だからもしかしたら自分たちでも同様の状況になっていたかもしれない。
 それを考えれば、どうにかしたい、してあげたいと思うのだが、何も妙案は思いつかないでいたのである。


「司令は辺境基地勤務から輸送艦の艦長になられた訳ですが、就任直後はいかがでした?」

 微妙な空気を打ち破ったのはモーナだった。

「困ったりとか、悩んだりとかありましたか?」

 突然の質問にレイナートが面食らう。

「……それはまあ、当然あったよ。私は士官学校を出ているとはいえ一般科だったから……」

 モーナの問にレイナートは静かに話し出した。

「一般科はとにかく広く浅くだから、艦長を務めるには足りない物、知らないことが多すぎた。 特に私はその年に新規任官したばかりだったし」

「新任の年に大尉になられたんですよね?」

 シェテンティ中佐が確認してきた。実は彼女、レイナートやコスタンティアと同期である。

「そうですね。そういうことになります」

「事情を伺ってもよろしいでしょうか?」

 自分よりも成績が下だった一般科の候補生が、今では自分の上司。しかも階級が4つも上。ということになれば、かつてのコスタンティアのように当然納得できないものがあってもおかしくない。

「話すと長くなりますけど、要するに手違いと秘密主義との産物です」

 レイナートは苦笑しつつ言う。

「……、あの、どういうことでしょうか……?」

 さらなる問にレイナートは言った。

「某国の皇女である中尉を載せた民間船を、たまたまその時私が艇長をしていた警備艇が捕捉しました……」

 レイナートはエメネリアをちらりと見た後、かいつまんで経緯を説明したのである。

「……とまあ、そういう訳で私は大尉になり、RX-175基地司令は中尉が相当職なので私はそのままでは勤務させられないということで、またまた、たまたま空きのあった輸送艦の艦長職に押し込まれた訳です」

 レイナートは淡々と語っていく。

「まあ、定期航路の輸送艦の艦長なんて、こう言っては何ですが、することなんてありません。でも形式上、指揮官が命令を出さない限り何事も始まりませんが、それだって必要最小限度で済んでしまうんです。
 だからお飾りの艦長でも済んでしまうんで、一般科卒業の新任大尉に任せたのでしょう」

 レイナートは自嘲的に笑う。

「輸送艦の艦長なんて、実際には何か問題が起きた時に詰め腹を切らせるための要員ですからね」

「そんな……」

 一様に不満の声が出る。その輸送艦の艦長だって女性にはほとんどなれる機会がないと言うのに……。


「皆さんは聞いたことはありませんか? 士官学校出の新任の少尉は現場の下士官や兵にいじめられることが多いって」

 誰もが無言で頷いた。この場の全員が多かれ少なかれそれは経験していた。しかも女性であるから尚の事、とも言えることもあった。

「軍隊という組織は階級が全てです。絶対に階級が上の者には逆らえない。
 だが現場で叩き上げた人間には、名前ばかりの上官よりも仕事ができるという自負がある」

 レイナートは水の入ったグラスに手を伸ばした。アルコールがほとんど駄目なレイナートは、最初のシャンパンを一口だけでもう赤い顔をしていたのである。

「だから私は、歳上で経験豊富な部下に頭を下げて色々と教えてもらいました」

「頭を下げて……」

「そうです。
 確かに私はお飾りで、いわば必要のない人間でしたけど、それに甘んじられるほど人物もできてなかったので、積極的に教えてもらうことにしたんです。わからないこと曖昧なことは徹底的にね」

 レイナートは再び水を飲んだ。
 酔いが回っているせいかいささか饒舌になっていた。

「誰もが私を初めはバカにしました。『士官学校を出てるくせにそんなことも知らないのか』ってね。
 ええ、知りませんよ、一般科卒ですから。
 でも操艦だけじゃなく主計も何もかも、基礎的なことは幅広くやってましたから、要するに守備範囲の広さだけは認めてもらえましたね」


 そこでレイナートはふと話題を変えた。

「大昔の女優だった人の言葉にこういうのがあると本で読んだことがありました。
『私の最大の願望は、いわゆるキャリアウーマンにならずにキャリアを築くこと』
 皆さん知ってますか?」

 誰もが首を横に振った。

「でしょうね。400年位前の人の言葉らしいから。
 当時はまだ女性の社会進出が遅れた時代だったらしいです。そこで社会に出て仕事を持つ女性を『キャリアウーマン』と呼んだらしいです」

「何ソレ? 変な言葉ね」

 アニエッタが素直な感想を述べた。

「まあ、今とは時代が違う、と言ってしまえばそれまでですが……」

 しかし女性らは微妙な顔をしていた。
 今もそれほど変わっていない、と……。

「それで、私もこれを実践することにしたんです。
 要するに体裁とか見てくれとか、そういうことは一切気にせずに、己の為すべきを為すことに徹することにしたんです。それで部下に頭を下げて色々と教えを請うた、ということです」

 レイナートの言葉にシェテンティ中佐が更に疑問を口にする。

「でも、その……、いやじゃなかったですか? 部下に頭を下げるなんて?」

 だがレイナートは穏やかな表情を見せるに留まり何も言わなかった。
 そこでアリュスラが言葉を添えた。

「もしも中佐が士官学校出身者の『プライド』のことを仰ってるのなら、一般科出身者には大したことじゃないですよ? 候補生時代、ほとんど無視されてましたし、一般科候補生のプライドなんて専修科候補生からしたらお笑い草でしたから」

 いささか毒を含んだアリュスラの言葉に女性たちが一瞬息を呑んだ。
 士官学校の専修科候補生にとって一般科候補生など存在しないに等しい。何せライバル足り得ないのであるから。
 アリュスラの言葉は耳の痛いもので、確かに自分らもそうしてきたのではなかっただろうか。

「任官してからだって専修科出身者は確かにエリート扱いでしょうけど、一般科なんて叩き上げに毛の生えた扱いですよ? いえ、叩き上げてない分、扱いはもっと低いかもしれない」

 この場で士官学校での軋轢を持ち出されたことに全員が戸惑いを隠せなかった。
 そこでレイナートがようやく口を開く。

「別に専修科だの一般科だのといったことは関係ないと思いますよ。
 要するに断固たる決意が持てるかどうかではないでしょうか?」

「断固たる決意?」

「そうです。己の職務を全うし、職責を果たす。
 なんとしてもこれを為そうという気持ちがあれば、必要とあらばいくらでも人に頭も下げられる。違うでしょうか?」

 確かにそうかもしれないが、やはり部下に頭を下げるということには、プライドが邪魔をしそうだと誰もが思えた。

「確かにクラムステン大尉の言う通り、一般科候補生はプライドを持たない、というか持てないようにされてるからかもしれませんけど」

 エキスパートになれない何でも屋を育てる所。それが士官学校本科一般科である。「その道のプロ」からは見下されることに候補生時代から慣らされているのが実情である。

「でもそれからすると、司令はスゴイですね。一般科出身なのに艦長として経験豊富で今度は部隊司令ですもの」

 コッテシア少佐が純粋に賞賛の目で言った。

「どおりで第七の470期は他とまるっきり違うということが、司令にお会いしてよくわかりました」

 コッテシア少佐は納得、というように言う。

「そうか、貴官も第七士官学校でしたね?」

 レイナートに尋ねられるとコッテシア少佐はニッコリと頷いた。

「そうです。司令の1期下、第471期戦術作戦科です。
 士官学校時代、何度かお見かけしたこともありましたけど……、覚えていらっしゃらないでしょうね?」

「申し訳ないですね。生憎とまったく……」

 申し訳なさそうに頭をポリポリとかく。
 それを見て微笑みつつコッテシア少佐はさらに言う。

「他でも大抵はそうなんでしょうけど、専修科候補生と一般科候補生の間には完全に溝があってまったく交流がなかったですからね、特にあの当時の第七は……」


 そこでコスタンティアは、今回の艦長公募に際して、第七士官学校第470期組からの応募が一切なかったことを思い出した。

―― つまりそういうことだったのね……。

 自分より下と思っていた一般科が自分の上司となる。それがイヤで申し込まなかったのだろうと推察できた。

「任官後も第七の、特に470期組は一般科出身者を無視する傾向が強いと、前の部署においても問題になってましたし……」

 コッテシア少佐が言う。

「何故だろうと思っていたのですが、それは司令が理由だった訳ですね?」

 レイナートが苦笑した。

「それはどうでしょう……」

 だがそこで今度はコスタンティアが口を挟んだ。

「きっと少佐の言う通りだと思いますよ。司令は存在するだけで波風を立たせる人ですから……」

 突然の言われ様にレイナートが唖然とする。

「大佐?」

「私も同じ470期組の1人として、司令に初めてお会いした時は信じられなかったから……」

 史上初の連邦宇宙大学2年スキップ卒業、他を突き放しての士官学校主席卒業。いわば生きた伝説とも言えるコスタンティアが言う言葉には説得力があった。

「どうして私よりも3階級も上なの!? ってね。一時は転属を願い出たくらいです」

「そうなんですか?」

「ええ。
 でも結局転属願いは取り下げましたけど……」

「どうしてですか?」

 コッテシア少佐の問にコスタンティアは熱のこもった目をレイナートに向けて言った。

「だって転属を願い出た時は浅はかでまったく何もわかってなかったけれど、日々の采配を見て、ずっと司令の下で働き続けたいと考えを改めたからです。できることなら一生、公私共に……」

 じっとレイナートを見つめながらそう言ったのだからたちまちその場が騒然となった。

―― ちょっと、今ここで宣言しちゃうわけ?

 モーナが呆れた。

 コスタンティアがそういうことを言い出せば、当然、クローデラやエメネリア、アニエッタだって黙ってはいられない。

「さすがに作戦参謀、油断できない(ひと)だわ」

「ホント。油断も隙もないわ」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」

 新任の艦長たちの歓迎会のはずが、彼女らをほったらかしにしてレイナートへの熱い思いを口に出す参謀ら。セーリアと艦長たちはもちろん、給仕としてその場に控えている下士官までもが唖然としている。

―― まったくもう、サカリがついた猫じゃないんだから!

 モーナは吊り目をさらに釣り上げてその場を睥睨していた。

―― まあ、でも、シャスターニス先生がいない分だけマシね。

 本来はシャスターニスもこの場に呼ばれるはずだったが先約があって来ることができなかった。それは連邦宇宙大学医学部病院からの執刀要請だったのである。


 連邦宇宙大学医学部の名誉教授の来訪を受けたシャスターニスは驚きを隠せなかった。名誉教授ともあろうお方がわざわざ自ら足を運んできたからである。

「久しぶりだね。どうかな、軍の方は?」

「ご無沙汰してます。ええ、まあ、ボチボチと……」

「君のように優秀な人に抜けられて脳神経外科の医局はてんてこ舞いしとるよ」

「恐れ入ります」

 随分と殊勝な態度を見せているシャスターニスだったが、内心では舌を出していた。

―― あんな魑魅魍魎が跋扈する所から抜け出せて言うことなしなんだけど……。

 学内の派閥や権力争いに嫌気が差して大学病院を辞めて軍に入ったシャスターニスである。
 軍内部にもそういったことはあるのだろうが、軍医として現場に出ている分にはそういうこととはまったく無縁で過ごせている。

「ところで、今日やってきたのは君に診てもらいたい患者がいるのだ」

 そう言って名誉教授が資料をシャスターニスに渡した。
 受け取ったシャスターニスが中を改める。
 レントゲン写真、各種検査報告書。その中を精読したシャスターニスがポツリと言った。

「連邦広しと言えども、これが切れるのは私だけですね」

 聞き様によっては傲慢とも、驕っているとも取られかねない言葉である。だが名誉教授は非難することもなく、どころか大きく頷いた。

「そうだ。医局内全員の意見がそうだった。
 どうだろうか、やってはくれないだろうか? もちろん軍の方へは大学側から正式に要請を出す」

 そうして連邦宇宙大学医学部長と附属病院長の連名で軍大学校医学部に正式要請が出され、シャスターニスが執刀医として手術を担当することが決まったのである。

 これは連邦宇宙大学医学部や軍大学校医学部のみならず、士官学校の医科候補生、さらに国公私立の大学医学部や大学病院、更に脳神経外科のある国公私立病院の全てに、超高速度亜空間通信によって手術が公開されることになったのである。
 したがってこちらの方は日程を動かすことがまったくできなかった。

 といって歓迎会の方もようやく個室の予約が取れたのであって変更ができなかった。

「もう、残念……」

 シャスターニスがむくれた。

「でもスゴイじゃないですか、先生!」

 やはり「神の手」の異名は伊達ではない、ということだった。

「ねえ、艦長。なんなら特等席を用意しますけど?」

「いや、それは……」

 手術を見学しないかと誘われたレイナートだが、それは丁重に辞退した。
 血を見た程度で卒倒するほどヤワではないが、頭蓋骨を切り開き大脳が見える状態にして患部を切り取る、というのを見たいとは微塵にも思わなかったからである。


 それはさておき、個室内は最初とはうって変わって騒がしくなってしまっていた。
 参謀たちは恋の鞘当てに忙しく、艦長たちの方はと言えば、これまたレイナートに興味津々になってしまっていたのである。

―― だって「伝説の女性」が想いを寄せてるんですもの。

 この場のほぼ全員が優秀な成績を修めて士官学校の戦術作戦か、もしくは航法科を出ている。
だがコスタンティアに匹敵するものは1人としていなかった。

 士官学校では女性であることを理由に優遇されたり、大目に見てもらえるようなことは皆無である。

「敵は性別を考慮はしてくれない」

 その理由の故にである。

 図上演習、航路計算、情報分析といった、完全に頭脳項目であれば他を寄せ付けなかった女性たちだが、体力勝負の野戦行軍や白兵格闘戦、さらに実機飛行演習ではライバルの後塵を拝したこともある。それが最終成績に現れた。クローデラであっても最終成績は全候補生の内3位、モーナの場合は13位だった。
 だがコスタンティアは他を寄せ付けずの堂々の1位。重装備を担いでの行軍でも、大男相手の格闘戦でもまったく引けを取らなかったのである。
 しかも史上初の連邦宇宙大学スキップ卒業。
 当然、軍において生きた伝説となってもおかしくはない。

 そんな女性が思いを寄せる男性ともなれば興味を持たない方がおかしいだろう。

―― まあ、見た目は悪くないし……。

 端正な顔立ちだが美男子というほどではない。穏やかな物腰。だが一般科卒でこの歳で既に中将。尋常では無いことだけは確かである。

―― 単に「恋は盲目」って訳ではないでしょうし……。


 皆が興味をレイナートに向けていたのだが、レイナートはそこでフォークでワイングラスを叩くと咳払いをして皆の注意を促した。

「……とにかく、私からのアドバイス、と言えるほどのことでもないですけど、艦長の皆さんは、できるだけ部下と交流を持つようにした方がいいと思います」

 一転して静まり返った室内にレイナートの声が響く。

「それは日常の任務を遂行する上で欠かせないことだと思います」

 すると、レイナートの穏やかな表情がいくらか険しくなった。

「私がリンデンマルス号の艦長として参加した最後の作戦において、戦死(K.I.A.)が28名ありました」

 その言葉に全員が居住まいを正しレイナートを凝視した。

戦闘中行方不明 (M.I.A.)、199名。重傷者の内4名が退役を余儀なくされました」

 レイナートは沈痛な面持ちで言葉を紡ぐ。

「私は艦長として、戦死者の遺族にお悔やみの手紙を、行方不明者の家族や退役者にはお見舞いの手紙を書きました」

 しんと静まり返った個室内。給仕たちも身動ぎ一つしないで聞いていた。

「当然手紙は紙にペンで書く直筆です。電子メールでもコピーしたものでも許されません」

 レイナートはゆっくりと、しかししっかりとした口調で話している。

「私は艦長として可能な限り艦内各部署に足を運び、部下たちとコミュニケーションを取るように務めていたつもりです」

 確かにレイナートは勤務時間外にはよく艦内を歩き回っていたのを、旧リンデンマルス号乗組員だったコスタンティアらは思い出した。

「手紙を書きながら死んだ部下たちのことを極力思い出そうとしました。彼の、彼女の顔、声音、雰囲気。記憶を辿って細大漏らさず思い出そうとしました。
 ですが戦死者の内1人だけ、彼が着任の時に言葉を交わしただけという若い兵長がいました。
 彼は45歳定年で離任した先任の交代要員として、そのひと月ほど前に異動してきたばかりでしたから、彼とは満足に話もしていなかったんです」

 レイナートの声がかすかに震え始めた。

「彼の遺族にお悔やみの手紙を書く時、私は彼のことを、記録上の経歴以外ほとんど何も知りませんでした。
 なので手紙が書けなかった。言葉が出てこなかったんです」

 そこでレイナートは押し黙った。
 自分を落ち着かせようとしているように見えた。
 そうして徐に口を開く。

「結局、私は例文集を利用しました。
 艦長や司令の職にある者のために『弔事文言例文集』なるものが用意されているんです。
 これには戦死者を称える美辞麗句が詰まっていますから、たちどころに手紙が書き上げられます」

 再びレイナートが口をつぐんだ。
 何を思っているのか。何を思い出しているのか。その表情からも辛く悲しいことであろうことが読み取れた。

「ですが、そうやって書いた手紙を受け取った遺族は何を思うのでしょう?
 そんな手紙で家族を失った悲しみが少しでも癒やされるのでしょうか?
 私はそう自問しながら手紙を書いたんです」

 レイナートの声がさらに沈み込んだ。

「艦長という職にあった時、あれが最も嫌な、辛い思い出です」

 再びレイナートが沈黙する。

 その場の女性たちも言葉が出せなかった。
 己が軍人であることを片時も忘れたことはない。そうして今が戦時であるということも。
 だがレイナートが言い及んだことにまで自分の意識は向いていただろうか?

 参謀として作戦を立案し、艦長として命令を下す。
 だがそれは部下または部隊員を1人の「人間」としてではなく、1個の「人的資源」として捉えた上で発するように訓練されてきた。

 確かにイステラ軍において女性が前線指揮官として採用されたことは過去に例がない。
 だがそのことに囚われ過ぎていなかっただろうか?
 指揮官は私情を挟まずに命令を下せという。それはその通りだろう。
 だが今後自分の命令によって傷ついたり死んだりする者がいるのは紛れもない事実となるのである。

「諸君。階級、職務に関わらず、己の任を全うする。その決意が必要です。
 そうして軍隊においては階級が上がるほど、職責が重くなるほど、その決断には多くの生命が関わってきます。
 だからこそ、断固たる決意が必要なのだと思います。
 そうしてその決意を得るために必要であるならば、へたなプライドは捨てるべきだと思います」

 レイナートはそう結んだ。

 聞いていた女性らはその言葉を噛み締めていた。
 なまじ優秀なだけに、女性であるが故に被った差別的な扱いに対して我慢できないものがあったのは確かである。
 だが職というものは自己満足のために務めるものではない。
 レイナートはそう言いたいのだろう。
 ならば己はどうすべきか? どうあるべきか?


 誰もがそれを考えている時、突然、モーナの情報端末に着信音があった。
 こういう場ではマナーモードにすべきだというのはいつの時代も変わらない。

「申し訳ありません……」

 慌ててモーナがモードを切り替えようとした。だが画面を見て手を止めた。
 緊急度A指定の着信だったからである。
 急いで発信者を確認する。
 全員がそれを注視していた。
 そうしてモーナがレイナートに報告した。

「司令、第七方面司令部所属、第1958通常艦隊司令から緊急度Aの通信です。
 いかがされますか?」

「緊急度A? なんだろう? 繋いでくれ。
 君、全体に表示してくれ」

 レイナートが給仕に命じた。
 給仕は壁のボタンを操作する。
 すると壁に下がっているドレープが開き四方の壁に掛かっている薄型モニタが現れる。
 モーナが給仕の指示で端末を操作する。
 すると端末と同じ映像が壁のモニタに映し出された。

「急な事にもかかわらずありがとうございます、閣下」

 画面の中の女性大佐がそう言いながら敬礼をした。
 女性の胸元のスカーフは白。だが濃い橙色の線が入っている。すなわち通常艦隊司令を示すものである。
 そうしてその背後には白無地のスカーフを巻いた女性中佐が立って同じく敬礼していた。

 女性大佐が続けて言う。

「いよいよ出撃となりましたので、一言ご挨拶申し上げたく、無理を承知でご連絡差し上げました」

 敬礼を返したレイナートが言う。

「そうでしたか、ご武運を」

「ありがとうございます、閣下。
 小官が艦隊司令を拝命できたこと、ひとえに閣下のおかげと思っております」

 それを聞いてレイナートが首を振る。

「いえいえ、私は何もしてませんよ」

「いいえ。閣下のおかげです。
 閣下が部隊の艦長を公募されたことによって、多くの女性士官に艦隊司令や参謀、艦長への道が開かれたのです。ですから小官が艦隊司令となれたのも閣下のおかげです」

 大佐はきっぱりと言ったのである。


 レイナートの上申によるVOL隊の艦長公募。これは軍全体に激震を走らせた。
 多くの女性少佐、女性中佐が申し込み、女性大佐は降格を願った。事は軍中枢までも揺るがし、結果的に第七管区方面司令の要望が受け入れられ、通常艦隊の司令、参謀、艦長に女性を登用することが認められたのである。

 このことはVOL隊発足以上の衝撃を女性士官に与えたのである。
 何せVOL隊はある意味実験部隊。しかもまだ編成途上。今後、海のものとなるか山のものとなるかもわからない。
 だが一方、第七方面司令部所属の第1958通常艦隊は実働部隊である。その艦隊司令と戦艦の艦長に初めて女性が起用されたのであるから当然だろう。
 これは民間のニュースでも取り上げられたほどである。

 そうして女性にはチャンスがないからと高を括っていた男たちは大いに焦った。己のチャンスを女性に奪われるかもしれないのだから。
 結果として佐官クラスを中心とした軍の意識改革が一気に起こったのである。


 そうしてその決定を受けた時、その大佐と中佐は直ぐにレイナートに連絡をしてきた。やはりそれは礼を述べるためにだった。
 そうして2週間の研修を終え、部隊が出撃することになり、その報告をしてきたのである。

「大佐、そして中佐。私から一言アドバイスするならとにかく『焦るな』ということです。
 女性として初めて実戦部隊の長に選ばれた、などと気負う必要はないんです。敵はこっちが男か女か何てわからないんです。だから肩の力を抜いて、そうして部下を信頼して事に当たって下さい。
 部下はこちらが信頼した分、確実に命令をこなしてくれるものです」

 レイナートがそう言うと大佐はニッコリと微笑んだ。

「ありがとうございます。貴重なお言葉に感謝します。
 では時間となりましたので失礼致します」

 大佐はそう言って敬礼した。
 レイナートも敬礼を返す。そうしてVOL隊のメンバーも全員が敬礼した。
 そうして画面が暗転したのだった。


 全員が着席し直したところで誰かが呟いた。

「先を越されちゃったな……」

 確かに部隊が発足し、艦長となるべく辞令は交付された。だが実際に艦に乗り込んでの出航にまでは至っていないのだから、そういう言葉が出ても不思議ではなかった。

「だからって負けないわよ! もちろんあっちだって負けてほしくないけどね」

 女性たちは先程とは打って変わって己の本来の任務に思いを至らせ、内なる静かな闘志を燃やし始めているのだった。

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