それってよくあること……だよな?
R-18

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第1話 思い出したくない過去がある

 辺境惑星デュランダルの反乱鎮圧に向かう、連邦軍第101重装機動歩兵連隊を載せた戦術機甲機揚陸輸送艦隊の1隻、オレらの部隊を乗せた輸送艦の艦内食堂で、オレは激しく貧乏揺すりをしていた。

―― チクショウ、嫌なことを思い出させやがる……。

 狭い輸送艦の中は否が応でもあの時のことを思い出させる。いや、それは正確じゃない。正しくは「戦場に向かう時に」だけだ。
 所属部隊を転属になって駐屯地を移動した時も、戦術機甲機予備校や重装機動歩兵訓練学校に通うことになって星間移動した時もこんなことはなかった。要するに実戦に向かう時だけ震えてるってことだ。

 オレは爪を噛みつつ己を落ち着かせようとしていた。

―― おい、愛染桂丞太郎! お前はこの程度の男なのか! 情けないぞ!

 そう自分で自分を叱咤しても体の震えが収まらない。

 オレは第333戦術機甲機小隊に配属となってまだ3ヶ月。確かにこれが重装機動歩兵としては初めての実戦だ。だが震えているのはそれが理由じゃない。
 それ以前、第138歩兵連隊での悪夢がトラウマとなってオレを今も苦しめてる。
 その後第151歩兵連隊に転属となって戦場に向かった時もやはり震えてた。あれからオレはすっかりチキン野郎になっちまったようだ。

 心の中で悪態をついてるオレの前に若い女性士官が立って、オレの肩に手を置き穏やかな口調で声を掛けてきた。

「大丈夫だ、アインズウェーンカーツーラ准尉。今回の作戦は前のとは違うぞ?」

 オレは思わず顔を上げた。面前に立つ若い女性士官はオレの直属の上官、第333小隊長、セイラ・カンバーランド中尉だった。

 第101連隊一のクール・ビューティと称されるこの中尉殿は、文字通り鉄仮面のように表情を変えることが全くない。誰も彼女の笑顔も泣き顔も見たことがないという、その無表情な顔色からは一切真意を悟ることが出来ないという沈着冷静な美女。それがこのセイラって女だ。
 そうして彼女はオレの過去を知る数少ない人物の一人でもある。

 オレは軍に入隊し新兵訓練を終えると第138歩兵連隊に配属となった。そうして幾つかの戦場で実戦経験を積み第2次アロンダイト侵攻作戦に参加した。4年前のことだ。
 これは帝国と連邦の間にポツンと存在する天体アロンダイトの奪取作戦だった。
 小型の岩石型惑星アロンダイトは元はどこかの恒星系の惑星だったものが恒星の重力圏から外れ、ただ1つ宇宙を漂っていたらしい。この周囲に帝国が小型の人工太陽を作り、長い時間を掛けて凍りついた惑星をヒトの住める状態にまで復活させたって話だ。

 ところでこのアロンダイトを橋頭堡とされると連邦軍には喉に刺さった小骨のように煩わしい存在となるらしい。そこで第1回目の侵攻作戦が実施されたのが4年前。だがこれは失敗し直ぐに第2次侵攻作戦が立案された。
 この時連邦軍が投入した兵力は戦闘艦艇が5千隻、補給部隊まで含めると1万隻以上の大兵力で、惑星制圧要員として歩兵だけで220万人が動員された。

 だがこの第2次アロンダイト侵攻作戦は結果として大失敗に終わった。多くの戦闘艦艇を失ったとともに、降下した歩兵部隊は全滅に近く生還したのは10万人に満たなかった。オレたち第138歩兵連隊も5万5千の兵士の内生還したのはわずかに3千人余。しかも全員が瀕死の重傷を負った。

 オレたち第138連隊を含む、虫の息で回収された第2次アロンダイト侵攻作戦の生き残りは、全員が直ちに人工多能性幹細胞の促成培養による再生医療によって五体を取り戻した。オレの場合、再生部位は身体全体の46%にも及んだ。つまり今の体の半分は再生品てことだ。
 そうして再生後、再訓練を経て解体された第138連隊から第151歩兵連隊に転属、さらに戦術機甲機予備校、重装機動歩兵訓練学校へと進みこの第333小隊に配属となった。
 そうして今回が第333小隊配属後初めての実戦という訳だ。

 オレは実戦が恐い訳じゃない。いや、確かに死ぬのは怖い。だが今のオレが恐れてるのは自分が死ぬことじゃなくて、自分が殺しすぎることだ。
 もう二度と目の前で仲間が銃弾に倒れるところは見たくない。吹き飛ばされ粉々になった仲間の肉片と血を浴びたくない。あんな経験は二度としたくない。そう思うと「だったらとにかく敵を皆殺しにすりゃあいい。そうすれば殺されないで済む」と考えてしまう。そう思うと銃爪がとても軽く感じられる。装備の重さも全然気にならない。弾倉の交換だってあっという間に出来る。
 オレはそこへ至るまでの艦の中ではガタガタ震えてたってのに気がつくと戦場では、撤退しようという敵どころか、投降しようとした奴らさえ追い詰めて殲滅してた。文字通りの皆殺しだった。オレのいる部隊の通った後には死体の山しか残ってないとまで言われた。そのほとんどがオレのしでかしたことだった。

 流石にこれはやり過ぎで問題視された。だがオレは自分の何が悪いのかわかってなかった。

 敵を倒して何が悪い! そう(うそぶ)いてた。

 オレの行動に異常を感じた部隊長はオレをカウンセリングに行かせた。
 オレは自分のことを「戦場では何も問題はない。ただ戦地へ向かう輸送艦の中では落ち着けないだけ」と考えてた。
 だがカウンセラーとのカウンセリングで、オレは第2次アロンダイト侵攻作戦での経験から精神に異常を来してると言われた。そうしてオレ自身が自分の異常さにようやく気づくことが出来た。
 それでカウンセラーはオレは前線部門から後方部門への異動が望ましいとオレの上官に報告した。戦場での行動以外、日常生活には全く問題がない。そう結論付けられたからで、オレもそれを望んだ。

 だがオレの身体の再生には軍は大枚を払ってる。だからもちろん除隊はもってのほか、後方への移動もありえないとされた。

 それでオレは戦術機甲機予備校へ行かされることになった。


 戦術機甲機とは全高およそ11m、重量約7tという巨大2足歩行兵器だ。
 かつてのパワード・スーツを発展させ、重装甲・ヒト搭乗型の歩行兵器として実用化・実戦配備された、これなくして宇宙戦も地上戦も語れないと言われる、まさに現代戦における主力兵器だ。
 これからするとオレが以前いた通常歩兵部隊なんてまるでオモチャの兵隊みたいなもんだ。だがいまだに惑星の制圧には通常歩兵の出番は多い。
 それは戦術機甲機によって構成される重装機動歩兵部隊には限りがあるからで、ずばりその理由は機体調達費のバカ高さ。それにパイロットや整備兵の育成にも莫大なカネがかかってるらしい。
 それで十分な数を調達できないということで通常歩兵が残されてるんだとか。全く通常歩兵をバカにしたふざけた話だ。

 戦術機甲機は様々な火器オプションが選べるのはもちろん、宇宙空間さらには水中(但し運動性能はかなり落ちるが)でも作戦行動が可能だ。
 空中を飛行することは出来ないが十数mの跳躍は可能で、平坦地であればホバー・システムを利用することで地上数十cm上を滑るように高速移動も出来る。

 戦術機甲機予備校はこのパイロット、整備兵などを育成するための機関で入学資格は下士官のみ。ここを無事に通過できると重装機動歩兵訓練学校か戦術機甲機整備学校に入学できる。
 尉官以上の士官は、士官学校で同じことを学んでいるという理由で、予備校を経由しないで訓練学校に入学できる。

 オレは後方部門、つまり補給とか工兵に回されるもんだと思ってたからこの予備校行きにはちょっと驚かされた。
 だが予備校はパイロット養成だけじゃなく整備兵の育成もするし、そもそも戦術機甲機は最先端技術・ハイテクの塊だから、パイロットも操縦だけじゃなく物理や数学を併せて学ばされる。これが何よりも嬉しかった。

 オレは底辺の高校に通い、卒業すら危ういほどの成績だった。
 それでもって両親がこれまた最低の人間で、親父は飲んだくれてギャンブルにハマり、お袋はそんな親父とオレを見捨てて出ていった。酒に酔うと親父はオレを虐待した。そんな家は当然出て仲間の家を転々とした。まあ要するにロクデナシの不良だった。
 まあそんなオレでも学校へは毎日ちゃんと行った。授業もほとんどサボらなかった。他に居場所がなかったからだ。でも真面目に勉強はしなかった。

―― 何で数学が必要なんだ? 歴史なんて知らなくたって困らないだろう?

 そういう疑問に教師は真面目に答えてくれなかった。

―― 勉学は学生の本分。

―― 常識として必要だから学べ。

 教師どもはそう言ってお茶を濁してばかりだった。

 そうして卒業間近に教師に言われた。

―― お前みたいなクズに居残られては学校が迷惑する。だから卒業はさせてやる。だがお前なんかまともに雇ってくれるところはない。仕事が欲しけりゃ軍隊にでも入れ。

 もう親の顔など見たくなかったし、食わせてもらおうとは思わない。だからって犯罪に手を染めるほど「バカ」じゃない。

―― それじゃあ御高説の通り、軍隊に入ってやるよ。

 当時付き合ってたガール・フレンドは卒業後、オレと結婚したいと言ってくれていた。オレも彼女と家庭を持つことを現実的な夢として捉え始めていた。
 軍人の道を選んだのは、それ以外には恋人と一緒になって真っ当に生きる術がないと考えたからで、軍隊には何も期待してなかった。

 だが、入隊してみると軍人は以外と性に合っていた。
 元々体を使うのは嫌いじゃなかった。
 格闘戦で相手をぶちのめすのも楽しかった。
 だがそんなことよりも、軍隊はオレの疑問に全て答えてくれた。それが何よりの収穫だった。

―― いいか、死にたくなかったら死にもの狂いで身に付けろ! 覚えろ!

―― いいか! 全ては1人のために! 1人は全てのために! これを忘れるな! これを忘れた奴から死ぬんだ!

 訓練所で学ぶことに無駄はなかった。作戦を成功させる。敵に勝つ。生きて帰る。訓練は全てがそれに直結していたからだった。

 殊にオレの、いやオレに限らず、訓練兵の指導教官は鬼軍曹だったが、本を読めとオレたちに口を酸っぱくして言った。

―― クズはどうしてクズなのか! それはクズのまま死ぬからだ! 

―― いいか! 死にたくなけりゃ智恵を働かせろ! だがクズには知識もない。だから智恵も働かん! 

―― お前らはクズか? 違うというなら証拠を見せてみろ!

―― 知ってて損をするのは滅多にない。だが知らないと損をすることはいくらでもある。

 指導教官はオレたちをひたすら「クズ」と罵倒した。それに耐えきれず逃げ出す奴は論外。不貞腐れて何もしないのは問題外。這いつくばってでも、歯を食いしばってでも努力しないと認めてはもらえない。

 それからのオレは訓練所の図書室へ通いだした。だが訓練兵には余分な時間など殆ど無い。しごかれ、ど突かれ、ボロボロな体に鞭打って寝る時間を惜しみ本を読んだ。とにかく少しずつでも読んだ。
 部隊に配属となっても、兵舎にいる時は可能な限り本を読んだ。周りから嘲笑されても気にしなかった。
 そうして高校時代に真面目に勉強しなかったことを悔やんだりしてた。


 だから予備校で思う存分本を読むことが出来るようになってオレは狂喜乱舞した。
 別にパイロットになりたい訳じゃない。整備兵で十分。そうすりゃ後方に回され、それ以上直接殺さないで済む。そう思ったからで特に座学は真面目に勉強した。
 通常歩兵としての実績もあったし、とにかく座学が全く苦痛じゃなかった。同期入学のほとんどが座学の成績でふるい落とされていったが、結果としてオレの方はかつての劣等生が優等生になってた。

 そうして予備校での課程が終わりに近くなった時、オレは戦術機甲機整備学校への進学を希望した。
 戦術機甲機整備学校の入学資格は下級軍曹以上の階級であること。必要とされる知識と経験があること。オレはその時既に曹長だったし、予備校での成績は十分なものだったから何も問題はなかった。

 だが結果は重装機動歩兵訓練学校行きになっちまった。基礎パイロット訓練の成績と階級が良すぎたからで、これを重視されたためだった。
 この時はかなり落ち込んだし後悔もした。真面目にやるんじゃなかった、と……。
 何故なら重装機動歩兵訓練学校は完全に戦術機甲機のパイロット養成機関で、整備に関することは全く教えてないからだった。
 要するに訓練学校へ入れば、ゆくゆくは再び実戦部隊に配属となるということが明白だったからだ。

 それに整備学校に比べ訓練学校には士官学校から入ってくるエリートが多い。あの第2次アロンダイト侵攻作戦で、オレたちを見捨ててさっさと逃げ出した奴らと同じ穴の(むじな)が……。
 それが、その時のオレをとても憂鬱にさせた。

 訓練学校では最初は真面目にやる気がなかなか起きなかった。それで指導教官によくドヤされた。

―― 貴様! 僚機を巻き込んで死ぬつもりか!

 オレがちょっとでも手を抜くとチームを組んでる僚機が墜とされる。シミュレータでの搭乗訓練でもそれが嫌だったから、実機での訓練ではなおさら本気にならざるを得なかった。
 すると成績はどうしたって良くなっちまう。そうなると恐れたことが起きちまった。

―― さすがは第138歩兵連隊出身。本物の地獄を見た兵士は一味も二味も違う……。

 指導教官にそう言われ始めちまった。

 第2次アロンダイト侵攻作戦では、オレら通常歩兵部隊は揚陸艦に乗せられ地上降下を図るも、帝国の地上防衛部隊と宇宙艦隊との砲撃で揚陸艦の多くが地上到達前に破壊された。
 オレたちの部隊はようやく地上降下するも、降下ポイントが当初予定の帝国が開設した宇宙港から遠く、そこへ至るのに無駄な時間を費やした上に途中猛反撃に遭い多くの仲間が死んだ。

 そうして必死に宇宙港に辿り着くも、その頃オレたちを連れてきた宇宙艦隊は帝国艦隊の猛攻撃を受けて総崩れを起こし、独自に戦域を離脱し始めていた。つまり歩兵による重要拠点の制圧、惑星を占拠という作戦は全く無駄なものになってた訳だ。

 そうして地上に降下したオレたちは半ば見捨てられた。
 戦術機甲機による重装機動歩兵部隊は優先して回収されたが、それは高価な機体を惜しんだからで、オレたち宇宙服とパワード・スーツをミックスさせた従来装備の通常歩兵部隊は後回しだった。
 オレの所属していた第138歩兵連隊も通常歩兵部隊だったが、最悪なことに回収は一番最後にされ、その間に部隊はほぼ全滅に近い被害を受けてた。
 それでも最後の最後でようやく揚陸艦が回収に来たが、その揚陸艦も惑星重力離脱中に艦砲の攻撃を受け多くが墜落して、結局離脱できたのはごく僅かだった。

 要するに第2次アロンダイト侵攻作戦は完全な失敗に終わった。

 だが、目を覆わんばかりの最悪な結果をもたらした無謀な作戦を立案した参謀本部も、部隊を直接指揮した司令官ら、それに助言した幕僚達の誰ひとりとして処分されることはなかったと聞いた。歩兵部隊の指揮官である尉官や佐官らは部下を放り出して率先して逃げ出した。それでもやはり処分はされなかった。そんなことをすれば作戦の失敗を自ら認めたことになるからだって話だった。

 そうしてそれを誤魔化すためにオレたちは英雄に祭り上げられた。
 要するに第2次アロンダイト侵攻作戦の失敗を国民の目からそらすため、生き残ったオレたちを「勇猛果敢な兵士の鑑」と喧伝した。オレたちは軍上層部によって作られた虚像になっちまった。
 世間を、大衆を、現実から目を背けさせるために、オレたちに大金を使って身体を再生し昇進やら勲章をしこたま用意した。

 オレが予備校に入る段階で曹長だったのも、このヒーローに祭り上げられての昇進だった。


 オレたちは捨て駒にされたことを恨み、己の保身に自分達を利用した上層部を呪った。
 オレらは持って行き場のない怒りの矛先を収めることを出来ず、かと言って「身体を再生してやったことに感謝しろ。軍に恩を返せ」と言われて除隊も認められなかった。
 生き残りの中でも特に第138歩兵連隊は偶像化され、オレたちは英雄視された。最後まで戦場に留まった、ということでだ。だがその実態を自分らは知っている。最後まで留まったんじゃない、最後まで拾ってもらえなかっただけだ。
 オレたち歩兵は、第2次アロンダイト侵攻作戦に参加したことを、ええ格好しいのよほどのバカでもなけりゃ、自らは絶対に口外しなかった。それはオレたちに残された最後のプライドだった。

 だからオレは予備校でも訓練学校でも、1度も第138歩兵連隊出身だと言ったことはなかった。常に第151歩兵連隊出身だと言ってきた。それは嘘じゃない真実だからだ。

 そうしてオレは第101重装機動歩兵連隊に着任した時も直属の部隊長とその上司にも、そのことを他の兵士に伝えないように懇願した。
 中隊長のゴールドクレスト大尉も小隊長のカンバーランド中尉もそれを了承してくれた。上官らはオレを「謙虚な奴」と思ったようだったが、実際はそうじゃない。

 ただオレは思い出したくもない過去を自慢して、自分がピエロになりたくなかっただけだった。

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