それってよくあること……だよな?
R-18

第2話 周りはエリートと年上の部下ばかり

「アインズウェーンカーツーラ准尉。今回の作戦は前のとは違う、大丈夫だ」

 オレの直属の上官、第101重装機動歩兵連隊戦術機甲機第333小隊長、セイラ・カンバーランド中尉はオレの肩に手を置いて言った。

 金髪碧眼、女性としては背は高く、しかもこれでもかと他を圧倒する抜群のプロポーションの持ち主。
 なんでも元々大学で物理学を専攻、末は博士号も夢ではないと言われてたにも関わらず、大学卒業後は何故か連邦軍士官学校に進んだとか。その優秀さから任官後は参謀本部志望かと思いきや、これまた何故か戦術機甲機のパイロットを目指して訓練学校入りを希望したという、周囲からするとどうにも理解に苦しむ人物らしい。
 当然彼女に興味を持つ男は多いが、このクール・ビューティは浮いた噂の一つもなく、最近では「同性愛者」疑惑もあるそうだ。

「それに先は長い。まあ、あまり緊張するな」

 彼女は表情を変えずに言った。と言うか、この女が表情を変えるのを見たことがない。同じ分隊の他の奴らは訓練学校から一緒だったがやはり見たことがないという。
 もっともオレは彼女の部下になってまだ3ヶ月。それで拝めるとしたらそれこそ大問題かもしれない。

 にしてもこの中尉殿、オレの着任の時からオレの姓を「アインズウェーンカーツーラ」と発音する。
「愛染桂」のどこがどうしてそうなるのかわからんが、本人はそれを正しいと思ってるようだ。それを指摘して睨まれても面白くないし、だからオレは今まで一度も訂正したことがない。
 と、そんなことを考えていたら、精神的におかしくなりかけていたオレも少しは落ち着いてきた。

―― ヤベえな。4年も経ってまだこの有様じゃ、戦場ではまた殺人鬼になりかねないぜ……。

 戦場では敵を「殺したい」とか「殺してやる!」なんて思ったことはない。ただもう生き延びるため、仲間を失いたくないために迷わず銃爪を引いてしまう。そうして敵を皆殺しにするまで終わらない、終われない。
 そうしてしまうのがオレは怖い。だが軍はオレを後方に下げてくれない。前線で戦い続けろという。
 だからオレは自分が怖くなって輸送艦の中で震えてしまうのだ。

「心配するな。この作戦は戦闘が主目的ではない。言い方は悪いが、武力を背景とした威圧によって叛乱を収めようというものだ」

 この鉄仮面をかぶった無表情の中尉殿はそういうことをサラッと言う。

「とにかくそういうことだから心配するな、アインズウェーンカーツーラ准尉」

 中尉はそう言ってオレの前から離れていった。
 その後姿を見送りながらオレは心の中で愚痴をこぼした。

―― ヤレヤレ、それにしても相変わらずひどい発音だな……。優秀なエリートさんなんだから、人の名前くらい正しく発音してくれよ。


 いつの間にかオレの貧乏揺すりが止まっていた。

 だがそれを見ていたA分隊のひとり、アンリ・ブルノー少尉がにやけた顔をしてオレに近づいてきた。
 ブルノー少尉はA分隊のNo.3。猪突猛進を絵に描いたような男で当然ポジションは前衛、というか突撃以外はできそうもないといった感じの野郎だ。
 薄ら笑いを浮かべて手にはコーヒーカップを持っている。どうやらオレと中尉のやり取りを見ていたようだが、怖気づいたチキン野郎が女に励まされやがって、とでも言いたいような雰囲気だった。

 少尉はよろめくフリをしてコーヒーをオレに引っ掛けようとした。だがわかってるのにわざわざコーヒーを浴びる必要はない。オレは素早く立ち上がってカップを持った側の手首を左手で掴み動きを止めた。もちろんなみなみと注がれたカップのコーヒーを一滴もこぼさないようにだ。
 それから軽く手首をひねり、空いてる手で少尉の手からカップをもぎ取り手首を掴んでいた手を離した。それから少尉に敬礼した。

「お心遣いに感謝します、少尉殿」

 そうして一口コーヒーを啜ると怒りに声も出ないブルノー少尉に向かって言った。

「それから次はもう少し濃いのにして頂けるとありがたいですね」

 食堂が静まり返った。
 戦術機甲機を運ぶ揚陸輸送艦には5個小隊、60機の戦術機降機が搭載できる。今回の作戦は連隊丸ごと出張ってるから、輸送艦はどれも満載だった。つまり100席の食堂にパイロットが60人、それが全員オレたちのやり取りを見てたってことだ。

 オレは静かに元のところへ着席した。そこへ同じB分隊のメイ・リンが声を掛けてきた。

「意外とやるじゃないの」

 この年上の ― というかこの第333小隊は全員オレより2~3歳上ばかり ― 同じくB分隊員はそう言って値踏みするような顔つきでオレを見た。

「昔、合気柔術を習ってたんで……」

 そう言ってオレは言葉を濁した。


 オレの親父はクソになる前、道場を構え門下生を集め合気柔術を教えていた。
 何時の時代になっても自己鍛錬、護身術、果ては健康の維持という目的から格闘技が消えたことはない。それでたまたまオレの実家は格闘技を生業(なりわい)としてたってことだ。

 だがうちのクソ親父、何をトチ狂ったか突然ギャンブルにハマり出した上に大負けして道場まで借金取りに取られちまった。それから酒に溺れ家族に暴力を振るうようになった。これには本当に閉口した。
 何せ格闘技を教えてたくらいだから始末が悪い。オレも教わってたけどとてもじゃないが当時のオレじゃ歯が立たなかった。
 お袋は他に男を作りオレを置いてさっさと逃げ出した。残されたオレも、ただ殴られてるばかりじゃ脳がない。さっさと家を逃げ出した。
 学校へちゃんと行ってたのは他に行くアテがなかったからで、夜は何とか仲間や友達の家で夜露を凌がせてもらったが、日中も居っ放しって訳には行かなかったからだった。
 そのクソ親父に昔習った合気柔術が今役に立ってるんだから、皮肉というかなんというか。
 もしも親父がクソ化しなかったらオレはグレてなかったかもしれないし、それでもやっぱりグレてたかもしれないが、どっちにしろ今とは違った人生になってたんじゃないかと思う。


 それはさておき第333小隊のみならず、その場の全員がオレには大なり小なり興味を持っているようだった。
 まあそれも当然のことだろう。
 本来、重装機動歩兵である戦術機甲機のパイロット養成は実戦部隊の分隊、小隊と同じ顔ぶれで行われる。すなわち訓練部隊が訓練後、丸ごとそのまま実戦配備される。これは部隊におけるコミュニケーション、コンビネーション、コントロールの3Cを重視しているからだ。したがってオレのように1人だけが突然部隊に配属になるということが稀だった。

 さらに言えばこの第333小隊がかなり特殊な存在だった。

 戦術機甲機の重装機動歩兵部隊は6機からなる分隊2個で1個小隊を編成する。
 戦術機甲機のパイロットは基本的に大学卒業後、士官学校を経て訓練学校に入隊した者達で構成されてる。すなわち訓練学校に入った時点で少尉というエリート達だ。
 ところがこれだと思うようにパイロットの数が増やせない。
 確かに調達費は高いが実機は金さえ掛ければどうにかなる。ところがパイロットは金を掛けても本人に才能がないと全く無意味だ。と言って士官学校の定員を増やすだけじゃどうにもならないらしい。
 士官学校に入るのは、手っ取り早く医者になりたいとか、将来の軍官僚になりたいとか、作戦参謀を目指すとか、本来はそういうのが多い。
 いくら戦術機降機が現代の主力兵器とはいえ所詮は実働部隊。そのパイロットには高いスキルが必要とされているが、元からそれを志望するのは少ないらしい。
 そこで始まったのが下士官を予備校で学ばせ、その適性を見るというもの。
 元々訓練所を経て二等兵から始める叩き上げはろくでもないのが多い。ヘタすりゃ高校すら出てないのもいる。まあ、高校を出ててもオレみたいに底辺なのもいるし、他人のことは言えないが。
 だがその中にも才能のある、適性を持った奴がいるかもしれない。それを見出すというのが戦術機甲機予備校の役割だってことだ。
 それでこの予備校経由で重装機動歩兵訓練学校に入るのも増えてるのは事実だ。士官学校に入らなくても(入れなくても?)花形の戦術機甲機のパイロットになれるかららしい。通常歩兵と戦術機甲機のパイロットじゃ給与も待遇も何もかもが違うから当然だろうな。
 とは言ってもそう簡単になれるもんじゃないから予備校経由の絶対数は多くない。小隊当たり多くても2~3人程度だ。
 それでも予備校は確実にパイロットの増産に貢献してる。

 そうして士官学校出のエリートと予備校経由の叩き上げは、当然のことに仲が悪い。
 エリートは叩き上げを見下してる(実際、エリートの方が階級は上だ)し、叩き上げの方はエリート達を「実戦を知らない頭でっかち」とバカにしてるんだから当然だろう。
 まあこれは重装機動歩兵部隊だけじゃなく、軍のどこにでもあることだから珍しいことじゃない。
 だが重装機動歩兵部隊にとってはこれは命取りになりかねない。仲が悪いからと言って戦場で協力し合えなければ作戦遂行は覚束ないし、最悪の場合生還さえ期し難い。

 それで軍が考え出したのがA分隊は士官学校出を集め、B分隊は予備校経由の下士官で揃えて、1つの小隊内で競わせるというもの。
 その白羽の矢が当たったのがこの第333小隊だったらしい。
 訓練学校の訓練小隊当時から同じ兵舎に住み、同じ釜の飯を食い、同じ訓練を受ける。要するに長く一緒にいればそれだけ「融和」するだろうって思惑らしい。

 その実験台にされたのがこの第333小隊だった、ということらしい。
 そうしてオレの前任のB分隊長は真面目な人物だったらしいが、多大なストレスを感じていたっていうことだ。そりゃあ上と下からサンドイッチにされたら悲鳴を上げたくなるよな。
 そこへ持ってきて前回の出動、反乱鎮圧の際、民間人 ― と言っても実態はゲリラ兵みたいなもんだったらしいが ― に銃口を向けたことで完全にイッちまったらしい。精神に変調をきたし除隊を余儀なくされたそうだ。

 それでその後釜にオレがなった訳だが、この人選は難航したっていう話だ。
 そりゃあそうだろう。
 訓練学校時代から4年も一緒にいる連中の中に1人ポツンと放り込まれてうまくいくだろうか? 戦術機甲機の操縦技術だけじゃなく、精神的にも相当タフじゃないとやっていけないだろう。
 それで何故オレが選ばれたのかと言えば、要するに第138歩兵連隊出身だったからということを言われた。着任時に、しかも、大隊長からだ。

 普通、新規着任の時は中隊長に着任報告をして配属先の小隊長に引き会わされるのが普通だ。大隊長やら連隊長なんて雲の上の存在にはお目にかかれない。
 ところがオレが第101重装機動歩兵連隊の本部・駐屯地のある惑星カラドボルグに到着したらいきなり大隊長室に連れて行かれたんだ。あの時は焦ったな。
 そうして着任報告を第3大隊長のリジー・ローズ少佐に行った。
 少佐は40手前のちょっと怖そうなオバサンって感じだが、それもそのはず、かつて 血まみれの薔薇(ブラッディ・ローズ)と異名を取った戦術機甲機乗りの撃墜王(エース)だった女だ。会った瞬間思わず自然に背筋が伸びちまった。

「君がジョウ・アイゼンカーツラ准尉か。記録は見せてもらった。華々しい戦績だな。歓迎するぞ。思う存分暴れてくれ」

と直接お言葉を頂いちまったよ。

 その後中隊長室で中隊長のゴールドクレスト大尉と小隊長のカンバーランド中尉に改めて着任の挨拶をした時に、大隊長には言えなかったことを願い出た。

「自分が第138小隊にいた事、第2次アロンダイト侵攻作戦の生き残りだということは伏せてもらえませんか?」

 作戦に参加したこともそうだが、帰還後に軍に利用されて英雄にされた。それはオレにとっては恥以外の何物でもなかったからだ。

 こうしてオレは第333小隊(正確には第101重装機動歩兵連隊戦術機甲機第3大隊第3中隊第3小隊)のB分隊長となった。
 その結果オレはエリートと年上の部下に囲まれることになったって訳だ。
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