それってよくあること……だよな?
R-18

第3話 新人にはやらなければならないことが多い

  連邦と帝国との戦争は既に数百年に及んでる。時には何年も激しく戦い続け、またしばしの冷却期間を置くといった、先の見えない、終わることのない戦いが続き国は疲弊し人心は荒廃してる。そうして連邦を構成する惑星の多くで戦争に反対するデモが多発し、時にそれは暴動にまで発展してる。
 惑星には連邦軍の守備隊が駐屯し治安維持に務めてるが、時にこの守備隊が暴徒と協力し合い、連邦からの独立を訴える事態まで発生することがあった。

 連邦政府はこの内憂を解決するため軍事力の行使を躊躇しない。形ばかりの話し合いで解決がつかない時は直ぐに鎮圧部隊を投入した。それで最近では特に重装機動歩兵部隊の戦う相手は帝国軍ではなく、同じ連邦に住する人々ってことが多くなってる。

 何かが違う、何かが間違っている。

 誰もがそう思ってるんだろうが解決の糸口はどこにもないし、そもそも一兵卒がどうにかできることでもない。
 したがってオレたちは言われるままに出撃し敵と戦ってる。ただその敵が時に同胞であるということがオレの心に重くのしかかってる。


 部隊が向かってる惑星デュランダルは人口およそ15億人。駐留する守備隊は連邦軍の慣例に従って人口の0.1%に当たる150万人程度。もちろんこれは全部が直接戦闘員じゃない。管理部門や後方部門も含まれてる。
 これが戦略上の重要拠点だとか、駐留艦隊基地があるってんならもっと規模が大きくなる。だが辺境の、さして重要性もない小型の惑星だからその程度しか駐留していない。守備隊とは言っても外敵 ― 帝国 ― から守るということはほとんど想定されておらず、惑星上での主任務は災害出動だからこの程度でいいだろうってことだ。

 そうしてこの守備隊が惑星の地方政府と住民と協力して独立宣言をしたのが1ヶ月前。直ぐに連邦政府は冷静な対応を呼びかけたが惑星側が拒否。それで鎮圧部隊が派遣されることになった。それが第101重装機動歩兵連隊だった。
 叛乱に至った経緯はオレたちには関係ないし詳しいことは教えてもらえない。ただ言われた通りに出向いていって叛乱部隊を鎮圧するだけだ。

 この反乱鎮圧に投入されたのは第101重装機動歩兵連隊のみ。だがいくら軍の主力兵器である戦術機甲機による部隊とはいえ、わずか3600機で惑星全体で起きた叛乱の鎮圧なんてできるのか?
 どうもオレにはイヤな予感しかしない。


「どうしたんだ? 難しい顔をして」

 同じB分隊のマイケル・トーマス上級軍曹、通称マイキーだった。部隊の中じゃ一番最初にオレに声を掛けてきた、明るく陽気で気さくな男だが、少々お調子者のところがある。

「別に、なんでもないよ」

 オレはそう誤魔化した。
 とにかくオレはこの部隊に配属となってまだ3ヶ月で、戦術機降機での実戦はこれが初めていう男だ。色々わからんことも多いから、ナーバスになってるだけだろう。そう思うことにした。
 とにかく転属となって最初の実戦。しかも分隊長として部下を預かる身。部下は全員オレを品定めしようとしてるし過去のトラウマもある。確かにナーバスになってることは我ながら否定できなかった。

「そうか、ならいいけどよ」

 マイキーはそう言ったが、納得したって顔じゃなかった。まだ3ヶ月の付き合いだ。腹の探り合いはまだまだ続いてる。


 オレが部隊に配属となって初めて他の小隊員と兵舎のブリーフィング・ルームで顔合わせをした時も、お世辞にも雰囲気は「歓迎」といったもんじゃなかった。

 そりゃまあそうだろう。

 第151歩兵連隊から予備校経由で訓練学校終了で配属。それだけなら特別目くじらを立てられるようなことじゃないが、入隊して7年、年齢は25歳で階級が准尉。オレは普通ならありえない早さ、年齢でこの階級だ。
 訓練所で基礎訓練を終えて入隊、二等兵から始めて7年で准尉まで昇るのは無理じゃないが相当出世が早いということになる。年1階級以上のペースだからな。

―― こいつ一体何者だ?

 そういう顔でオレを見ていた。だがオレは余計なこと、つまり第2次アロンダイト侵攻作戦に参加し、その「せい」で昇進したということは話さなかった。言えば必ず色眼鏡で見られる。そういうのはもうゴメンだったからだ。


 第101重装機動歩兵連隊駐屯地の戦術機甲機パイロット宿舎は機体格納庫と一体で、小隊ごとに別個の建物だ。
 南向きの「コ」の字型の建物の両翼が格納庫部分。東棟はA分隊、西棟はB分隊の機体を収納してる。全高11mにも及ぶ戦術機甲機を6機ずつ格納するためかなり大型だ。
「コ」の字で囲まれた部分は、これが緑の芝生でも敷き詰められてりゃ、中庭風でそれなりに見られるんだろうが、機体の搬出入用通路なんで舗装されてる。だから建屋は殺風景以外のないものでもない。
 しかもこれが300棟も並んでるんだから、ちょっとした低層ビル街だな。

 この格納庫では簡単な整備・調整が行われる。本格的な解体・修理を必要とする場合は別の専用工場に搬入される。
 両翼の格納庫を結ぶ部分が宿舎だが、1階はエントランスに共用スペース、ブリーフィング・ルーム、パイロット待機所と整備兵休憩所がある。
 2・3階部分がパイロットと整備兵の個室となってる。
 整備兵は各小隊ごとに整備班長を含め6人が小隊専属で機体の調整・整備を行ってるので、兵舎に整備兵の部屋もあるって寸法だ。

 部隊は一日8時間勤務で三交代制じゃない。
 これは急な出撃命令が出ても実際には輸送艦隊の準備が整わないと出動できないからで、ならば無駄に手当を支給する必要なんぞ無い! という考えかららしい。

 まあそういう訳で、小隊は文字通り寝食をともにするから、特に新入りは四六時中注目を浴びる。それこそ箸の上げ下げから、自由時間の使い方まで。
 もっともオレは自由時間は連隊本部棟の資料室に籠もってたが。とにかく実機で得た情報や経験を資料で補完する。そうでなけりゃ、とてもじゃないがやってられなかった。
 オレはこの部隊に配属となって3ヶ月間、ひたすら機体の習熟演習をやらされてた。とにかく最新鋭主力戦術機甲機F-22(ラプター)に慣れるために。


 戦術機降機はそれまでは純粋な地上兵器だった。ところが宇宙で実戦配備されたことで宇宙艦隊がまず大きく様相を変えた。

 それまでは荷電粒子砲という強力な艦砲を持つ戦艦と、空母に搭載され航空機から発展した宇宙用艦載機の2つが宇宙艦隊の主力兵器だった。
 そうして戦術機甲機は地上に降下して惑星制圧を主目的としていた。

 ところが戦術機甲機第3世代機のF-4(ファントム)が宇宙用に改修され、宇宙戦に投入されたことでそれまでの艦載機では太刀打ちできなくなった。
 艦載機よりも高速でしかも機動性に富む。様々な兵器オプションが選べる。結果として大型艦艇も懐に入れれば沈めることが可能になったから当然だろう。

 F-4は近接戦、遠距離砲戦、どちらにも十分な性能を発揮したトータル・バランスに優れた機体だ。だが如何せん帝国軍の対応が進むと、基本設計の古さによる性能不足は否めなくなり、また完成度が高かったため、逆に新たな拡張性にも乏しかった。
 そこで連邦側も次世代機の開発を進めた。そうして第4世代機が実戦配備されるようになるとF-4は訓練学校の演習機に回された。まだまだ使える機体が多かったし部品調達も楽で、とにかく扱いやすい機体だから。

 ところで第4世代機はトータル・バランスよりも単一目的重視の特化型だ。
 特に第4世代機として早い時期に実戦配備された宇宙専用機体の F-14(トム・キャット)が宇宙戦を一変させた。初めて陽電子ビーム・ライフルが装備されたからだ。
 これは戦艦や巡航艦の分厚い装甲をも何なく貫通した。しかも運動性能もそれまでの戦術機甲機とは比べ物にならない。
 最早通常の艦載機では全く追うことも撃墜することも不可能な機体。これを相手にどう戦う? 戦艦や巡航艦の対空防衛では太刀打ちできなかった。

 その結果、戦術機甲機の早期発見・迎撃を主目的としたイージス艦の開発が進んだ。
 また、鈍重な空母ではきめ細やかな戦術機甲機の運用ができない。それもあって戦術機甲機は空母から小型で小回りの利く輸送艦での運用にシフトした。さらに輸送艦では惑星降下に難があるため、揚陸艦と輸送艦の長所を併せ持つ戦術機甲機揚陸輸送艦が開発され多数配備されることになった。これを以て一隻作るのに多大な時間と莫大な資金を要する空母の出番は完全になくなった。
 今では宇宙艦隊の主力はイージス艦と戦術機甲機揚陸輸送艦に移り、戦艦と巡航艦はその護衛艦という位置付だ。

 第4世代機の内、宇宙専用のF-14、F-18(ホーネット)、地上専用のF-15(イーグル )F-16(ファルコン)はどれも優秀な機体だ。特に目的特化型であるため、ツボにはまった時の強さは最新鋭第5世代機のF-22を以てしても決して侮れない。
 オレも訓練学校時代は何度も煮え湯を飲まされた。と言ってもそれはシミュレータでの話で、まあそれはオレがヘボだっただけかもしれないが。

 この4機種は機体としては優れているが共用部品が少なく、採用された機構も異なり、部品調達と整備性に問題が多かった。さらに目的特化が行き過ぎたという理由で連邦軍の実戦部隊においては早々と第5世代機F-22に取って代わられた。
 もちろん第5世代機の方が進化はしているがそこに決定的と言えるほどの差はない。なのに第5世代機の実戦配備は急ピッチで進められた訳だ。

 例えばF-15とF-16は機体の気密性の問題で宇宙空間では運用できない。逆にF-14やF-18は地上では鈍重過ぎる。
 そうして帝国とのある宇宙戦で戦術機甲機を出さなきゃならなくなった時、その艦隊にはF-15とF-16しか積んでなかった。それで出撃させられず、護衛艦が沈められるのをパイロットたちは指をくわえたまま見てることしかできなかった。どころか結局自分たちも全くいいところがないどころか、出番すら与えられずに宇宙の藻屑になったということがあったらしい。

 そのことに軍上層部は青くなったそうだ。それで第5世代機の開発を急がせたということらしい。
 そうして実戦配備されたF-22。
 第4世代機の名機のいいとこ取りを目指した機体だが、当初目的を果たせているかどうかは意見が分かれているらしい。だが地上でも宇宙空間でも何の問題もなく運用できる機体。それがF-22だ。

 そうして重装機動歩兵部隊は随時F-22に切り替えられていった。
 名前が「歩兵」というくらいだから部隊は本来、地上での運用が基本。だが先例のように宇宙での戦闘も可能性として否定できないからということだ。なので重装機動歩兵部隊は最新鋭機だけで構成されてる。
 そうしてF-14とF-18は宇宙艦隊の主力艦載機として、F-15とF-16は地上の守備兵力としていまだに使われ続けている。

 ところで訓練機のF-4と現在の主力兵器として実戦配備されているF-22はともに多目的型だが世代が2つも違うから、とにかく出力からサイズから何もかもが全く違う。少しでも気を抜くと思いっきり機体に振り回されちまう。
 訓練学校のシミュレータはF-22仕様だったが、オレがF-22実機に乗るのは第333小隊に配属になってからが初めて。これじゃあ話にならない。
 それでわざわざ大隊長直々のお声掛かりで、オレのための習熟訓練計画が組まれた。
 それは期待されてることの裏返し、と言えないこともないが、実際には全くのペーペーを出撃させても死体になってしか帰ってこない。どころか分隊や小隊を巻き込むことさえある。そういった理由からだ。
 戦術機甲機は機体調達にもパイロット育成にもカネがかかってる。失われても直ぐに補充されるとは限らない。だから不安要素は少しでも減らしておく。要するにそういうことだ。


 連隊の駐屯地の背後には広大な面積の演習場が用意されてる。第333小隊はそこの優先使用が認められ、オレは3ヶ月間みっちりしごかれたって訳だ。

 この3ヶ月間はとにかく機体に慣れる。これが最優先事項だった。
 特にオレの乗る機体は前任者の使っていたものをOSを再インストールして使ってる。だから一応ソフト的にはニュートラルだが、機体そのものには物理的に前任者の動かし方の癖 ― 可動部分の摩耗具合とか ― がついている。これが自分の動きと噛み合えばいいが、そうでないと思うように動かせないことになる。
 だが機体を自分に合わせてチューニング、なんてことを新人のオレのためになんてしてはくれない。だから俺が機体に合わせるしかない。

 最初の1ヶ月は機体習熟に併せB分隊の連中とコンビネーションの確認。
 次の1ヶ月はやはり習熟と分隊内での模擬戦闘。
 そうして最後の1ヶ月はA分隊とB分隊の模擬戦。
 そうやって小隊の連中と3C(コミュニケーション、コンビネーション、コントロール)の連携を図った。

 それでどうにかまあ、何とかやっていけるかな、という手応えをつかみ始めたところで、惑星デュランダルの叛乱制圧のための出撃命令が出た。
 小隊の連中としては俺はまだ海の物とも山の物ともつかない状態で一緒に出撃する訳だ。
 オレよりも余程不安が大きいんじゃないだろうか。

 いずれにせよ新人には覚えること、やるべきことがこれでもかってくらい多いってことを思い出させられた3ヶ月だった。

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