『惑星デュランダル上空15万メートル。重装機動歩兵は総員、乗機準備』 戦術機甲機揚陸輸送艦の艦内に一斉放送が響いた。 駐留艦隊が存在せず守備隊しか置かれていない惑星でも、外敵から惑星を守るために荷電粒子砲を備えた防衛衛星を4基擁してる。 「小隊、乗機準備!」 艦内食堂で各小隊長達が声を張り上げた。 「諸君、いよいよだ。抜かりなく準備するように」 「了解!」 オレたちは立ち上がって戦術機甲機の格納シェルに向かった。 各戦術機降機小隊は2個分隊12機の編成。戦術機甲機揚陸輸送艦にはこれが5個小隊収容される。 あの日、カンバーランド中尉から声を掛けられて以来、オレは体が震えることはなくなった。理由はわからんけども落ち着けたんだろう。 戦術機甲機揚陸輸送艦は戦術機甲機輸送の専用艦で、横6列、縦10列のずらりと並んだ仕切られたシェルの中に戦術機甲機を収容する。 揚陸輸送艦は戦術機甲機の運用のためだけに開発された鑑だから他の宇宙艦艇とは違うところが多い。まず第一に艦内には娯楽施設的なものが一切ない。 まあそれもあって展望室はたいてい無人だからオレはそこで端末を弄ってた。 「随分と熱心だな、アインズウェーンカーツーラ准尉」 第333小隊長、オレの直接の上官のカンバーランド中尉だった。 「それに大分落ち着いたようで安心した」 相変わらずの鉄仮面、無表情で中尉はそう言った。 とにかく表情が全く変わらないから、それが本心からなのかそれとも口から出まかせ ― と言ったら言葉が悪いが ― なのかがさっぱりわからない。どうにも付き合いにくい上官殿だ。 「そりゃどうも……」 上官に対する態度、言葉遣いじゃないことはわかってるが、ついそう口に出た。 「操縦マニュアルか……。まだ何か気になることでもあるのか?」 だが中尉はそんなオレを咎めることなく聞いてきた。 「オレは実機でのハング・グライダー降下なんてやったことないんですよ」 オレの言葉に中殿の表情が一瞬変わった。が、直ぐに元の鉄仮面に戻った。 「そうか、それは不安だな。だが貴官なら、ぶっつけ本番でも上手くいくのではないか?」 「そりゃ、買い被り過ぎでしょう」 オレは思わず苦笑した。 オレがそれを口にすると中尉は押し黙った。他の誰にも言う気にはならないが、中尉はオレの過去を知ってる。だから言っても構わんだろうと思って口にしたが、これは後々厄介な問題になって跳ね返ってきた。もっともこの時のオレはそんなことは夢にも思わなかったが。 揚陸輸送艦の最大戦速は他の艦艇とさして変わらないが、低高度を低速で航行できるように、艦体のサイズ、質量からするとかなり大掛かりな重力制御装置を備えている。そのため高度500mを時速300kmで安定航行できる。空中停止なら高度300mででも可能だ。 戦術機甲機は空中を飛行できない。これは戦術機甲機の主機関アルカーソン反応炉によって得られたエネルギーだけでは空中飛行に必要な十分な揚力が得られないためだ。と言って大型の主翼を持つと地上戦闘に支障が出る。小さく折りたたんでも空気抵抗を増すからで、これが機体の運動性能を著しく阻害することになる。 そこで戦術機甲機の兵装オプションにハング・グライダーがある。 ちなみに何故パラシュートでないかというと、着地後、索を外す時に突起の多い機体に絡まりやすく、迅速に取り外すことができないことがある、という実証試験結果からだ。 しばらくふたりとも無言だったが、気まずくなる前にオレの方から口を開いた。 「なんせ体に覚え込ませてないんでね、どうしたって不安なんですよ」 「それはそうだろうな」 オレの言葉に中尉も頷いた。そうして尋ねてきた。 「通常歩兵の場合はどうだったのだ?」 オレは苦笑いしながら答えた。エリートとは言っても全てを知ってる訳じゃないんだな、と思いつつ。 「通常歩兵はパラシュートもハング・グライダーも使いませんよ。だって必要ないから」 通常歩兵の基本兵装、コンバット・スーツはパワーアシスト付き防弾強化宇宙服、というのが表現としては一番近いだろう。 「私もできる限りのアシストはしよう。ぜひとも成功させてくれ」 「ええ。そうでないといきなり2階級特進になっちまいますからね」 そこで中尉がわずかに顔をしかめた。 「死を口にすると死を呼び込む、と言うぞ? 冗談でもそういうことは口にしない方がいい」 「……」 オレは内心驚いていて言葉を失っていた。 「ん? どうした?」 「いえ、何でもありません」 「そうか。プレッシャーを与えたくはないが、私は貴官に期待している。この3ヶ月の習熟訓練を見てその思いを強くした」 中尉はそう言って展望室を後にした。 ひとり残されたオレは首をひねった。 ―― オレはそこまで言われるほどのをしたか? 3ヶ月の訓練では、手応えを掴みかけた、という感じしかしていない。空中降下もそうだが、まだ未経験のことも多い。第一、実戦自体が今回初めてだ。だとしたらやはり第138歩兵連隊にいて、第2次アロンダイト侵攻作戦の生き残りだということが理由だろう。 ―― 相当買い被ってるみたいだな。こりゃ期待を裏切ったら後が悲惨だな。 上官に可愛がられるのは良いことが多いが、見放されたり嫌われたりしたらそこで人生が終わっちまう。 小隊長はA分隊長を兼務しているから、A分隊寄りの人物が多いらしい。 ―― それに小隊の連中にもまだ信頼されてるとはとても言えないし、本当に失敗できなくなってきたぞ。 だが一方でこっちも相手、特にA分隊のエリート連中に対して信頼感を持つにまでは至ってない。 ―― ただの頭でっかちじゃないようだが。 第138歩兵連隊の時の小隊長は士官学校を出たばかりの少尉だった。 もちろん全部が全部そういう奴ばかりだとも思ってない。士官学校出のエリートを全く信用しない訳じゃない。実際オレを助けてくれたのも士官学校出の、ただし別部隊の中尉だった。 ―― まあ要するに、人物次第ってことなんだろう……。 オレとしちゃあもう軍に思い入れは一切ないし、ホントなら真面目にやるつもりもない。ただ除隊が認めてもらえないし脱走すりゃとっ捕まって銃殺になるから逃げ出さないだけだ。 だから訓練所で繰り返し繰り返し叩き込まれたんだろう。 ―― 一人は皆のために。皆は一人のために。 手を抜かず一生懸命やっても足を引っ張っちまったら同じだ。認めてもらおうとも思わないが、少なくとも作戦を成功させて生きて帰るためには信頼感を築いておく必要がある。 |