それってよくあること……だよな?
R-18

第4話 チーム内では最善を尽くす事が要求される

『惑星デュランダル上空15万メートル。重装機動歩兵は総員、乗機準備』

 戦術機甲機揚陸輸送艦の艦内に一斉放送が響いた。

 駐留艦隊が存在せず守備隊しか置かれていない惑星でも、外敵から惑星を守るために荷電粒子砲を備えた防衛衛星を4基擁してる。
 だが重装機動歩兵に乗機命令が出たってことは、これが無力化され揚陸輸送艦の降下に何ら問題が生じないことを意味する。
 それは現時点で、既に降下作戦は半ば成功したと言っていい、という状況を表してる。

「小隊、乗機準備!」

 艦内食堂で各小隊長達が声を張り上げた。
 第333小隊小隊長、セイラ・カンバーランド中尉は大声こそ出さなかったが、その凛とした声が小隊メンバーの耳に入った。

「諸君、いよいよだ。抜かりなく準備するように」

「了解!」

 オレたちは立ち上がって戦術機甲機の格納シェルに向かった。


 各戦術機降機小隊は2個分隊12機の編成。戦術機甲機揚陸輸送艦にはこれが5個小隊収容される。
 10個小隊で1個中隊を構成するから、つまり1隻に半個中隊が乗っている事になる。

 あの日、カンバーランド中尉から声を掛けられて以来、オレは体が震えることはなくなった。理由はわからんけども落ち着けたんだろう。
 それでオレは自由時間はひたすら端末でF-22(ラプター)の操縦マニュアルを繰り返し読んでいた。まあそれ以外にすることがないってのが一番の理由だったが。

 戦術機甲機揚陸輸送艦は戦術機甲機輸送の専用艦で、横6列、縦10列のずらりと並んだ仕切られたシェルの中に戦術機甲機を収容する。
 機体は背中の固定具でシェルの壁面に固定されてる。そうしてシェルは頭上と足下と両方にハッチがあって、上下どちらからでも発進できる。その際背中の固定部分はカタパルトになってるから高速射出も可能だ。

 揚陸輸送艦は戦術機甲機の運用のためだけに開発された鑑だから他の宇宙艦艇とは違うところが多い。まず第一に艦内には娯楽施設的なものが一切ない。
 機体格納シェルやエンジンなどの主要機関を除くと、後はパイロットの個室と食堂くらいしか存在しない。
 一応両舷の艦首と艦尾側に展望室もあるが、これは窓の外の景色を楽しむという目的より、惑星上空での目視による哨戒のための監視ポスト的意味合いが強い。

 まあそれもあって展望室はたいてい無人だからオレはそこで端末を弄ってた。

「随分と熱心だな、アインズウェーンカーツーラ准尉」

 第333小隊長、オレの直接の上官のカンバーランド中尉だった。
 まあ確かにオレの名字は言いにくいのかもしれない。にしても名前の発音が悪すぎる。大隊長は「アイゼンカーツラ」とかなりまともに発音してくれたのに。

「それに大分落ち着いたようで安心した」

 相変わらずの鉄仮面、無表情で中尉はそう言った。

 とにかく表情が全く変わらないから、それが本心からなのかそれとも口から出まかせ ― と言ったら言葉が悪いが ― なのかがさっぱりわからない。どうにも付き合いにくい上官殿だ。

「そりゃどうも……」

 上官に対する態度、言葉遣いじゃないことはわかってるが、ついそう口に出た。

「操縦マニュアルか……。まだ何か気になることでもあるのか?」

 だが中尉はそんなオレを咎めることなく聞いてきた。
 オレは周りに誰もいないことから正直に話した。

「オレは実機でのハング・グライダー降下なんてやったことないんですよ」

 オレの言葉に中殿の表情が一瞬変わった。が、直ぐに元の鉄仮面に戻った。

「そうか、それは不安だな。だが貴官なら、ぶっつけ本番でも上手くいくのではないか?」

「そりゃ、買い被り過ぎでしょう」

 オレは思わず苦笑した。
 上官ともなれば部下の戦歴、軍歴には一通り目を通しているだろうから、その上での言葉なんだろうが、第138歩兵連隊の生き残りとはいえスーパーマンじゃない。
 軍上層部が自分たちに都合の悪いことを隠すために英雄化、偶像化されて利用された単なる兵士でしかない。

 オレがそれを口にすると中尉は押し黙った。他の誰にも言う気にはならないが、中尉はオレの過去を知ってる。だから言っても構わんだろうと思って口にしたが、これは後々厄介な問題になって跳ね返ってきた。もっともこの時のオレはそんなことは夢にも思わなかったが。


 揚陸輸送艦の最大戦速は他の艦艇とさして変わらないが、低高度を低速で航行できるように、艦体のサイズ、質量からするとかなり大掛かりな重力制御装置を備えている。そのため高度500mを時速300kmで安定航行できる。空中停止なら高度300mででも可能だ。

 戦術機甲機は空中を飛行できない。これは戦術機甲機の主機関アルカーソン反応炉によって得られたエネルギーだけでは空中飛行に必要な十分な揚力が得られないためだ。と言って大型の主翼を持つと地上戦闘に支障が出る。小さく折りたたんでも空気抵抗を増すからで、これが機体の運動性能を著しく阻害することになる。
 ところで戦術機甲機は背面、肩、腕、腰、脚の各部に姿勢制御用スラスタがあって、ここからのエネルギー噴射と脚の屈伸を併用することで十数mのジャンプが可能だ。だがさすがに高度数百mからの降下では、総重量7tにも及ぶ戦術機降機はこれだけでは減速しきれずに地表面に墜落、機体は大破する。
 だが揚陸輸送艦が必ず戦場で着床できるという可能性は少ない。大気圏外からの艦砲射撃で宇宙港が制圧できればそれも可能だろうが、そういう時は宇宙港そのものに被害が出てて使用不可になってることが多い。
 となると戦術機甲機をどうやって降下させるか?

 そこで戦術機甲機の兵装オプションにハング・グライダーがある。
 これには減速用ブースターも備わってる折りたたみ式。これを使って高度500mから降下する、というのが重装機動歩兵部隊の戦場への一般的な投入方法だ。
 ところがオレはこのハング・グライダーを使った降下をシミュレータでしかやってない。習熟期間中にこれもやる予定だったんだが、その前に出撃することになっちまった訳だ。

 ちなみに何故パラシュートでないかというと、着地後、索を外す時に突起の多い機体に絡まりやすく、迅速に取り外すことができないことがある、という実証試験結果からだ。


 しばらくふたりとも無言だったが、気まずくなる前にオレの方から口を開いた。

「なんせ体に覚え込ませてないんでね、どうしたって不安なんですよ」

「それはそうだろうな」

 オレの言葉に中尉も頷いた。そうして尋ねてきた。

「通常歩兵の場合はどうだったのだ?」

 オレは苦笑いしながら答えた。エリートとは言っても全てを知ってる訳じゃないんだな、と思いつつ。

「通常歩兵はパラシュートもハング・グライダーも使いませんよ。だって必要ないから」

 通常歩兵の基本兵装、コンバット・スーツはパワーアシスト付き防弾強化宇宙服、というのが表現としては一番近いだろう。
 これは背部に強力な推進器を持ってるので、それこそ高度1万mからの高高度降下の時もそういった補助器具を必要としない。それは体重と兵装の合計重量が200kgにも満たないからだ。
 そうして第138歩兵連隊の時も第151歩兵連隊の時も何度もこれをやってきた。だから空挺自体は経験がない訳じゃない。
 だが戦術機降機では実機でやったことがない。

「私もできる限りのアシストはしよう。ぜひとも成功させてくれ」

「ええ。そうでないといきなり2階級特進になっちまいますからね」

 そこで中尉がわずかに顔をしかめた。

「死を口にすると死を呼び込む、と言うぞ? 冗談でもそういうことは口にしない方がいい」

「……」

 オレは内心驚いていて言葉を失っていた。
 それまでの短い会話の中で、何度か中尉の表情が変わるのを見たからだ。もっともそれはほんの微かに、と言った程度だが。
 だがこの3ヶ月間、分隊の連中との会話の中で、中尉の表情が変わったのを見たことがあるという言葉は一度も聞かなかった。

「ん? どうした?」

「いえ、何でもありません」

「そうか。プレッシャーを与えたくはないが、私は貴官に期待している。この3ヶ月の習熟訓練を見てその思いを強くした」

 中尉はそう言って展望室を後にした。

 ひとり残されたオレは首をひねった。

―― オレはそこまで言われるほどのをしたか?

 3ヶ月の訓練では、手応えを掴みかけた、という感じしかしていない。空中降下もそうだが、まだ未経験のことも多い。第一、実戦自体が今回初めてだ。だとしたらやはり第138歩兵連隊にいて、第2次アロンダイト侵攻作戦の生き残りだということが理由だろう。

―― 相当買い被ってるみたいだな。こりゃ期待を裏切ったら後が悲惨だな。

 上官に可愛がられるのは良いことが多いが、見放されたり嫌われたりしたらそこで人生が終わっちまう。

 小隊長はA分隊長を兼務しているから、A分隊寄りの人物が多いらしい。
 その点、中尉が出身の違いで相手に対する態度を変えるのを見たことがない。また部下に対する評価も至極公平だと思う。だがそれが逆に、失敗した時にどう跳ね返ってくるか。

―― それに小隊の連中にもまだ信頼されてるとはとても言えないし、本当に失敗できなくなってきたぞ。

 だが一方でこっちも相手、特にA分隊のエリート連中に対して信頼感を持つにまでは至ってない。

―― ただの頭でっかちじゃないようだが。

 第138歩兵連隊の時の小隊長は士官学校を出たばかりの少尉だった。
 そいつはとにかく勇んで戦場に向かったが、戦局がおかしなことになると部下を置き去りにしてさっさと逃げ出しちまいやがった。
 もちろんその少尉ひとり踏ん張ったところで大して変わらなかったろう。だが少なくともオレたちは、突然指揮官を失い右往左往しながら銃弾を浴びることもなかったに違いない。

 もちろん全部が全部そういう奴ばかりだとも思ってない。士官学校出のエリートを全く信用しない訳じゃない。実際オレを助けてくれたのも士官学校出の、ただし別部隊の中尉だった。
 死にかけたオレを引きずって行って退避カプセルに突っ込んでくれた。それがなければ自分は今ここにはいない。
 結局その中尉は多くの兵士を助けることに終始して、最後には自分が戦死してしまったという、泣くに泣けないオチだったが。

―― まあ要するに、人物次第ってことなんだろう……。

 オレとしちゃあもう軍に思い入れは一切ないし、ホントなら真面目にやるつもりもない。ただ除隊が認めてもらえないし脱走すりゃとっ捕まって銃殺になるから逃げ出さないだけだ。
 だが手を抜く訳にはいかない。自分が手を抜けば自分だけじゃなく必ず誰かが死ぬことになる。
 分隊も小隊も、全部がチームだ。そうして信頼感のないチームほど危なっかしいものはない。特に軍隊である以上、そこには必ず死が付き纏う。

 だから訓練所で繰り返し繰り返し叩き込まれたんだろう。

―― 一人は皆のために。皆は一人のために。

 手を抜かず一生懸命やっても足を引っ張っちまったら同じだ。認めてもらおうとも思わないが、少なくとも作戦を成功させて生きて帰るためには信頼感を築いておく必要がある。
 そのためには自分にできる最善を尽くすしかないだろう。
 今、それが要求されてるってことだ。

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