『目標までの高度、3万。全機、システム起動せよ』 ヘルメットのスピーカーから聞こえた声に、オレは乗り込んだ戦術機甲機
ここまで来ると惑星デュランダルの対空防衛システムは全て無力化されたと言っていいだろう。残っているのは地上車両に搭載された地対空ミサイルと攻撃ヘリくらいか。 オレはパイロット・シートの身体固定ベルトを再度確認した。 ―― あん時も、ここまでは順調だった……。 どうしても忘れ得ぬ悪夢、第2次アロンダイト侵攻作戦は事あるごとに思い出されオレを苦しめる。もっともあの時は通常歩兵だったが揚陸艦で降下するという状況は今と全く同じだ。 揚陸輸送艦の格納シェル内では、機体は背面をカタパルトに固定され索で繋ぎ止められている。シェル内でこれが外れてることはない。それは発進の時だけだ。 だってそうだろう? もし降下するポイントが敵の真っ只中だったらどうするんだ? 丸腰のまま狙い撃ちだぜ? これはオレだけの考えじゃなくてパイロットたちにはすこぶる不評だ。だが毎度毎度着陸して下船できる訳じゃないし、戦術機甲機の脚部の強度からこれ以外に空中降下の方法がないってんだから仕方がない。その結果降下ポイントは目的地点よりかなり離れたところになるらしい。 オレはまた体が震えだしそうになるのを感じてた。 ―― よしてくれ、こんな時に……。 オレはそこまでチキンな奴じゃなかっはずだ。なのにどうだ。今のオレは戦地に向かう時には必ず震えてる。情けないことこの上ない。 すると正面のメイン・ディスプレイの左端に小さな窓が開いた。 『調子はどうだ、問題はないか? アインズウェーンカーツーラ准尉』 小隊長のセイラ・カンバーランド中尉だった。ヘルメットの遮光バイザー機能をOFFにしてるのでその鉄仮面のような無表情が映ってる。 『私も初めての空中降下の時は随分と緊張したものだ。だがやってみれば案外難しくなかったぞ? 貴官なら大丈夫だろう』 ほんのわずか、ごくごくわずかだが、中尉の表情が柔らかくなったような気がした。でも気のせいかもしれない。何せ小隊の連中は4年以上も中尉の無表情以外の顔を見たことがないってんだから、オレにだけ表情を変えて見せる理由はないだろう。 「大丈夫ですよ」 オレは虚勢を張ってそう答えた。まさか震えてますなんて言えやしない。いや、まだ震えてないけど。 オレは映ってる少尉の顔の下に「closed」と表示されてることに気付いた。個別通話でオレにだけ話しかけてきてるってことだ。たったそれだけでそれでオレは随分と救われた気分になった。少なくともオレを笑い者にしようという意志はないってことだからな。 「中尉の顔を見られたおかげで落ち着きましたよ」 半分はお世辞で、後の半分は本音でそう言った。 「そうか、それは良かった」 中尉の顔がもっと柔らかくなったように見えた。おいおい、マジか? と思ったが、改めて見直してみるとやっぱりその顔は無表情だった。 「とにかく落ち着いて行動するように。貴官なら大丈夫だ」 そう言って中尉は通信を終えた。
結局オレの身体は震えださなかった。 『高度1万。重装機動歩兵降下準備』 最早揚陸艦は惑星デュランダルの対流圏にまで降下している。だが重力制御装置を併用しているから揚陸艦の艦体が大気との摩擦で加熱して赤くなってるということはない。実際機体のセンサーは外部温度が上昇しているようにはなってない。 『高度2千。機体固定索、解除』 本当に落ち着けてた。だからアナウンスも平然と聞けた。 機体を艦体に固定させる索が外れた。これで機体は背中の一部がカタパルトにつながってるだけだ。ただし高度500で下部ハッチから発進の予定なのでカタパルトは使用しない。この高さでカタパルトを使用したらハング・グライダーを開ききる前に地表に激突することになる。だからただ切り離されるだけだ。 『高度1千。下部ハッチ、オープン』 足元が開く。だが今は現地時間で深夜。下方カメラの映す映像は漆黒の闇だけだ。 『第3小隊、発進準備』 いよいよだ。 オレたちの所属する部隊の正式名称は第101重装機動歩兵連隊戦術機甲機第3大隊第3中隊第3小隊。連隊には整備、補給や管理の部門もあるから実戦部隊であることをはっきりさせるため部隊名に「戦術機甲機」と入ってる。 『高度500に到達。第3小隊発進』 格納シェル内、機体の頭部センサーの真正面のランプが赤から緑に変わった。 「 オレは自分のコードネームを言って操縦桿を握り込んだ。カタパルトに固定されてる時はこれで機体を発進させられる。 機体がフッと降下した。 第333小隊が次々と降下を始め、最後に補給コンテナが投下される。補給コンテナはパラシュート降下だから、部隊はこのコンテナの落下予想点を目指してグライダーを操作する。 今回、第3中隊の第1から第5までの小隊の任務は惑星デュランダルの首都を支える発電所の制圧だ。5個小隊が3つに別れ3箇所の発電所を担当する。 惑星デュランダルの守備兵力は150万人。その7割が実戦部隊で、その内戦術機甲機は コンテナの近く、高度10mを切ったところでグライダーから手を離す。それまでにグライダーの増設スラスタで制動をかけてるから時速は100km/h以下まで落ちてる。 オレたち第333小隊が降下したのは目的の発電所から20km地点だ。ここまで発電所、というかデュランダルの守備兵力からの攻撃はなかった。まあ揚陸輸送艦を攻撃しても大型の対艦ミサイルじゃなきゃ簡単には墜落しないし、墜落するにしてもその前に60機の戦術機甲機が脱出するし、それに反撃されることになる。余程の大部隊でも擁してなけりゃ返り討ちにあうのがオチだ。 赤外線暗視カメラで周囲を確認すると平原の真ん中だった。目的の発電所は彼方に見える小高い丘の向こう側になる。 『こちら 機体は集合してるから全員が無事なのは一目瞭然。だがお固い中尉はきちんと手順を踏む。 「こちら オレも返信した。 『周辺の索敵をしつつ目標に向かう。敵からの攻撃に警戒せよ』 中尉は守備隊をはっきり「敵」といい切った。それがオレには納得できなかった。 ―― 同じ連邦軍だぜ? そりゃ反乱起こして独立しようとはしてるけどよ。 このデュランダルには駐留艦隊こそ置かれていないが惑星守備隊も正規の連邦軍だ。それはつまり戦闘が始まれば同士討ちをするということだ。 コンテナが解錠され全機がアサルト・ライフルを手に持った。これは戦術機甲機の基本装備で、36mmチェーンガンと105mm榴弾による迫撃砲をドッキングさせたもの。そのため結構大型で惑星の重力圏内では両手で持たないと命中精度が著しく落ちる。 それ以外の装備、サブマシンガン、単発式の肩持ち式地対地ミサイル・ランチャー、スナイパー・ライフルなんてのも全部コンテナ内に収められているがこれは人数分はない。コンテナは全高15m、1辺が2mという大きな四角柱でかなりの収容能力があるが、まあ、例えば全員がスナイパー・ライフルを抱えるって構図が想像もできないし、上もそう考えてのことだろう。 部隊はホバー・システムを使って滑るように目的に向かう。 周囲より200mほど高い丘の上に立つと5km程先に発電所が見えたが、ここからでは戦術機甲機の姿は見えなかった。レーダーにも何も反応はない。だからといっていないという保証はない。と言うかいない方がおかしい。 戦術機甲機が実戦配備された現在、戦車や対地ミサイル車両、攻撃ヘリだけでの地上施設防衛は不可能だと言われている。それだけ戦術機甲機は優れた兵器ってことだ。 だが索敵システムはレーダーだけじゃない。 『センサーに感応あり。マーカー出ます!』 そうしてメインモニタの下部、センサー・サイトに赤い光点が次々と浮かび上がった。小隊員全員が絶句した。 『何だよ、この数は!』 『センサー・サイトが真っ赤じゃねえか!』 そんな声が聞こえてきた。 ―― こいつは25機以上、いや30はいるな……。 こちらは最新鋭機とはいえ12機だけ。2倍以上の敵との交戦となると簡単な話ではなくなる。深夜で真っ暗とはいえ丘を下ると見晴らしの良い平原だ。遮蔽物は何もない。迂闊に近づけば捕捉されて蜂の巣にされかねない。 ―― 嫌な予感がしてたんだが、まさかホントになっちまうとはな。 |