それってよくあること……だよな?
R-18

第6話 言う必要のないことまで思わず言ってしまう

―― ええと、排熱パターン解析はどうやるんだったっけ?

 そんなことを考えながら訓練とマニュアルを思い出し計器を操作した。


 第5世代機F-22(ラプター)のセンサー類は確かに高性能だが一つだけ欠点がある。それは多機能じゃないってことだ。

 もちろん各センサーや機器は高性能だ。
 例えばレーダー・ジャミング下でも遠くの物体を捕捉できる。ところがそれが何かは別に解析しないとならない。一発で捉えた物体が何かまでは判明しないってことだ。

 もっとも一度捉えた物体はこちらがキャンセルしない限りは捉え続ける。それこそ宇宙船みたいにワープでもしない限りは見失うことはない。そういう意味では頼りになるんだが、一々手動でアレコレしなきゃなんないっていうのは何なんだか。大金かけてんだからもう少しなんとかしろよって言いたくなる。

 そうして解析結果に驚いた。

―― おいおい、F-15(イーグル)が8機もいるじゃねえか……。

 オレはセンサー・サイトに表示された結果を見て半ば呆れ気味に呟いた。
 地上専用機のF-15と宇宙専用機のF-14(トム・キャット)はともに第4世代機だが、その戦闘能力の高さは今でも一線級だ。舐めてかかると酷い目に遭うこと請け合いだ。

―― そうして残りは全部F-16(ファルコン)かよ。こりゃ、「苦戦」で済めば御の字だな……。

 F-16はF-15ほどの攻撃力はないが軽量小型の機体故に機動性が高い。これに縦横無尽に動かれるとかなり厄介だ。下手すりゃこっちが全滅するかもしれない。
 さすがに辺境とはいえ第3世代機ではなく第4世代機が配備されてるってことも叛乱側の気持ちを強くしてる一因だろう。

―― にしても数が多すぎる気もするが……。もしかしてデコイか?

 敵を欺くため戦術機甲機と同じ排熱パターンを発するデコイがある。もちろんデコイとバレないように精巧に作られてるから、逆にそれがデコイかどうかを確かめるには目視ぐらいしか方法がない。

―― さて、小隊長さんはどうするのかな?

 オレは新しい自分の指揮官に興味津々だった。向こうもそうだろうが、こっちはこっちで新しい部隊に興味があってもおかしくはないだろう?

―― あのクソ野郎と同じだったら、俺はとっとと逃げ出すぜ?

 第138歩兵連隊の時の小隊長は戦況不利となると部下を置いて率先して逃げた。そのおかげでオレたちはほとんど死んだ。だからこの美人だが鉄仮面を被ったセイラ・カンバーランド中尉の采配は大いに気になってた。


『……で、B-01(ブラボー1)はどうだ?』

 そこで無線機から中尉の声がした。

―― やべえ、何も聞いてなかったぞ……。

 オレはあれこれ考えて込んでたらしい。内心冷や汗たらたらだが、そもそも戦場で余計な考え事をしている事自体がどうかしている。

『どうした? 今後の作戦について貴官の意見を聞きたいのだが?』

 メインモニタの脇に中尉の顔が映っている。それは相変わらずの無表情だった。

「今後の作戦……」

『そうだ。敵は予想以上に多い。闇雲に突撃するのは自殺行為だとは思わないか?』

「それはまあそうですね」

『それで貴官の意見を聞きたい。
 貴官も分隊長として部下を預かる身だ。軽重の差はあれ責任があるとは思わないか?』

 そう言われれば否定はできない。だから「ヤレヤレ」と思いつつ答える。

「まあ、そうですね」

『だけど新任……、初めての分隊長だろう?』

 そういったヤジ紛いの言葉が聞こえてきた。A分隊のブルノー少尉だった。とにかくこいつは人に突っかかるしか脳がないみたいな野郎だ。

『B分隊は楽でいいよな。曹長や准尉程度で分隊長になれるんだからな』

「なら替わりましょうか?」

 そこで中尉が割って入った。

『アインズウェーンカーツーラ准尉がB分隊長なのは上層部の決定だ。我々がどうこう言うべきことではないし、今ここでする話でもない。違うか?』

 それは至極もっともな言葉だった。

『アインズウェーンカーツーラ准尉の人事に関して不満があるなら、後で上申書を提出するように。私が取り次ごう』

 中尉の言葉にA分隊員が押し黙った。
 A分隊は士官学校出、B分隊は予備校経由によって構成されるのは軍上層部の決定だ。それにイチャモンを付けるなどできる訳がない。

 にしてもこの中尉はやはりかなり公平な人物のようだと思えた。こういう時ロクデモナイ奴だと自分も一緒になって部下を蔑むらしいが、この中尉に関してはそういうことを見たのは一度もない。もっともまだ3ヶ月だけども。


『それでアインズウェーンカーツーラ准尉、何か意見はないか?』

―― まったく、相変わらずひどい発音だ……。

 そう思うがそれはおくびにも出さない。

「意見ですか……。ところで中尉、長ったらしい名字じゃあ時間の無駄です。短くジョウでいいですよ」

 そこで中尉は自分がオレのことをコードネームで呼ばなかったことに気づいたみたいだ。

『すまない、B-01(ブラボー1)

「いいですって。
 それで意見、というか質問ですが、このまま回れ右して帰る、っていうのはアリですか?」

『……』

 予想外の質問だったようで誰もが絶句してた。だが直ぐに中尉が言ってきた。

『それはナシではないが、その場合我々は連隊本部から、いや重装機動歩兵司令本部から不快に思われるだろう』

 中尉は「不快」って言うが、それは「睨まれる」ということだろう。閑職に回され除隊も許されず一生飼い殺しになるに違いない。もしも脱走・逃亡したら銃殺が待っている。要するに人生が詰むことになる、ということだな。

「でしょうね……。
 それなら、ありったけのミサイルを発電所に打ち込むってのは?」

『おいB-01、任務を忘れたのか? 我々に課せられた任務は発電所の制圧であって……』

 中尉を遮ってオレは言った。

「わかってますよ。
 だけど向こうだってわざわざ守備兵力を置いてるんだ。破壊されたくないってことでしょう? だったらきちんと迎撃してくれますよ」

『何が言いたいのかよくわからんな。きちんと説明して欲しい、B-01』

 中尉の口調が厳しくなった気がする。ちょっとふざけ過ぎたか?
 そこでオレは真面目に話すことにした。

「とにかく逃げ出す訳にはいかない……」

 そこで他のA分隊員が噛み付いてきた。

『おい、逃げ出すとは何だ!』

 オレはヤレヤレと思いつつ言った。

「一々、言葉尻を捕らえなさんな。『逃げ出す』ってのが気に入らないなら『戦略的撤退』でも『戦術的撤退』でもなんでもいいですよ。
 要するに真面目に戦ったっていうポーズを付けるんです」

『おい、貴様!』

『何だ、その言いぐさは!』

 非難轟々だった。
 それを制して中尉が再び聞いてきた。

『もっと詳しく話してもらいたい。場合によっては……』

「軍法会議」って言いたいんだろうな、と思いつつ説明を続けた。

「いいですか? これは要するに攻城戦と同じですよ? ってことは、攻撃側は守備側の数倍の兵力が必要だってことですよ?」

『……』

 まあわかってることだろう。誰も何も言わないのでオレは先を続けた。

「ところがこっちは向こうの半分以下の戦力……」

 メインモニタ脇に映る顔は真っ赤だった。

『何を言ってる! こちらは最新鋭機だぞ!』

 再びヤレヤレと思いつつオレは聞き返した。

「じゃあ聞きますが、少尉殿は熟練パイロットの乗ったF-15の2磯に追い回されて勝てますか? 3機ならどうです?
 それでも勝てるって言うんなら良いんですけど」

 F-15の地上における戦闘能力はいまだに一線級だ。たとえF-22でも熟練の複数機相手では難儀することは間違いない。

『相手が熟練パイロットかどうかわからんだろうが!』

「ええ。だから熟練じゃないという保証もないってことですよ」


 オレが思うに、士官学校出のエリートの悪いところは相手を正しく評価しない、つまり見下すというか低く見てしまうところだと考えてる。
 自分がなまじっか優秀なだけにそうなってしまうんだろうが、相手を正しく評価しない、評価出来ないんじゃ結局自分が痛い目を見ることになる。

「それともう一つ質問ですが、向こうの武器、弾薬、食料の備蓄はどれくらいです? あれだけの機体が守備についてるんだ、補給物資なしってことはないと思いますけど。
 向こうが消耗するまで待ち続けますか?」

 第333小隊も補給コンテナを携行している。コンテナ1つで1週間は戦い続けられるし、逐次補給は受けられることにはなってる。
 だが、そこに駐留して守備するとなると補給物資の量はコンテナ1個分どころじゃないだろう。それを相手に消耗戦をやることほど馬鹿らしいものはない。

『……。わかる訳がないだろ!』

 明らかに相手の声は苛ついていた。

「ええ。だから『戦うポーズ』と言ってるんです。
 向こうの実力がわからない。備蓄軍需物資の総量もわからない。その上、向こうの戦力はこちらの3倍……」

『いや、3倍まではいかないのではないか』

 今度は中尉が逆に質問してきた。

「いいえ、3倍ですよ。
 いいですか? 自分は戦術機甲機による戦闘は初めてなんですよ? 要するに実戦を知らないペーペーなんです。
 シミュレータや訓練機での仮想戦闘訓練がどれほど高得点だったとしても、所詮それは実戦でのものじゃないんです」

 オレは自分の事を卑下しているのではなく、それが正しい判断ではないかと言ってるつもりだった。

『だが、貴官も通常歩兵部隊に7年はいただろう? その経験は活かせるだろうしペーペーというのは言い過ぎではないか?』

 中尉が再び聞くがオレが言い返した。どうも中尉殿はオレが第2次アロンダイト侵攻作戦後、半年は再生治療とリハビリに費やし、その後予備校と訓練学校にいたのもお忘れらしい。だからオレの実戦歴はそんなに長くはない。

 だが今そういう細かいことを言っても仕方がないし、第一、第138歩兵連隊のことは言いたくない。なのでそのまま続けた。

「では聞きますが、中尉殿はシミュレータしか経験してない奴を当てにできますか? 一緒に戦う気になりますか? 背中を、命を預ける気になりますか?」

『……それが任務であればな』

 そこでオレは呆れたように言っちまった。

「俺はゴメンですよ。オレは軍人だが死ぬのは怖い、死にたくない。だから直ぐに戦死しそうな奴と一緒に戦うのは真っ平ゴメンだ」

『B-01、それは問題発言だぞ』

 さすがの中尉もオレを咎めた。だがもうここまで来るとこちらも引き下がれない。

「何でです? じゃあ小隊長は戦場から生きて帰ることと2階級特進なら、2階級特進の方が良いって言うんですか?」

 2階級特進は名誉の戦死による特別昇進のことだ。

「いいですか、戦争なんですよ? 常に最悪を考え、最も効果的かつ効率的な作戦を考えて実行するんです。不安要素は可能な限り少ない方がいいに決まってるでしょう?」

『貴様、准尉の分際で!』

 またまたブルノー少尉だ。もういい加減にしてくれよと思いつつオレは言った。

「ええ。ただの准尉ですよ?
 無能な指揮官にバカな突撃命令を出され、言葉通りに進撃したら猛反撃に遭った上に指揮官に見捨てられ、瀕死の重傷でかろうじて収容された、ただの通常歩兵だった男です。
 だがね、ただの通常歩兵だったけど、少なくともあんたたちよりは戦場の恐ろしさを知ってるつもりですよ?」

 いつの間にかオレの口調も怒りに満ちていた。

「オレはもう二度と身体の半分を再生医療で作った『パーツ』と入れ替えられる、なんて経験はしたくないんですよ!」

 オレの怒鳴り声に無線機の向こうの誰も言葉を発しなくなった。


 しばらくして中尉の声が無線機から聞こえた。

『B-01は「あの」第2次アロンダイト侵攻作戦の生き残りだ……』

 オレは着任の際、中尉にも中隊長にもそのことを皆に公表しないよう頼んでいた。そうして中尉もそれを了承した。だがその約束を破りやがった!。

『……!』

 さらに小隊員全員が絶句した。

 第2次アロンダイト侵攻作戦。
 無謀な作戦、無能な指揮官によって行われた連邦軍史上最悪の負け戦。それを隠すために軍上層部も政府も、生き残った兵士を偶像化した。そうして自分達が祭り上げた兵士を「活かす」ため、軍病院の総力を上げてオレらの肉体再生を図ったんだ。
 そこにあったのは奴らの、我が身可愛さの保身しかない。だがその事実を知る者はほとんどいない。それが余計に腹立たしい。

 オレもが黙ったら、再び中尉が話し始めた。

『だから私は、彼が我が部隊に配属となった時から彼の言葉に耳を傾けるべきと判断した。
 なにせ彼は実戦という意味では、質も量も私よりも多くのことを経験しているのだから』

 中尉の任官前の士官学校時代を含めても年数だけはオレの方が長い。だがこの際それはどうでもいい。

 その後も沈黙が続いた。

 それを最初に破ったのは何とこのオレだった。
 今更「約束が違う!」と怒ったところでどうにもならない。それならばこれからどうするかだ。

B-02(メイ・リン)B-03(ジュン)B-05(デボラ) ……」

『何?』『何だ』『何かしら?』

 B分隊の3人の女性兵士が口々に聞いてきた。

「目を皿にしてセンサー・マーカーを見てろ」

『どうして?』

 B-02のメイ・リンだ。彼女は積極的で物怖じしない。しっかりと自己主張する。そういう性格だからわからないことがあればドシドシ聞いてくる。

「いいか? 現時点で向こうもこちらの存在は確認しているはずだ。となれば今ここで急にマーカーが消えるってことはないはずだ」

『どういうこと?』

「つまり戦術機甲機の心臓であるアルカーソン反応炉を止めて機体を停止させることはないだろうってことさ。
 そうして戦術機甲機の機体はアイドリング状態でも、一旦捕捉されればマーカーに表示され続ける」

『知ってるわよ。それで?』

 どうやら釈迦に説法だったようだ。

「それが急に消えるってことは、地下に潜った可能性があるってことだ」

『地下に? どういうことだろうか?』

 中尉が割り込んできた。

「こういった大規模公共設備、発電所や浄水場は最重要ライフラインの一つです。当然テロや敵性勢力による攻撃に備えてる」

『当然だと考えるが……』

 オレの説明に中尉が漏らす。

「だが何らかの理由でこれが相手の手に落ちた場合、直ぐに奪還を図る。そのために多くの場合、地下に秘密の連絡通路が用意されてる」

『秘密の地下連絡通路……』

「そうです。地上からの索敵に引っかからないよう遮蔽処理されてて、しかも戦術機甲機が余裕で移動できる通路だ。
 これを使えば施設を占拠した側から探知されずに施設に突入できる。逆に施設側から外に出ることも可能だ。
 つまり、思わぬ所に姿を表し外部の敵に攻撃を仕掛けることが可能ってことですよ」

 それを聞いて第333小隊の全員が思わず周囲を見渡した。現時点で「外部の敵」と言えば、それはまさに自分達のことだからな。

『何処にあンのよ、そんなモン!?』

 いつの間にか中尉と話す格好になってたが、今度はB-02だったがその声は絶叫に近かった。

「わかるか! だから秘密なんだよ!」

 こっちまで思わず興奮した口調になっちまった。

『そんなのってアリなの!』

「アリなんだよ!
 だからこういう重要施設の制圧をする場合、上からは施設の配置図、施設の守備兵力の概要、そうしてその秘密通路の配置図なんかが与えられるのが普通だ。
 そうでなけりゃ一口に制圧なんて言うが、簡単には出来ないんだから」

 そこでオレは気持ちを落ち着かせつつ中尉に確認した。

「小隊長殿、来てますか? そういうの」

 ここは連邦の内部で帝国領内と違うんだから、参謀本部や作戦本部といった軍上層部でそういう情報が手に入らないはずがない。そうしてそれがあれば実戦部隊に開示されないはずがない、とオレは言いたかった訳だ。

『いや……』

 だが中尉は力なく首を振る。オレの言わんとするところが段々わかってきたようだ。

「でしょうね。そういったものがあれば小隊長だって突入方法に悩んだりはしないでしょうから」

 そう言って一応中尉を気遣った。

「だから戦うポーズで十分だって言うんですよ。上は俺達のことなんて何も考えてない。
 そういう重要情報も流さずに突っ込めなんて、部隊に全滅しろと言ってるの同じですよ」

 これは間違いなく上層部批判の言葉だった。当然後で問題視されるだろう。だが思わず我慢できなくなって言っちまったよ。「あ~あ、やっちまった」だ。

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