ここに至って第333小隊の全員がようやくオレの言葉に、自分達の置かれている状況を認識したようだった。 『わかったわ! マーカーが消えたかどうか見てればいいのね!』 『既に地下通路に潜ってる時は?』 「その時は諦めろ。今捕捉できてる以上の兵力が向こうにはあるってことだ。という事は絶対にこちらに勝ち目はないっていうことになる」 オレは絶望的であろう言葉を淡々と言った。だがそれで凹むような奴らじゃなかった。 『何も手はないのかしら?』 「まあ、ないって訳じゃない」 『え?』 「小隊長……」 『何か?』 「補給コンテナにサブマシンガンがありましたよね?」 『もちろんだが?』 「使用許可を下さい」 『どうするつもりだ?』 中尉の問に静かに答えた。 「発電所に特攻を掛けます」 『ええ?! それは無茶だ』 『おい! 正気か?』 中尉にA分隊のNo.2、キッドマン少尉までがオレに言った。 「特攻と言っても単なる威力偵察ですよ。こちらから近づけば向こうは必ず反応する。そいつで様子を見ましょう」 オレはそう言ったが中尉は首を振った。 『 「大丈夫、本当に乗り込む訳じゃない。近づくだけです」 『だが……』 「もちろんこちらの支援砲撃を期待した上での話ですよ? それに……」 『それに?』 「どう考えても向こうの数が多すぎる」 『数が多い? デコイだというのか?』 「その可能性大でしょう」 オレは自分の考えを述べた。 突入前の艦内ブリーフィングで惑星デュランダルの概要が伝えられた。
『だが1機だけでというのは……』 「もちろん、そんな馬鹿な真似はしませんよ。 『わかった』 『了解』 2人はすぐにそう返答してきた。それに対して言う。 「装備は替えなくていい。オレの後方500mくらいをついて来てくれ」 『それでいいのか?』 「ああ。固まって動いて狙撃されたんじゃしょうがない」 オレの言葉に 『いいんですか、小隊長?』 小隊一の狙撃手であるA-02も、この遮蔽物も何もないところで目標施設に近づくのを危惧しているようで中尉もそう思ったようだ。 『やはり不可だ、B-01。貴官の言う通り遠距離砲撃をして様子を見る』 「それじゃあ、ダメですよ。上が納得しない」 今度はオレがそれでは納得できなかった。 「お偉いさんは自分達の命令を部下が無視するなんて思ってない。それがどんなにひどい命令でも絶対に従うと思ってる。 査問委員会は尉官以上に対する、軍法会議は下士官以下に対する軍事裁判である。 「目的施設に接近を図るも、守備勢力が強力だったため任務が成功できなかった。そういう事実を作らないとだめなんです。無事に生きて帰った上で、もし事前に必要情報が与えられていたら結果は違ってたのにって言ってやらなくてどうするんです?」 再び小隊員達が黙った。 「いいですか? もう誰も二の句を継げなかったようだ。 戦術機甲機の基本運用は前衛、中衛、後衛の三段、もしくは前衛と後衛の二段構えで、前衛は切り込み役、後衛は支援砲撃、中衛は前衛支援という役割分担だ。 そうして小隊丸ごと前衛になることもあれば後衛になることもある。これは他の小隊と共同作戦の時はそういうことになる。 結局は黙認という形でオレは威力偵察に出ることになった。 「準備はいいか?」 オレはB-04とB-06に確認した。 『おう、何時でもいいぜ』 『準備完了だ』 B-04、B-06が応える。 メインディスプレイの脇には不安そうな中尉の顔も映ってる。 ―― 本当に連隊一のクール・ビューティと噂される女なのか? 鉄仮面とは言えないくらい色々な表情をオレに見せてくれてる。と言ってもそれはよく見ないとわからないほどごく微かな変化でしかないけれども。 ―― まあ確かに、初めて会った時は本当に無表情だったよな。 オレは中尉と初めて顔を合わせた時はものすごく冷めていた。 ―― 随分と固いオネーサンだな。 そんな風に思った。中尉は自らを「私が第101重装機動歩兵連隊戦術機甲機第3大隊第3中隊第3小隊小隊長のセイラ・カンバーランドだ。貴官の直属の上司となる」と説明したからだった。 所属部隊の正式名称はとても長ったらしいものだ。それを一々正確に言うところなど、生真面目というか固いというか、もしかしたら頑固で融通が利かないのではとさえ思った。もっとも大学を経て士官学校出身の若い士官ならそれも普通のことではあるが……。 但し、聞いていた以上の美人だったことに多少は驚かされた。 ―― まあ、それもどうでもいいことだな。興味を持ったところでどうにもならないし、第一女にはもう懲り懲りだし……。 ―― とにかく目立たずひっそりとやってくさ。なにせオレは底辺だからな。 そう思ってたんだが。それからすると今のオレはかなり饒舌で目立ってやしないか? ―― 我ながら何を考えてるんだか。 自嘲するしかないが、まあオレがこんなふうになったのには一応は理由がある。 昔オレには付き合ってる女がいた。その女とは高校時代に出会い、オレが入隊後第138歩兵連隊に配属となるとその駐屯地のある惑星に引っ越してきて、基地の近くに仕事を見つけアパートも借りた。 そうしてオレはたまの休暇はその恋人とイチャイチャして過ごした。 ―― 必ず生きて返ってくるから、その時は結婚してくれ。 ―― うん。絶対待ってる! だがオレは恋人に裏切られた。 だが恋人はオレの帰りを待たず、他の男を選んでた。 ―― 違うの! ―― 寂しかったの! ―― 魔が差したの! ―― 愛しているのはアナタだけ! オレに現場を見られ狼狽した恋人はオレに縋り付いてそう繰り返した。だが恋人のそんな言葉はオレの心には全く響かなかった。 その瞬間に何もかもがどうでも良くなった。結局オレはアパートを飛び出し駐屯地に戻った。だが第138歩兵連隊は既に解体され(そりゃそうだ、もう実態はほとんどなかったんだから)、その駐屯地は別の部隊が駐屯することになりその準備で留まることを許されなかった。 それからのオレはとにかく捨て鉢になってた。第151歩兵連隊では大きな作戦に参加することはなかったが小規模な戦闘には随時駆り出された。だが訓練所時代の指導教官の言葉が染み付いていたからか手を抜くということができなかったし、逆に精神を病んで敵を殺しまくってた。 ―― 女には裏切られたし、どうせ元々底辺だしな。軍を辞めたところで仕事のあてなんてないし、そもそも辞められないしな……。 オレとしてはそれだけだったんだが。 結局オレの意志はともかく、カウンセリングの結果は無視されたのに第151歩兵連隊での実績が認められ予備校へ行くことになった。 ―― 我ながら、ガラじゃないことをやってるな。もう少し気楽にできりゃあいいんだけどな……。 だが自分が手を抜くと僚機が死ぬ。そういう状況を与えられては気楽にもクソもなかった。 ―― 本当に俺のガラじゃないんだけどな……。 ―― 死にはぐれて、壊れた身体を「やたら強化されたパーツ」に付け替えられて。でも他に生きる方法を知らないし、辞められないから兵隊を続けてるだけなんだけどな……。 もう恋人の顔も思い出せない。すっかり忘れちまった。実は生への執着もあまりないのかもしれない。だがそう思ってる割には、戦場では生き延びるために銃爪を引くことを躊躇わないオレがいる。 ―― どうもオレは矛盾してるな。 今ここで威力偵察を進言したのも、自ら危ない目に遭おうとしているだけなのかもしれない。 ―― でもま、一旦口にした以上はやって見せないとな。 有言実行じゃないが、本当にガラでもないことをやってるという実感があった。 |